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殿下、お加減はいかがでして?入室してもよろしいかしら?
「ああ、ソフィア……ベルガーも。お別れの挨拶に来てくれたのだね。どうぞこちらへ。先ほど父上……先王さまが来てくれていたのだが、ベッドサイドには椅子が一脚しかないから用意を……ん?ソフィアはベルガーの膝に座るのかい?ははは……仲がいいね」
殿下……。
「陛下だよ。君はちっとも呼び慣れてくれないが、僕は王だ……最期くらい陛下と呼んでおくれよ」
失礼いたしましたわ、ジョンリード陛下。
「サンドラはもう眠ったのかい?」
はい。明日への意欲と希望に満ちた、とても幸せそうな笑顔で、何も知らずに永眠されましたわ。
「……そうか。僕とサンドラの息子……ジョナサンはもう外へ?」
はい。陛下とわたくしの子は死産となり、羊水塞栓症によりシムティエール男爵家にて産褥死した元王妃付女官サンドラの亡骸とその赤子は、こちらで付けた乳母夫婦と共に秘密裏に王宮を出て、ノーラン家のタウンハウスへ向かいました。新生児に領地への長旅は無理ですから、伯爵もしばらくは孫と王都に滞在なさるようですわね。養親となるサビーネさまとトマスさまとの対面は半年以上先になるかと思いますが、きっと皆様に愛され、ジョナサン・ノーラン伯爵令息として幸せな人生を歩まれることでしょう。
「シムティエール男爵家……?」
ノーラン伯爵領に程近い、小さくのどかな里にある家ですわ。少し前、王都の警邏隊所属だった次男が、ならず者の捕縛時に殉職されていましてね、二階級特進で警邏部長となったそのムエト・シムティエールさまには婚約者も恋人もおられなかったので、生前はサンドラさまの恋人であり、ジョナサンくんの父親だったことにいたしました。ジョナサンくんの将来のためにも父親は必要です。体裁は整えておきませんとね。
「そうだね……では、サンドラの亡骸はシムティエール男爵家の霊廟に祀られることになるのか」
はい。当然、陛下と同じ霊廟に祀ることはできません。そしてサンドラさまが『死んでもノーラン領に帰らない』と神誓してしまわれたので、故郷に帰して差し上げられないのは残念なことです。ならばお好きだった王都にと思えども、ノーラン家のタウンハウスは社交シーズンの宿泊と小規模執務施設としての機能を重視した他貴族との集合型建築ですから、埋葬場所が確保できません。
「シムティエール家は縁もゆかりもないサンドラの受け入れを納得しているのかい?本当に息子との子を生した恋人であったと信じているわけではないのだろう?」
縁もゆかりもない娘の亡骸を、犬死した次男の嫁として受け入れるだけで、商人上がりの男爵家がノーラン伯爵家と縁とゆかりを繋げるのです。死してなんと親孝行な次男と、お嫁さま様、サンドラ・ノーランさまです。信じられずとも全力で信じますわ。体裁よく手厚く祀ってくださいますとも。
「ならば安心だね。ソフィア、君はこの先どうするのかな?」
息子を死産して夫の王を亡くした王妃のわたくしは、専属医のディーンさまと離宮に移り、喪に服しますわ。近くに研究施設も建設中ですし、やることは山とございますの。
20歳になりましたら、ディーンさまと夫婦になる予定です。王妃は再婚できませんので事実婚ですが。
「そう……幸せにね。ベルガー、ソフィアを頼んだよ」
「はい。姫のことはお任せください」
この国は兄のデュナミスが継ぐことになりました。既に次代がいますし、王の後ろ盾として、義姉の実家の辺境軍は心強い存在ですから。それに、弟のサムロを王にするとなると、コパン王国が婚約者を側妃腹の第4王女から正妃腹の第5王女にしろと言ってきて、ややこしくなりそうなので。
「王がデュナミス従兄上ならばこの国は安泰だ」
はい。他に、神の庭に旅立つにあたっての懸念事項はございませんか?
「懸念事項というか……今更の確認なのだけれど……結局、僕の父親は誰なのだろう?」
えっ?先ほどまで陛下……いえ、先王さまがここにいらしたのでしょう?もう、肝心の懺悔を怠られましたのね?
