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3つ目の選択肢は、サンドラさまが殿下の愛人として飼われることです。
あ、この場合の愛人とは、メトレス・アン・ティートル(公妾)ではございませんので、国からの費用は一切出ませんし、称号も与えられないことをご承知置き願います。住居も生活費も遊興費諸々も、殿下のお小遣い(個人資産)で賄っていただきます。
サンドラさまのご希望通り、王子の身分を保ったままのジョンリード殿下と別れずに王都で暮らせますが、ペットは王宮には入れません。当然、王宮文官の職も失います。
以後、殿下のスケジュールに愛人宅に通う日時が組み込まれ、月の内5日程度は逢瀬が許されるかと思います。
殿下には『愛人飼育指針書』に倣い、愛人宅から王宮へ戻る都度、特別診療室への24時間の隔離と、侍医による検査が義務付けられることになります。要は、王宮内に病を持ち込まないよう徹底的に管理され、監視下に置かれるのですわ。
「ソフィア、僕に腹を立てるのは仕方がないと思う。でも、君はやさしい子のはずだよ。サンドラを病原菌のように扱うなど、そんないじわるなことを言わないでおくれ」
あら、誤解なさらないで。わたくしがいじわるで考えたことではございませんわよ。
愛人飼育は元々、第13代ステイシット王が、王妃が床下がりした後に自らを慰める女を私費で1人であれば王宮外で飼ってもよかろうと主張して始まった悪しき制度です。
代々、愛人には身請けした娼婦や踊り子が選ばれることが多かったことから、王宮内に恐ろしい病が持ち込まれた時代もあったようですわ。そのため『王室書記官備忘録集第82巻』に指針書の対策を遵守せよとの警告文がありますのよ。
第18代以降はまともな王が続いて廃れた制度ですが、指針書と往時の記録が克明に残されております。この選択肢を選ばれるなら、およそ200年ぶりに愛人飼育制度の復活となりますわね。
決まりにさえ従っていただければ、子を持つこともできますわ。
子が生まれましたら、適当な人物が仮初めの夫として宛がわれます。もちろん、男児でも王位継承権は得られません。
「冗談じゃないわ!ふざけないでよ!」
ええ、冗談ではありません。実にふざけたことに、お二方にこの選択肢を選ばれてしまいますと、わたくしは学院中退を余儀なくされ、年内にも殿下と婚姻を結ばねばならなくなってしまいます。
なぜって?正式な婚約者との婚姻前に王子がお小遣いで愛人を飼育するなど、王室典範がどうのという以前に、王族として、いえ、人としての品性を疑われますわ。まあ、もう疑われる段階ではなく、殿下は広く品性下劣認定されていらっしゃいますけれどね。既に終わっているとしても一応はまだ王族ですから、最低限の体裁は整えませんとね。
「ソフィア……僕、泣いてしまいそうだよ」
あらあら、泣きたいのはわたくしのほうですわよ。婚姻してしまえばわたくしの立場は王太子妃です。王太子妃という仕事は学院生と両立できませんもの。ああ迷惑。
よって、わたくしといたしましても、この選択肢はおすすめしませんわ。
「ならば、せめてサンドラを公妾にできないものだろうか。公妾ならば王宮に居室を与えられるだろう?」
居室と称号を得て国のお金で生活し、ファッションリーダーとして貴婦人方をときめかせて社交界の華と憧憬され、政治にも関与できて、王の死後も年金が貰える……そんな公妾にサンドラさまを?
既に『エロドラ猫』という不名誉極まりない称号を得ていらっしゃるサンドラさまを?
パーティードレスが王太子妃気取りでイタイと貴婦人方をざわつかせて社交界の恥と嘲笑されているサンドラさまを?
各所に莫大な慰謝料を発生させ、国の婚姻政策に大打撃を与えようとなさっているサンドラさまを?
計算上、自らの死後も3代先までノーラン伯爵家の子孫に王家の立て替えた慰謝料返済金を支払わせる予定のサンドラさまを?
殿下、王室婚姻規定法第24条を思い出された上で、再度確認させてください。公妾にサンドラさまを?
