サラダ忌念日
実話か否か。
それを決めるのはいつだって自分自身です。
これは……フィクションか?
だるい。部活で怒られた。雪が降った。静電気が酷い。冬休みの宿題が終わらない。
つまるところ、僕は結構ネガティブになっていた。
どれくらいかというと、鳥のフンが肩に落ちて、それを確認しようとして犬のフンに気付かず、そのまま踏んでしまったくらいネガティブだった。
いや、ネガティブの正確な意味とか知らないけど、きっとこういう時に使うんだと思う。
やる気が起きない。
それが原因で怒られたのだから、もしかすると最初からネガティブだったのかもしれない。いや、正確な意味は知らないけども。
実のところ、ここ最近はずっとこんな感じだ。冬休みとか、長期の休みって自由なようで束縛されている。どっちなんだ、ハッキリしてほしい。
まあ、そんな僕も今日ばかりは少しだけポジティブだ。
ネガティブで、ポジティブだ。あれ、相殺されてる?
なんといっても、今日は待ちに待った焼肉である。もう一度言う、焼肉である。
焼肉と言ったら肉だ。ちなみに僕の家庭は妙に貧しく、
朝食はモヤシに始まり、昼食は大豆、夕食はハーブ(に似た雑草)というなんとも質素な生活を送っている。
たまに何故か家の中で肉の匂いがするが、その話を親にすると怒られる。
まあ、ねだっているように聞こえるのかもしれないね。しょうがない。
とにかく、何が言いたいかというと、肉はとても貴重なものだということだ。
「ほら、修。行くわよ」
母が声をかける。
さあ、謝肉祭の始まりだ。
我が河内家では、焼肉の際、一人千円までと決められている。実際、千円で何が食えるのかといえば、皿一杯の肉くらいのものであろう。僕はそれで十分だ。
僕等がひいきにしている(年に一回だけ必ず行く)焼肉屋、「焼肉亭」はとにかく色々なものが安かったりする。というか、他の店と比較したことがないのでわからないが、とにかく、安いらしい。
そのため、千円で腹一杯に食えるってことですよ。我が家族ながら策士。
しかしながら、残念なことに僕は肉を食べることが出来ない。何故かと言えば、それは僕の弟の存在が深く関係してくる。食べ盛りな弟は千円分の肉では満足できない。というか、家族全員の四千円を合わせても足りるかどうか(それは言いすぎかもしれない。弟は六歳である)怪しいものだ。お陰で僕の千円は半分の五百円になってしまう。お兄ちゃんというだけで何たる仕打ちか。僕だって高校一年の食べ盛りである。そのことで一度母に抗議をしたことがある。その時、母が言った言葉。
「修、天才は一パーセントの才能と、九十九パーセントの努力で出来ているのよ」
だからなんだよ。悟り開いたような顔で格言言われてもどう反応したらいいかわからないよ。
何故か母は貧しい家庭においてあり得ないバリエーションの食材を食べていた。タイの生け作りを見た瞬間、「え、何、父さん死んだの?(保険金?)」とか思ってしまった。
今思えば、アレは賞味期限とかがアレだったんだろう。とにかく、アレだったんだろう。父さんはばっちり生きてたし。
父さんはどこかの会社で働いているらしい。よくは知らないけれど。
なんだかんだあって、結局僕の予算は五百円だ。
焼肉亭に足を踏み入れると、肉のにおいが僕の鼻腔を満たした。中々客が多いようだ。
店員さんに席を案内される。
「ご注文はお決まりでしょうか」
お決まりの台詞。いつも思うけれど、決まっているわけがない。そういうのは常連だけに許されたスキルだろう。
しかし、僕等は振る舞う。こういった状況はシュミレーションしている。シュミレーションって格好良くない?あらかじめ、皆で食べるものは決めておくのだ。
