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「コホン、わたしだって、無策で来たわけじゃないのですよ。酒によるあやまちの後に、王家の過去の婚姻について、少しは調べました。えーっと、たしかジョンリードさまとソフィアさまのお祖父さんの、そのまたお祖父さんの代だったと思います」
高祖父はゴンライズ王ですわね。ああ……たしかに、産褥熱で王妃が亡くなった後、遺された王子に乳をやり母親代わりになって育てた侍女が、数年後に側妃に上がったのでしたかしら。
「乳が出るってことはつまり、同時期に子を生んでいるわけでしょう?」
経産婦でも側妃に上がることができたならば、ご自分も叶うと思われましたか?まあ、遡ればシエンヌさま以前にも、未亡人から特例として側妃に上がった方はいらしたようですよ。
ただ、どの例もケンボーン陛下とシエンヌさまのように個人的な恋愛感情が要因で結ばれた婚姻ではありません。
その侍女の夫は護衛騎士で、王を暴漢から護って殉職したのです。侍女と護衛騎士との間に生まれた息子は乳兄弟として献身的に次代の王を支えたと後世に伝わっています。
乳飲み子を抱えて未亡人になった侍女と、新生児を遺して王妃に先立たれたゴンライズ王。ふたりの間に愛があったか否かは歴史書に記録されておりません。未亡人が特例として側妃になれた最たる理由は、王子が侍女を真の母と慕ったからです。
「そこなのよ!」
どこでしょうか?
「んもう、ソフィアさまったら察しが悪いですねえ。わたしがその『真の母』になると言っているのですよ」
察しが悪くて申し訳ございませんわ。わたくし、本日お会いしてからここまで、サンドラさまのお言葉の7割ほどが意味不明なまま聞き流しておりましたが、今、完全なる理解不能状態に陥ってしまいました。
「だーかーらー、同じシチュエーションを作るのですよ。ジョンリードさまとソフィアさまにすぐにでも結婚してもらって、わたしがソフィアさま付の女官として一緒に王宮に入る作戦ってわけ」
サンドラさま?その発言はさすがに看過できかねますわ。わたくしへの殺害予告と受けとめ、相応の対抗措置を講じさせていただきますが、ご自身の末路は牛裂きか車裂きのどちらがお好みでしょうか?
「怖いコワイ怖い!ちがーう!ほんとに死ぬ必要はないのよ!子が生まれたら、ソフィアさまは産褥死したことにしてこっそり王宮から出て、好きな人……ほら、初恋の護衛騎士ウルス・アロケンさまと結婚して、アパート暮らしでも一軒家の庭で犬と一回り年上のマッチョで頼りになる夫とウフフアハハでも何でも、夢を叶えてくれればいいのです。きっと幸せになれますよ!」
まあ、サンドラさまはラーテル家の使用人の名前までご存じなのね……気味が悪いわ。たしかに、わたくし付の護衛の中にウルス・アロケンという者がいます。でも、わたくしの初恋ではございませんし、彼は32歳の既婚者で、養子含めて11児の父ですが?
「おう……そうだ、4年の誤差があった……18歳に30歳はギリギリ許せても16歳に32歳のダブルスコアは倫理的にアウトか。それにしてもウルスさま、ゲームでは悪役令嬢一筋でラスボス化して、何度もパーティーを全滅させられ、倒すために地下ダンジョンをひたすら巡ってレベル上げしたというのに……一体誰と結婚したのかしら。めちゃくちゃ子沢山とか、ウケる」
はい?
「イエ……えーっと、ウルスさまについては勘違いですけど、お年頃なのだし、他の騎士とか学院の同級生の中に好きな人のひとりやふたりいるでしょ?ソフィアさまはジョンリードさまに対して恋愛感情なさそうだし、王妃の座にも執着がないでしょ?だから、いい作戦だと思うの。どうかな?」
どうもこうも、現実味が著しく希薄で蓋然性に乏しく、考えた者の正気を疑う愚策としか申し上げようがございません。サンドラさまの頭、大丈夫ですか?脳みそスカスカなのではありませんか?
