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3章-2

 ふと我にかえると、暗い部屋の中に短くなった蝋燭の明りを机上に見つけた。

 火影の中に鈍く光を反射するものが置いてある。いつの間にか掛けられていた毛布を椅子の上に残して、テセラは近づいた。

 黒い銃だ。

 指先で冷たい銃身に触れて考えた。

 これは誰が置いていったものだろう。ミデン博士だろうか?

 誰かを殺してでも、自分の望みをかなえたい、生きていたいと願ったミデン。彼だとするなら、どういう意味が込められているのだろう。彼が言ったように自分に敵討ちをさせるためか。それとも、自分以外の人間ならば後を追うと思ったのだろうか。

「ディオ……」

 兄なら、どうするだろう。

(僕は、死ぬつもりはないよ)

 隣町へ出かける日、ディオがそう答えたのを覚えている。

 戦火が迫っているという話は出ていた。もし巻き込まれたら、と心配するテセラの頭を撫でてくれた。

(きっと帰ってくる。でも)

 こんな事を言ったのは、やっぱりディオも一抹の不安を抱えていたせいかもしれない。

(万が一巻き込まれるようなことがあったら、一人でもっと西へ逃げるんだ)

(いやだよ。母さんもいなくなって、ディオまでいなくなったら……。家族が一人もいなくなったらどうしたらいいかわからなくなるよ)

(大丈夫、お前はけっこう度胸があるし、一人でも大抵のことはなんとかできるさ)

(なにそれ褒めてるの?)

(褒めてるんだよ。昔、テセラに良く似た人がいてね。えらく度胸のいい人で、いつも前を向いて生きてて……。だからテセラも、そんな風に強く生きて行ける)

「兄さんのバカ……そんなわけないじゃない」

 銃から手を離し、テセラは扉へ向った。

 鍵のかかっていないノブを回して廊下へ出る。誰も居ない。そのまま階段を探して歩き出す。

 誰かに見つかったら、怒られるだけではすまないだろう。

 それでもよかった。

 見つかってしまえとさえ考えたのに、階段を上っても誰も居ない。

 ぼんやりと何十段も上り続けて、終わりへ辿り着く。

 幅の狭い階段の先にある、錆びた色の小さな鉄扉。続きのない階段から逃れるように扉に手をかけた。

 押すだけで軋みながら向こう側へ開いていく。

 そこは屋上だった。冷たい風がテセラの体を押す。風に吹かれるまま斜めに歩いたテセラは、屋上の端に立って明け始めた空を見つめた。

 青と赤が交じり合い、濃淡の違う紫色に彩られた地平線が、暗い夜の縁を浮かび上がらせている。その端できらきらと煌めいているのは、荒野に散らばる灰水晶の欠片だ。

 綺麗だと思った。

 この一週間余りずっと同じ荒野にいたのに、木もまばらな乾いた土地の夜明けを初めて見た気がする。

 透き通るような菫色に、イサの瞳を思い出す。

 テセラは自分の唇を無理に笑みの形にしてみせる。

「度胸なんて、全然ないよ私」

 あと一歩足を前に出せばいいだけなのに、それができない。

 もう何も他に望んでいないはずなのに、それでも足が動かせない。

 不意に弱まった風が頬を撫でて髪をそよがせる。

 優しい感覚に、追いかけてきたはずの人の手を思い出し、今度は自然に微笑んだ。

 足も動く。

 床が無くなって、落ちていく感覚が背筋を駆け上った。


   ***


 町が、暗闇の中に沈み始めた。

 空から色彩が失われると、白壁の建物ばかりの町は墓標の群れのようだ。

 イサは基地の方へ向き直った。こちらは灰色の壁の上、照明もほとんどつけていないため、夜の帳にまぎれつつある。

 前線が近づいているせいだろう。いつどんな形で襲撃されるかわからないからと、遠くからの砲撃を避けるために、明かりを抑えているのだ。

 イサにとってはこの上もなく有利な状況のはずだった。

「リヤめ……」

 思わず毒づいてしまった。

 イサの目には、はっきりと銃を持った歩哨の姿が映っていた。同じような歩哨が、金網の向こうをやたらとうろうろしている。

 おそらくは偵察に来たリヤが忍び込んで、誰かに目撃されてしまったのだろう。

 そうとしか思えない。きっとそうだろう。イサ達とこちらの方向へきたユイエン兵はリヤだけだったのだから。

 イサは難民のテントの影からじっと観察を続けた。やがて警戒が薄れたのか歩哨の人影が途切れ始める。タイミングを計ってイサは走り出した。

 行き過ぎようとしていた歩哨が、足音に振り返るよりも早く飛び上がる。

 金網を支える柱を蹴り、さらに勢いをつけ、基地の外側にある車両庫の屋根に着地した。

 歩哨はまだ金網の方を不思議そうに見ている。近くの者が声をかけ、二人で辺りを見回すが、イサのいる場所には気付かないようだ。

 歩哨は再び巡回に戻っていた。イサも後れを取り戻すように移動を開始した。

 車庫の上から、さらに高所へ飛び上がる。照明が少ないおかげで、黒い外套を着たイサの姿は目立たずに済んでいるようだ。

 まず確認するべきなのは、兵器の存在だ。それがあると、もし一緒にディオが囚われていた場合、ミデンが道連れにすることが可能になる。兵器があれば破壊。

 どんなに頭の悪いイサでも、エネルギー核に使われている灰晶石を壊せば良いことぐらいは分かるから、簡単だ。

 兵器を求めて、イサは移動を繰り返した。

 武器庫らしき場所、車両庫をしらみつぶしにしていく。そこに大砲などはあったが、『失われた時代』の兵器らしき機械は見あたらない。

 更に一般兵舎やボイラー室なども見て回ったが、兵器の影も形もなかった。

 続いてディオの捜索も行ったが、彼の姿もない。

 そのことにイサはほっとする。きっとディオが追いかけてくるよりも早く、こちらがミデンを見つけられたのだ。

「早く、テセラを帰してやらないと」

 ミデンと決着をつけなくては。

 宿舎へと移動するために再び地上から屋根へと飛び上がったイサは、ふと、宿舎の屋上を見た。

 そこに人影がある。

 夜明けの淡い光に浮かび上がる細い肢体の……少女。

「テセラ?」

 なぜこんなところに? それよりも彼女の様子がおかしい。目を凝らすと、イサの特殊な目には、彼女の虚ろな表情が見えた。

 いつか見た、鏡に映った自分と同じ目だ。

 イサは原因について考えるより先に走り出した。近くの壁を蹴って屋上へたどりつく。しかしその時には、彼女は屋上から足を踏み出していた。

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