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おすすめは断然2ですわ。ただ、この場合サンドラさまは王家ではなく、婚約の組み替えを阻止したい者にとっての排除対象となります。特に、シーヴァさまとの結婚を待ち望んでおられるカーリーさまは要注意ですね。
わたくしたち貴族令嬢は(サンドラさまは別として)心に沿わぬ婚姻でも、国と親から決定事項として命じられてしまえば従うしかありません。
ですので、婚約の組み替え作業開始から公示するまでの期間が最も危険ですわ。さっさと王都を出てノーラン伯爵領へ逃れるのがよろしいでしょう。
わたくしからお二人へのご祝儀代わりに、長距離移動用の四頭立て馬車をお贈りいたしますわ。
そうそう、王族でなくなれば今まで殿下付だった影も護衛も従者もすべてが外されますから、殿下おひとりの剣の腕では、とてもサンドラさまを護り切れませんでしょう。餞別として、道中の護衛やお世話係はこちらで手配して差し上げます。ノーラン伯爵家が引取ってくだされば、わたくしは殿下と結婚しなくて済みますもの。安いものですわ。
ノーラン伯爵家からラーテル公爵家への慰謝料も免除でよろしいわ。あ、王家からはたんまりいただきますけれども。
いってらっしゃいませ。お幸せにね。
「……ソフィアは僕を捨てるのかい?」
まあ、捨てるなんて人聞きの悪いことをおっしゃらないで。わたくし、殿下に良い里親さんが見つかって安堵しておりますのよ。
さて、では神誓いたしましょう。
ジョンリード・オ・テ・ザッシュは王族籍から外れサンドラ・ノーランと婚姻を結び、ノーラン領にて妹夫婦の補佐として務めるため王都を去……あっ、何をなさいますの?
「去『らない。わたしサンドラ・ノーランは、死んでもノーラン領に帰らない』っと。ホイ、投函!飲み込め神さま!」
あーあ。
「こら、サンドラ!だめじゃないか。ソフィアに謝りなさい」
「だってぇ、勝手に決めようとするソフィアさまがいけないのよ」
「まったく……困った子だなあ。乱暴なことをしてごめんね、ソフィア。手は切れていないかい?これで拭いておくれ。ドレスは大丈夫だったかい?」
「あっ、ひどい!それってわたしがジョンリードさまのために苦労して刺繍したハンカチじゃないの!インクなんか拭かせないでよ!もう、ティッシュか何かないの?」
手に神の血が少しかかっただけで、怪我はありません。自分のハンカチで拭きますので結構ですわ。その斬新なコロナ菌と大腸菌柄のハンカチはしまっておいてください。
「ハンカチの柄に菌を刺繍するわけあるか!太陽とワンちゃんの柄だわ!」
どうでもよろしいわ。サンドラさま、その煩い口を閉じて、神の指を返してくださる?それとも、もう神誓を終了して、後のことは当初の予定通り国家公務員にお任せになる?
「ごごごっ、ごめんなさいぃ。暗殺者は呼ばないでぇ。ワタクシメの菌柄ハンカチでその白魚のような指をフキフキさせていただきます―、そしてディスイズアペンですー、お口チャックしますー」
「ソフィア、サンドラは天真爛漫すぎて時々失敗しちゃうけれど、悪気はないので怒らないでやっておくれ」
サンドラさまが傍若無人すぎて驚愕しているだけで、怒ってはいませんわ。選択肢の2を選ばないと神誓してしまったために殿下を捨て……里親に託せなくなってしまったのは非常に残念ですけれども。
「選択肢の2は、どのみち僕も選ぶつもりはなかった。ソフィア……あまり大きな声では言えないことなのだけれど、僕の話を聞いてほしい」
ハイハイ、どうぞお話になって。聞きますわよ。もとより聞きたくもないお話を聞く義務もないのにずっと聞いておりますとも。
「あのね……僕は母上の突然の死に疑問を抱いている。当時、王宮内に流行病の兆しなどなかったし、母上は病弱でもなかったのに。おかしいと思っていろいろ調べて父上に再調査を訴えたけれど、けんもほろろに病死だと片付けられてそれっきりだ」
さようでございますか。それで?
「僕は、母上の死にネメシス王妃が関わっているのではないかと考えている。しかし、2年経った今も何の証拠もつかめていない」
さようでございますか。それで?
「ネメシス王妃は常に微笑んでいた。母上も僕も王妃にいじわるをされたことなどない。だが思えば、陰で石女と憐れまれていた王妃が王子を生んだ側妃を憎むのも無理からぬ話であろう。父上とて王妃をないがしろにしていたわけではないが、やはり愛しているのは母上であったし、息子の僕から見ても、もう少しあちらに気を遣うべきだと気を揉む場面は多々あった」
さようでございますか。それで?
「中でも、母上が亡くなる少し前のこと……その日、エーヌ地方に新設された職業訓練所の視察から戻った父上は、出迎えた皆の前で母上に土産を与えた。それは女工見習いが織ったという、白い小花と赤い小花模様の素朴な花瓶敷だった。父上は白と赤、2枚の花瓶敷を迷いなく2枚とも母上に与えた。そこにはネメシス王妃もいたのに」
さようでございますか。それで?
「もちろん、高貴なネメシス王妃には似合わない安っぽい代物だ。たとえ与えたとしても喜ばれなかったかもしれない。それでも一応は1枚ずつ渡すべきだろうと、王妃とは生さぬ仲の僕ですら思った。もしくは、花瓶敷は2枚とも母上に与えるとしても、せめてその地方の茶葉でも菓子でも見繕い、父上は王妃にも何らかの土産を与える配慮をするべきだったと、僕は気の利かない父上に呆れた」
さようでございますか。それで?