「ムキーッ!ひどいひどいと思っていたけど、この小娘、マジひどいわー。なによーぉ、偉そうに!」
仮にサンドラさまの作戦を実行したといたしましてもね、わたくしたちが同時期に妊娠できるかもわかりませんし、わたくしの子が必ずしも男子とは限りませんでしょう?たとえ王子を生めたとしても、わが子を王宮に置き去りにして他人に育てさせ、自分は外の世界で気ままに暮らすなど、わたくしにはできません。それでわたくしが幸せになれるような人非人だとお考えなのであれば、真に心根がひどいのはサンドラさまではなくて?
「はあぁ?ソフィアさまこそ馬鹿なの?わたしの話の意図をまったく理解していないじゃないの。なんでソフィアさまが子どもを生むのよ!?それ、誰の子?」
はい?もちろん殿下の子ですが?
「ジョンリードさまの子は、わたしが生んで、わたしが育てるのよ!」
はい……ですから、サンドラさまの子は王子の乳兄弟になるわけですよね?
「そうじゃなくて!もう……ジョンリードさまからも、ソフィアさまにガツンと言ってやってくださいよー」
「ん?ごめんよ、サンドラ。僕も君の話についていけていないようだ。ソフィアに何を言えばいいのかな?」
「だから『僕には愛する人がいる。おまえを愛するつもりはない』って台詞ですよ」
「どうしてだい?国のために僕の子を生んでくれるソフィアに、そんなひどいことを言えるわけがないだろう?真実の愛ではなくとも僕は精一杯ソフィアを愛しみ大切にするし、父上のように不公平な対応をしないよう気を付けるつもりでいるよ。そして、君も感謝を忘れてはならない。そこは間違えちゃいけないよ、サンドラ」
「えっ?ちょっと待って!ジョンリードさまはソフィアさまを抱く気なの!?そんなのおかしいわ。真実の愛に対する冒涜よ!」
あのう……根本的にわかっていらっしゃらない気がしますので、サンドラさまに確認をとらせていただいてよろしいかしら?
「なによ!?」
サンドラさまは、殿下を王にしたいのですわよね?
「そうよ。それは決してわたしの私欲からじゃなくて、ジョンリードさまの望みだから」
殿下はわたくしを妃にしなければ王にはなれません。そこは理解されています?
「わかっているわよ。ゾフィー王太后から継がれたレゾン神聖帝国の高貴なる血と、ラーテル公爵家の後ろ盾が必要だからでしょ?」
後ろ盾になれる家ならば他にもあります。サンドラさまのご実家のノーラン家も、伯爵位ではありますが、十分に力のある家です。ただ、今回の婚姻において重要なのは後ろ盾よりも血なので。
「ふん、高貴なる血なんて言うけど、様々な身分の者を集めて、指でも切って皿の上に血液を滴らせてみなさいな。どれも貴族のものか平民のものか区別のつかない赤い水分に過ぎないわ。人の血は人の血よ。血に貴賤などないのよ」
ええ、人の血は人の血ですわね。ですが、神の末裔である王族の血だけは違うのだと、サンドラさまも学院の一年時に必須科目の建国史で習いませんでしたか?
「あれは歴史というか、神話でしょ。たしか『神ノ血ヲ脈々繋ギタル王ガ人民ヲ導ク。ソノ血ニ神ヲ宿シタル王族ハ人ニシテ人ニ非ズ。有事ニ天啓ヲ得テ国難ヲ払ウ』だっけ」
よく覚えておられますのね。なのに、わかっていらっしゃらないのはなぜかしら?
ゾフィーお祖母さまの祖国であるレゾン神聖帝国もまた、建国神話のある国です。しかも、ズーラリア大陸における最大信仰テオロス教の最高神デメデウスが祖となれば、お母さまは神話のサラブレッド。その子であるわたくしと兄弟の血も尊ばれています。
神の血を求められて妃になるのですから、当然、出産も職務に含まれます。王子に恵まれなければわたくしの兄か弟の子を養子に迎えることになるでしょう。妃にならないなら兄か弟が次の王に立ち、見切り品の殿下は廃嫡ポイです。
ご理解いただけまして?