「あ……僕が間違っていた」
「オイコラ王子、あきらめるな!」
「期待させちゃったならごめんね、サンドラ。そもそも、結婚相手がソフィアの場合は僕に公妾を求める権限がなかったよ」
「はあ?」
わが国では、公妾を持つことが許されるのは他国から妃を娶る場合のみですわ。政略で言語も生活習慣も異なる外国人の妻を迎えるなら為政者には癒しの存在が必要になるという理屈だとか。殿方の考えることって勝手ね。他所から嫁いでくる女性の方が、よほど重圧を抱えているというのに。
とはいえ、これも随分と昔に廃れた制度で、ゾフィーお祖母さまの時代にも馬鹿げた公妾制度など使われませんでしたが。
「古い規定だから、ソフィアに指摘されるまですっかり失念していたよ」
「はあぁ?なら、それを先に指摘しろ!無駄にこっちの心を折りにきやがって……小娘のイケズがひどすぎる。おまえは京都人か!?『エロドラ猫』って何なの?さすがに泣くわ。チックショー!うわーん!」
おやおや、世間の評価をありのままにお伝えしただけで心が折れるなんて、そんな脆弱な精神力では、たとえ制度上なれたとしても正妻のわたくしと鎬を削る公妾など務まりませんわよ。
「ジョンリードさまぁ!鬼が……悪役令嬢がわたしをいじめるの!断罪して国外追放にしてぇ!鬼は外!」
「サンドラ、ヨーシよしよし、錯乱しないで落ち着いておくれ。大丈夫、公妾には向かないとしても、僕は君の危なっかしく前のめりで型にはまらない野性味あふれるハチャメチャな性格が好きだからね」
その性格はそもそも正妃にも側妃にも貴族令嬢にも向いていませんけれどね。殿下のお好みにびっくりですね。
「うっせぇイケズ女。グスン……まあ、たとえ制度上なれたとしても、公妾って立場にはそんなに魅力を感じないからいいです。アレでしょ?金のエリクサーを中毒死するまで飲み続けた美魔女のポワチエ美容番長とか、でっかい頭を流行らせた病弱おしゃれ番長のポンパドール結核夫人とか、マリー・アントワネットに蛇蝎のごとく嫌われていた成り上がり娼婦のデュ・バリー夫人は革命後、結局は断頭台の露と消えたのだっけ?」
歴史上、そのような公妾の記録はございませんが?
「あんのよ、別世界にはそういう絢爛豪華ながらもドロッドロした宮廷残酷物語が。なんかこう……乙女ゲームの純なキラメキとは対極の闇を感じるので、わたし的にも公妾はパスかなー」
さようでございますか。では、第一妃案、愛人案、公妾案、一括して選択肢3は否決ということで。
さて、どういたしましょうねえ。
大体、殿下とサンドラさまは学院生時代からの仲だとお聞きしていますが、どういうおつもりでお付き合いをされていたのですか?
「すまない。君という婚約者のいる身でありながら、サンドラのおもしろさに惹かれてしまい、いけないと思いつつも、神の定めた運命に操られるように恋する気持ちが抑えられずに……」
「入学式で一目会ったその日に、ビビビッと天啓を得たのです。これは神の定めたシナリオ。わたしたちは魂のつがいなのだと!」
いえ、そういう精神的だか宗教的だかわからないお話ではなく、具体的にどう決着をつけるおつもりでお付き合いをされていたのか甚だ疑問なのですよ。
「だって、話が違うのよ。卒業パーティーで婚約破棄しようにも、4つも年下だと接点がないし……どうもこうも、こっちが聞きたいですよ。どうすりゃよかったの?!」
はい?