「さぞかし怒り傷ついておいでだろうとネメシス王妃の顔色を窺った僕は、戦慄したよ。王妃は微笑んでいた。いつものように少しも笑っていない底知れぬウロの如き瞳で、瞬きもせず、呼吸をしている気配すらなく、静かな殺意を纏って佇んでいた。僕はそこに悪鬼を見た。そしてほどなく、母上が急逝した。動機は十分にある。王妃が母上を殺したのだとしたら、決意したのはあの日だと思う」
さようでございますか。それで?
「父上は動かない。真実を暴いてネメシス王妃を廃したとしても母上は戻らず、ペルサン侯爵家の後ろ盾を失くせば国が揺れるから、動けない。それが王としての適切な判断なのだろうと理解はできる。でもね、このまま僕が王族籍を抜けてしまったら、憎い側妃を消した上に目障りな継子を追い出せたと、ネメシス王妃を喜ばせるだけだろう?あまりにも悔しいし、国母になるはずだった母上に申し訳が立たないじゃないか。だから、僕は王になりたい。お願いだから、僕を王にしておくれよ、ソフィア」
さようでございますか。それでは選択肢1での神誓に決定ですわね。
「いや、それは……」
ああ、先ほどは7年の猶予期間をお得だと申し上げましたが、撤回いたします。お別れになるなら、特にサンドラさまにとっては、早い方がよろしいわ。
昨今、王族や貴族家の嫡男に嫁ぐのでなければ、過去の恋愛経験はさほど瑕疵にはならない風潮になってきておりますもの。
サンドラさまはご家族に愛されておいでだし、選択肢の2を選ばなかったので(うちは請求しますが)婚約の組み替えによる慰謝料は発生しませんから、借金のカタに問題のある高齢者の後妻として売られる心配はまずないかと思われます。
後妻でも、まだ幼い嫡男のいる貴族家の若い男やもめなど、好条件の嫁ぎ先をお父君に探してもらえるかもしれませんね。
でも、サンドラさまは貴族家の夫人になることよりも王都で暮らすことに重きを置かれるのかしら?
王都には結婚相手を求める男女の出会いの場が多数あると聞き及んでおりましてよ。
うちの侍女のひとりもね、浮気をした恋人を社会的にも男性機能的にも抹殺した後に、友人の勧めで参加した上級使用人の合同茶話会で知り合った執事見習いと意気投合して、近々夫婦になるのですって。
世の中には、殿下よりも良い殿方がごまんといますわよ。それはもう掃いて捨てるほどワンサカ盛りだくさんに生息していること間違いなしですわ。
サンドラさまも心機一転、新しい出会いをお探しなさいませ。
例えば、文官の同僚や騎士の方とお付き合いを経て結婚し、王都で瀟洒な佇まいのアパルトマンを借りて共働きをするとしますでしょう?職場からの帰り道に待ち合わせして、芝居を観て、噴水広場のベンチで屋台の軽食を頬張るの。時々けんかをしつつ、当番制で家事をするのも楽しそうですわ。
「ないわー。職場結婚の夫とアパート住まいして、会社帰りのデートで映画観て、キッチンカーのファストフード食って……異世界転生した意味ないわー。しかも、冷蔵庫も電子レンジもガス給湯器も洗濯乾燥機も掃除機もない、前世よりマイナスの生活水準にイラつきつつ、狭くてしみったれた賃貸部屋で罵り合いながら家事分担?そりゃ地獄だわー」
狭い賃貸物件が不服でしたら、文官も騎士も高給取りですから、2人で7年も働けば、地価の高い王都でも分割返済貸付制度を利用して庭付きの一軒家を購入できるのではないかしら。
サンドラさまによく似た奇天烈な子が生まれたら、犬を飼ってジョンと名付け、今度は飼い主の責務として、しっかりトイレトレーニングしてくださいね。晴れた日にはお庭でピクニック。焼きたてパンを配達してもらって、家族で賑やかに芝生の上を走り回るの。夕食を作るのが面倒なら、近所の食事処にディナーボックスを注文するのもいいわね。
ねえ、サンドラさま。そんな光景を想像してごらんになって。夢があって素敵ではありませんこと?
「いやー、犬に元カレの名前付けるのとか、ないわー。王家がジョンリードさまの下半身の躾に失敗したって、えげつない嫌味ブッ込んできたわー。そんで、ゆくゆくは住宅ローン組んで家を買って、宅配ピザやウーバーイーツで家事ラクしつつ、ガミガミ言いながら子育てして、教育費とローンの返済に頭を悩ませながらオバハンになっていけって?そんな夢も希望もない乙女ゲームはないないナナイナナイっと。あと、誰がキテレツじゃ。ちょくちょく悪口を挟んでくるのはヤメロ」
あらあ、公爵令嬢で王太子殿下の婚約者であるわたくしにとっては、見果てぬ夢の生活ですのに。実現可能なサンドラさまにはお気に召しませんのね。皮肉なものね。
もしも、わたくしとサンドラさまの立場が入れ替えられたならば、みんな幸せになれましたのにねえ。
「それよ、それ!わたしがあなたであなたがわたし作戦!それ、やりましょう!」
はい?
「みんな幸せになれるチャンスがまだあるってこと!」