「バカバカしい。今の時代に建国神話なんて本気で信じているのは、宗教汚染されて因習に凝り固まった年寄り連中だけでしょ。あんなの、要は王家礼賛の政治的プロパガンダじゃない。それとも何?特別な青い血を持つソフィアさまは人間じゃないの?実際に神の声が聞こえる巫女?聖女?神通力を操ることができる超人なの?」
さあ?刺繍針で指を突いた際に出る血は普通に赤いですし、自分では何の力もないただの人間だと思っておりますが、本当のところは存じません。神託を賜ったことなどありませんわ。わたくし、払わねばならないような国難に直面したことがございませんもの。
「だったら、別にいいじゃない」
別にいい……とは?
「さっき、ソフィアさまも言ったじゃない。みんなに『フリ〇ンハミダシ王子』と後ろ指を指されているジョンリードさまは品性下劣で人として終わっているという実情がどうあれ、体裁が大事なのだと。だったら逆に、体裁さえ整えれば実情は違っていても問題なくない?」
問題は大ありです。品性下劣で人として終わっている殿下にも体裁は必要だとは申しましたが、表向きの体裁さえ整えれば裏で品性下劣で人として終わった行いをしてもいいとはなりません。あと、わいせつ物陳列罪はサンドラさまも同罪で『パイの実ポロリ令嬢』として名を馳せていらっしゃいますことをお伝えさせていただきます。
「ムキーッ!そんな嘘を拡散しているのはどこのどいつよ?SNSもないのに悪意の伝播がひどい!わたしはそこの『ハンケツ王子』と違って、ちょっとドレスの胸元がはだけただけで、ポロリまではしていないわよ!」
「ひどいよ、サンドラ……僕だってちょっと腰パンになっただけで、トラウザーズは脱いでいなかっただろ。ハミダシもハンケツもしていない!わいせつ物なんてチン列していないよ!信じておくれ、ソフィア」
どうでもよろしいわ。
「どうでもよくないわ!娼婦扱いの愛人稼業など問題外だし、都落ちして妹の下に就く上に借金地獄もまっぴらごめん。だからって、新しい出会いを探せ?こんな醜聞まみれでどうやって?無理に決まっているでしょ!」
そんなにご自分を卑下なさらなくとも、世の中には殿下のようなケダモノ好き……いやゲテモノ好きが意外と生息しているので、サンドラさまにもまだまだ需要があると思われますよ。
「うっさいわ!ソフィアさまはね、つべこべ言わずにわたしの作戦にのってくれればいいの!わたしにばかり都合のいいことは言わないから、ソフィアさまも幸せになれるわ。表向きはソフィアさまが王妃として華々しく脚光を浴びて、裏方仕事はわたしがやる。執務はもちろん、スピーチ原稿だって書く。わたしとジョンリードさまが実質の夫婦として暮らして疎外されるのが寂しいなら、ソフィアさまだって、誰でもいいから好きな男を側付として王宮に引き入れなさいな。そして、わたしがジョンリードさまの子を妊娠したら、王妃懐妊の公示をして、ソフィアさまはお腹にクッションでも装着……ぅえええ?揺れているの?きゃあぁっ!ジョンリードさまあぁぁぁ!」
「うわあぁ、地震だ!テーブルの下へ!」
あーあ。
「ソフィアも早く!」
では、神誓いたしますね。
「は?この非常事態に何を言って……」
各種書類等の準備ができ次第、ジョンリード・オ・テ・ザッシュとソフィア・ラーテルの婚姻を締結。ケンボーン王は健康上の問題を理由に退位。ジョンリード王が即位。これらの事項はすべて書面上で整えられ、国の内外への披露目は行わない。投函。
「僕が王に……王になれる」
ソフィア王妃はジョンリード王と閨を共にしない。婚姻後は各々別室にて生活。サンドラ・ノーランは王宮文官の職を辞しソフィア王妃付の女官として入宮。王妃に課される執務その他すべての裏方雑務、及び王の閨に侍る妻の職務を遂行する義務を負う。投函。
「なんだか愛のない言い方ね……」