焼肉なのだから肉、そうなるのが一般的だろう。しかし、僕の予算は五百円だ。正確には肉を一皿頼めなくもないのだが、どうにも、その後、小ライスしか頼めない状況に陥るのだ。
よってここは合理的に考える。
食事とは何か。それは腹を満たすための行為。ならば、肉を堪能するより、腹を満たすことが重要といえるだろう。そこから導き出される答えは………。
「僕は、サラダバーで(三百円、お代わり自由)」
どうだ、この選択。見事な策だろう?特に注目してほしいのは『お代わり自由』という点だ。普段は一皿しか食べられないモヤシが今日は無限に食べられるのだ。そう考えると悪くない。むしろ好条件だ。
他の家族は皆肉を頼んだ。まあ、僕の思考を共有したいという気持ちはなくもないけれど、それは個々人の自由だ。僕は野菜尽くしでも大して困らないけど、さすがに焼肉だからと肉を選ばなければ、というのもあるのかもしれない。というわけで、僕は気にしない。
野菜をよそいにやって来ると、そこには様々なものがあった。僕はメジャーなものを選んだ。
キュウリ、レタス、トマト、ニンジン、そしてヘチマだ。
バランスを保ちながら、手からあごの位置まで山積みになっている野菜たちを運んだ。
席に着いた瞬間、親から激しい批判を受けた。意味がわからない。
肉の焼ける音が目の前から起きる。肉汁がたれ、下の炭に落ちると、じゅう、と音がして火の手が上がる。おいしそうな匂いだ。
そんなことを考えながらキュウリを咀嚼する。匂いだけで結構いけるものだ。
しゃくしゃく、しゃくしゃく、しゃくしゃく、しゃくしゃく。
空しい?馬鹿な。そんなこと、あるわけがない。そもそも、肉がおいしくて野菜がマズイなんて誰が決めた?まあ、この場合美味いマズイの観点じゃないのかもしれないけれど、なんとなく、ストレスだ。
しかし、肉はすぐになくなってしまうだろう。その点、僕は無限にお代わり出来る。
なぜなら、
僕は、サラダバーだ。
弟が上手そうに牛サガリを頬張る。「おいしい~」だって。マズイなんて言ったらぶっ殺してるけどね。いや、嫉妬じゃないよ?だってサラダバーの方が合理的だからね。肉なんて、消化に悪いだけだろう?血肉になるっていうけど脂肪も付くだろうしそれに比べて、野菜は消化がいいし、栄養価高いし………まあ、その他諸々の理由から野菜は優れているよ。
僕はトマトを手に取った。そういえば、焼きトマトって聞いたことがあるような………。
そう思って試しに焼いてみた。親は何も言わなかった。
しばらく様子を観察していると、なんだか、純粋に燃えているような気がした。水分は沸騰して蒸発。皮が焦げくさくなってきた。そろそろ食べるところもなくなりそうなので回収。食してみる。
パリッ
小気味の良い音を出してトマト(というより皮)は崩れ落ちた。水分を売りにしているようなものなのに水分飛ばしたらこうなるよね。わかってたよ。
気を取り直して新たなトマトを手に取る。トマトって、野菜の中でもフルーツ的な存在だよね。なんか別格っていうか、もうフルーツでいいよね。だって、ミニサイズだったら五パックいけるよ、きっと。そんなに食べたことないけどね。この際食べてみようか。いや、冗談だけどね。
弟は早くもデザートにありつこうとしていた。親から分けてもらっていても所詮少量の肉だし、当たり前だよね。それにしてもプリンか。
様子を見る限り、弟は腹が満たされているようだ。もう食えないのではないだろうか。じゃあ、残してしまうのか?野菜だけというのも華がないし、もらってやらなくもない。
「もう、おなかいっぱい」
きた!案の定、弟はプリンを残した。さあ、それをこちらに……!