「イエ、こちらの話です。冷たい政略婚に引き裂かれそうな愛に動揺してしまって」
おっしゃるとおり政略婚ですから、破棄でも解消でも、王家から婚約の見直しについてお話があれば、わたくしはもちろん、ラーテル公爵家としても否やはございませんでした。実際、お二人の交際の噂を聞き、殿下の在学時にわが家から問い合わせをしております。その際、陛下から「本人は必ずソフィアを幸せにすると言っているので、若気の至りと数年だけ目を瞑ってやってほしい」と平身低頭されまして、アダマース鉱山の向こう10年の採掘権をいただきましたわ。そんなものより、わたくしは自由がほしかったのに……あーあ、誰かさんのせいでいつまでも目を瞑ったまま開けず不幸ですこと。
「そ、それは……君を縛ってしまい申し訳ないが、王家としては高貴なる血統とラーテル公爵家の後ろ盾を失うわけにいかず……」
そうね、殿下は血統だけではなく、祖母も母も既に喪い、後ろ盾が皆無であることも確とご自覚なさいませ。
まあ、鉱山の採掘権に加えて、本来ならば18歳での結婚式を5年延期にして、それまでは学問でもなんでも好きに過ごしていいという権利ももぎ取りましたので、その時点で婚約継続を承諾した件について文句は言えませんわね。今言いましたけれども。今後も言いますけれども。
それにしましてもね、殿下とサンドラさまが出会ってすぐにお付き合いを始めたなら、当時わたくしは12歳ぐらいです。婚約者がまだ子どもなので側妃候補を予め確保しておきたいと交渉して、サンドラさまがきれいな体のうちに手続きを整えておけばよろしかったのでは?
「それは僕だって、卒業までにはなんとかするつもりでいたのさ。はじめはサンドラと別れろとの一点張りだったけれど、そう言う父上と母上も周囲の反対を押し切って恋愛結婚を強行したのだし、結局僕には甘い二人だから、真剣な交際を続けているとアピールしていればそのうち許されるだろうと高を括っていて……でも、僕たちの卒業直前に母上が急逝してしまい、その後は父上とネメシス王妃の仲が歩み寄っていく分、僕と父上の間には距離ができてしまって……」
シエンヌさまとの突然のお別れはお悔やみ申し上げますし、お身内の弔事により交渉のタイミングを逸してしまわれたのには同情いたしますけれど、けじめのないお付き合いを続けた挙句、行きつく先が公然わいせつというのは致命的でしたわ。
お気の毒ですが、今となってはいかに交渉されようとも選択肢は前述の3つのみ。サンドラさまが妃になる道はございません。そもそも、これらの措置は温情なのですよ?
「どこが温情なの!?ひどいじゃない!」
サンドラさま、騒動の後にお父君のノーラン伯爵とはお話をされましたか?
「していないわよ。父に捕まったら最後、田舎に連れ戻されて監禁されたらたまったものじゃないもの」
今現在、サンドラさまにこうして3つの選択肢が与えられているのは、お父君から王家への助命嘆願のおかげと肝に銘じてくださいませ。
「じょめい?父は王宮文官の名簿からわたしの名前を除けと訴えているの?王都での仕事を奪って領地に連れ戻すために?」
違います。サンドラさまのお父君は、名を除くのではなく命を助けるほうのお願いをなさっているのですわ。
例えば、サンドラさまのお立場が男爵令嬢程度でしたら、とっくに家ごと排除されていたと思いますわよ。
「はいじょ……」
不要な事物を取り除くことですわ。平たく言えば、消されるということですわね。
「消さ……え?殺されるってこと?ソフィアさまは今更になって、わたしを階段から突き落としたり、ならず者に襲わせたりするつもりなの?」
わたくしが?なぜサンドラさまを?
本日はノアル・ソール教授とフィール・アンファン教授の教室を欠席し、朝に届いた購読専門誌『ゲノムの夜明け』も『プロジェクトG』も『ゲノムの流儀』も『アナザーゲノム』も表紙を開かないまま神殿に出向いて、お二人が幸せになれるよう、こんなに時間を割いて親身になっておりますのに……心外ですわ。もう帰ろうかしら。
サンドラさまに差し向けられる暗殺者は、陛下の命に従う国家公務員ですわよ。プロは階段やならず者なんて不確かな手法は使わず確実に命を刈りますから「お気をつけて」なんて気休めは申しません。気をつけようもなく気づけば神の庭に送り込まれていらっしゃることでしょう。
でもね、サンドラさまのお父君は問題を起こした娘でも見捨てたりはしませんでした。各所に発生する慰謝料は何十年かかっても支払うので、娘の命ばかりはお助けくださいと嘆願されたそうです。ご家族に愛されていらっしゃいますのね。大切になさいませんと。
ノーラン伯爵家は国にとって重要な役割を担う家ですから、陛下も無下にはできずに、サンドラさまは現状、辛うじて首の皮一枚繋がっている状態なのですよ。
さて、3でなければ改めて1か2か。どちらになさいます?