「いや、身も世もなく泣いて縋って僕に許しを乞うていらっしゃったが、とても話ができる状態ではなくてね、嘔吐きながら『詳しくはソフィアに聞いてくれ』と」
はあ、またわたくしに丸投げされたというわけね。
「愚かな僕も、さすがに理解しているよ。思い起こせば神誓の日、王都の他の場所で地震など起きていなかった。揺れていたのは神殿だけで、ソフィアは国難に直面して神の声を聞いたのだろう?僕とサンドラは、本来ならばあの時に、石のテーブルの下敷きにでもなって死んでいる筈だった。そうだよね?」
はい。陛下とわたくしの子をサンドラさまが育てるのならば、わたくしから神の血を継ぐ王族の子ですが、陛下とサンドラさまの子をわたくしの子と偽って育てようとする目論見は、口にしただけで即刻神罰の下る大逆罪でした。他の場所ならば聞かぬ振りもできましたが、神の目と耳のある神殿での発言でしたので、あの時点で、おふたりの死は確定してしまいました。
陛下はサンジュ伯爵の子です。
「伯爵は、母上が側妃に上がる半年前には亡くなっていた筈だが……」
前夫ではなく義理の息子の方だそうです。サンジュ伯爵は先王と同じような髪色だったらしく、赤子の顔立ちは母親似だったために、シエンヌさま自身にもどちらの子かわからなかったのだとか。
当時の医療では子の遺伝子など調べる術はなく、有耶無耶にできました。
「では、母上はネメシス王妃の陰謀で暗殺されたのではなく、医療の発展により托卵が露呈して、毒杯を賜ったのだね?」
シエンヌさまの死にネメシス王妃さまが関わっていたという陛下の推測は、あながち間違いではありません。元々「愛されぬ石女」と評されることに納得がいっていらっしゃらなかった王妃さまは、まさに陛下がお話しされたお土産事件がきっかけで動かれました。
ケンボーン王の過去の病歴を調べ、王宮に生殖専門医を召喚し、ご自身と夫を検査なさったのです。結果、ケンボーン王は少年期に罹った熱病により生殖機能を失っていたと判明しました。
シエンヌさまは義息子のサンジュ伯爵との関係を自供して毒杯を賜り、サンジュ伯爵は表向きには馬車の事故に遭ったとして処理されました。そこで、問題となったのがジョンリードさまの行く末です。
托卵は許されぬ重罪ですが、子に罪はありません。ケンボーン王は18年間わが子として溺愛してきたジョンリードさまを見捨てられなかった。だから、陛下の卒業間近に、ラーテル公爵家を訪れてすべてを明かし、もう一度頭を下げられました。
実情は神の血を継ぐ女王に伯爵令息の王配ですが、表向きは、血筋の劣る王に神の血の濃い公爵令嬢が嫁ぐ婚姻。これですと、体裁は男系男子の王のままで次の代へ繋げます。
「なのに、愚か者の僕が恋に浮かれて温情を台無しにしてしまったのだね」
2番目の選択肢をお薦めする際に、言ってしまうべきかとも考えたのです。でも……。
「恋愛脳の馬鹿が『両親の世紀の大恋愛があこがれ』なんて宣ったら、言えなくなるよねえ……ソフィアはやさしいから。うん、あの時に告げられなくてよかったよ。愚かな僕のことだから、やけを起こしてサンドラやソフィアまで巻き添えに、無理心中でもしてしまっていたかもしれない」
わたくし、陛下のことはずっと家族だと思っておりますし、サンドラさまのことだって、話の通じないおかしな方ではありましたが、どこか遠くで、奇声を発しながら楽しく生きていてくれればいいなと願っておりました。ええ、近くで生息されるのは嫌ですけれども。
「だから、ソフィアは僕らの死を先送りにするために神誓してくれたのだね」
神誓は違えられない神との約束ですから、少なくとも約束を果たすまでは生かされると思いまして。サンドラさまがあっという間に妊娠・出産してしまわれたので、たったの1年でしたが。
「十分だよ。ありがとう、ソフィア。泣かないでおくれ。サンドラは王妃になる夢を見ながら眠れたし、僕はたとえ在位期間が1年でも王として歴史に名を刻まれた。母上は托卵の重罪を犯したにも関わらず、それを秘されて国母として記される。そして、君は好きな男の膝の上でやさしく涙を拭われている。幸せだね……なんて幸せなエンドだろうか」
ええ、みんな幸せになれましたね。
「さあ、僕はもう眠るね。ソフィア、物語のおしまいは、あのお決まりの言葉で締めておくれよ」
めでたし、めでたし。
<おしまい>