じゅうっ
弟は…………………プリンを焼いた。
焼いた。
………いやいやいやいや、焼いてもプリンは焼きプリンにはならないと思うぞ、弟よ。
ほら、溶けてるよ。液状になってんじゃん。肉にしっかり絡まってんじゃん。プリン味の肉なんて奇抜すぎるだろう。
仕方なく、僕はニンジンをかじる――――ところで止まった。なんだよ、これ。普通に苦いじゃん。いいやつ仕入れておけよ。
焼いてみた。焼いてみたら「あれ、意外といけんじゃない?」というのはよくある話。プリンはダメだったけどね。
ニンジンは思ったより美味そうに焼けている。肉汁が絡まって、いかにもという感じだ。
こんがりと焼けたニンジンを食す………甘い。
そうだった、プリン焼いたんだっけ。親があまりにも普通に食べているから忘れていた。ホントにおいしそうに、肉を。
僕は………サラダバーだ。
ラストはヘチマか。何で取ってきたんだろう。というか置いとくなよ。僕以外に食うヤツいるのか?ヘチマといえば小学校を思い出すな。よく育てていたっけ。最近は需要がなくなってきて、育てる授業はなくなったみたいだけど、時代だね。
食べてみると、そこまで美味くはなかった。
延々と野菜を食べ続けるのにも終わりが見えてきたようだ。家族が肉を食べる手も止まりつつある。千円なのに、十皿くらいは重なっていた。あれ、おかしいな。
まあ、そんなことは気にせず、僕はデザートへ向かう。残り二百円。コーヒーゼリーだ。
足取りは不思議と軽い。やはり、甘い物は何でも嬉しい物である。
僕は、コーヒーゼリーを目の前に置き、じっと眺めた。
ああ、今思えば絶対野菜よりこっちの方がいい。だって美味いもん。理屈なしに美味いもん。僕はスプーンを取り、
「あ、兄ちゃんいいなぁ。おいしそう」
「ほら、修。分けてあげなさい」
母にコーヒーゼリーをひったくられ、弟は歓喜の声を上げる。
さっきお腹いっぱいと言っていた割に食べる。食べる。食べる。
根こそぎいかれた。汁一滴残っていない。美しく、容器は焼肉亭の光景を映した。
「あ~おいしかった」
「良かったねぇ」
いや、良くねえだろ。こんな口調になったけどさぁ、それはないんじゃない?せめて「ありがとう」とかね?言ってもいいんじゃないの?
さすがに楽しみにしていたコーヒーゼリーを奪われては黙っているわけにはいかない。本当に、今回ばかりは許さない。(過去に四、五回あった)僕は大人だから怒らないで上げていたけれど、それが裏目に出てしまったんだろうか。まったく。
怒るぞ。よし、怒るぞ…………あれ、レタス残ってる。ラストって言ったのに、何たる失態だ。添えものだからたまに忘れるんだよな。
レタスを咀嚼しているとなんだか空しくなってきた。だって、最後が添えものだなんて、あんまりじゃないか。レタスって野菜の中で一番雑草に近い味するよね。いや、僕、晩は雑草食べてるからわかるんだわ。レタスが好きな人は気を悪くするかもしれないけど。
皆は最後の仕上げとばかりに肉を平らげる。弟は今度こそダウンしているが、両親は未だ限界を見せない。
僕は、サラダバー(レタスのみ)だ。
「さて、そろそろ帰るか」
父の一声で家族は一斉に席を立つ。毎回恒例だ。
レジに出た数字が五桁だったような気がするが、気のせいだろう。我ら河内家は貧しいのだ。それにしても、
「僕って、実は野菜嫌いなんだよね」
ども、初の短編でございます。
友人との会話から派生していった話です。具体的には、
「部活なげぇ~帰りてぇ~」
↓
「………僕は帰れば焼肉が待っている。一人千円までで」
↓
「(友)僕は、サラダバーだ」
みたいな感じで。一部抜粋です。正直一時間語りましたから、キリがありません。
感想、意見などよろしくお願いします。