サンドラ・ノーランには女官としての適正な給与が支払われる。生活費、遊興費、服飾費などは給与からの自己負担とし、国費から王妃に支給されるお手元金の私的流用を固く禁ずる。投函。
「失礼ね、横領なんてしないわよ!ゆくゆくはわたしが王妃になるのだし、それまでは我慢できるわ……ねえ、まだ揺れているけど、これ、逃げなくて大丈夫?」
揺れている間は下手に動かないほうが良いと聞きますわ。神殿騎士たちが避難誘導に駆けつけるまでの間に、神誓を終わらせてしまいましょう。
ソフィア王妃は自身の専属医として、ラーテル家の保有する余剰爵位からディーン・ベルガーに伯爵位を与え、王宮にて側付に召上げる。
「ちょっ、ちょっと待って!ディーン・ベルガーはサビーネの婚約者なのよ!?」
誰でもいいから好きな殿方を側付として王宮に引き入れろとおっしゃいましたわ。サンドラさまにばかり都合のいいことは言わないから、わたくしも幸せになれるとも。わたくしはディーンさまがいいのです。殿下とサンドラさまの都合で戸籍を汚されるのですから、このくらいは好きにさせていただかないと割に合わないわ。もちろん、ディーンさまのお心次第ですが、ベルガー家は皆さま支援契約婚で身を立てておられる一族なので、ディーンさまも現在の婚約より有益な研究環境を提示すればお断りにならないでしょう。
「ひどいわ!妹を殺す気なの!?」
ご安心なさって。代わりとしてノーラン家の婿にはトマス・ヒポポさまをご紹介いたしますわ。トマスさまは優秀な漢方医で、体質改善健康体操の考案者でもある方なの。きっと妹さんの虚弱体質を根本治療してくださってよ。ふふふ、お手々がクリームパンのようでいらしてね、お人柄もふんわりした、良い殿方だと保証いたしますわ。
「だったら、そのヒポポ氏とやらを側付に召上げればいいじゃない」
わたくしとは学術の専攻分野が違うのですもの。わたくし、学院を中退しても学び続けたいの。色恋のお話ばかりでディーンさまを選んだわけではありませんのよ?もちろん、殿方としても殿下よりよほどお慕いしておりますけれど。では、投函。
「あっ、ああぁ……」
「こ、戸籍を汚すって……ソフィアは王妃として名を歴史書に記されるのだよ?この上なく名誉なことじゃないか。なのに、そんな言い様は……」
あらあ、殿下は妙なところでショックをお受けになるのね。まあ、ご自分の名を王として歴史書に記されたい、シエンヌさまの名も王の生母として後世に伝えたいと執着しておいでの殿下には、気に障る言い様でしたかしらね。ごめんあそばせ。でもねえ、乙女心としては『公然わいせつ王子』との婚姻歴なんて、たとえ書面上だけでも汚れ・穢れ・辱めでしかございませんのよ。ああ不名誉。
「ご、ごめんよぉ」
「ちょっとぉ、無意味にジョンリードさまを泣かせないでよ、イケズ女」
そうね、失礼いたしましたわ。わたくしとしたことが、とんだ時間のロスですこと。さてさて、肝心な取り決めを進めねばなりませんわね。
女官サンドラがジョンリード王の種で懐妊した場合、王と王妃の間の子と偽装するためにソフィア王妃は妊娠過程に合わせて腹に綿を装着し妊婦として過ごす。女官サンドラが出産後、死亡を装い王宮から秘密裏に外へ……あのう、サンドラさま?生まれた子が女子ならどういたしましょうか?
「うーん、この作戦って一発勝負だからなあ……絶対に王子を生んでやる!とは思っているけど、王女でもやるしかないわね。まあ、その時点で王はジョンリードさまになっているのだから、育ての親としてわたしを妃に召上げることも強行できるでしょうし、決行でいいわ」
では、その旨、生まれた子が男子でも女子でも決行する。投函。
ああ、足音が近づいてきますね。ちょうど神誓が終わったところでよかったです。
本日はお疲れさまでございました。




