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「それは、NOだ」
ほんとうに?NOでよろしくて?選択肢1とは違い各方面に迷惑はかかりますが、2は殿下とサンドラさまが真実の愛を貫いた正式な夫婦として認められる唯一の選択肢ですよ。それを踏まえて、ファイナルアンサー?
「……NOだよ。だって、王家に王子は僕しかいないのだから、僕は逃げられない。僕が自分の幸せのために王家を捨てたら、迷惑どころか、この国が終わってしまうだろう?」
なるほど……そこからですか。では、ご説明させていただきますわね。まずは、王家の過去を振り返ってみましょう。
わたくしたちのお祖父さまであった先代のランケージ王(故人)は、レゾン神聖帝国からゾフィー皇女を妃に迎え、フレイア王女が誕生しました。
「うん、君のお祖母さまとお母上だね」
ゾフィー皇女は次の子に恵まれず、わが国には女性に継承権がないため、母の誕生から3年後、ランケージ王は行儀見習いで王妃の侍女に就いていたキャリー・ハーネス伯爵令嬢(故人)を側妃に召上げ、ケンボーン王子が誕生しました。
「うんうん、僕のお祖母さまと今上陛下である父上だね」
フレイア王女は長じて、わが国の建国神王と大地の女神の次男の家系として続くラーテル筆頭公爵家に降嫁し、息子のデュナミスが誕生。その6年後に娘のわたくしと息子のサムロの双子が誕生しました。
ケンボーン王子は長じて、ネメシス・ペルサン侯爵令嬢を妃に迎えましたが、3年経っても子に恵まれなかったため、側妃を娶ることとなりました。その際、各方面から推挙されていた令嬢方の中からではなく、学院生時代に思いを寄せていた子爵令嬢を召上げることを強く希望しました。その子爵令嬢は学院卒業後にサンジュ伯爵家の後妻として嫁いでおり既婚者でしたが、側妃選定の時期より半年ほど前に高齢だった夫を亡くし、未亡人となっていた方です。
わが国では正妃はもちろん側妃に召上げる令嬢も未婚未通が絶対条件ですが、周囲の反対を退け、ケンボーン王子は王室典範を違えてシエンヌさま(故人)を娶り、ほどなく男児を授かりました。
「そうそう、純愛だよねえ。その愛の結晶こそが、この国唯一無二の王子である僕というわけだ。まさに、歴史に語り継がれるべき世紀の大恋愛。父上と母上は僕のあこがれさ。母上は一昨年に突然の病で儚くなってしまわれたけれど、僕が真実の愛を得て立派な王になるのを、きっと神の庭から見守ってくれていることだろうね」
なるほど……賛美せよ鈍感力。わたくし、殿下のその、何事にも肯定的で前向きな性格をたいへん好ましく思いますわ。思いますが……ええと、それで、わたくしが遠回しに何をお伝えしたかったかと申しますとね……。
「マウントだわ!ひどいです!ソフィアさまは、ジョンリードさまよりも自分の血統のほうが上だと自慢したいのですね!?」
サンドラさま、会話のフォローありがとうございます。
ご不快な思いをさせてしまったなら申し訳ありませんが、当たらずとも遠からず。わたくしというより、王位継承権を持つわたくしの兄と双子の弟の血統のお話です。
先ほど殿下は「逃げられない」とおっしゃいましたが、殿下が王家からお逃げになってもこの国を継ぐ者はおります。
兄にはフィッシャー辺境伯家から嫁いでこられた義姉との間に昨年男児も生まれましたので、何なら次世代もおります。
また、コパン王国に留学中の弟の婚約者はあちらの国の第4王女で、降嫁の際に新しく公爵位を賜りラーテルの分領地を治める予定です。
つまり、兄弟どちらが王になりラーテル公爵になっても何の問題もございません。この国は続いていきますので、殿下は心置きなくノーラン伯爵領に旅立って、サンドラさまと末永く幸せになってくださって大丈夫。
Get out(逃げろ)
「だが……君はどうなる?16年も結んでいた婚約がなくなって瑕疵がついてしまったら、嫁入り先に困るだろう?」
「そ、そうですよ!わたしのせいで何も悪くないソフィアさまが、長年の婚約者を寝取られたキズモノ令嬢と笑い者にされるなんて、心が痛むわ!」
ご心配いただき、いたみいります。ですが、わたくしに瑕疵がないのは誰の目にも明らかです。現状、どう考えても笑い者は、国立王都会館で開催の『はたちのつどい』の昼餐会場で、泥酔して衣服を脱ぎ捨てつつ抱き合い愛を叫んだという殿下とサンドラさまですが、ご自覚は……うん、あったらこんな場に堂々と雁首並べて座っていませんよね。
「「………………」」
ほんとうにね、わたくし自身は困りませんのでお気遣いなく。
おそらく、すぐにでも次の婚約者が決まりますわ。政治的バランスを考えれば、四大公爵家の中でギリギリ年齢の釣り合う北部のシュトリ公爵……は残念ながら先般アミト侯爵令嬢と婚姻されたので、南部のシーヴァ・ティグル小公爵さまかしらね……むしろ好みのタイプで僥倖ですわ。
ただ、そうなると現婚約者のカーリー・ドゥルガー侯爵令嬢はバディン侯爵令息に、その婚約者のルサルカ侯爵令嬢はゼパル侯爵令息に、その婚約者のハリティー伯爵令嬢はアビゴール伯爵令息にと、婚約を組み直さなくてはなりません。
「……なぜか全く接点を持てなかった攻略対象者と悪役令嬢たち……」
はい?
「イエ、こちらの話です。それにしても、婚約のスライド方式って何ですか?そこに愛はあるのですか?薄ら寒くてゾッとしますよ。結婚って、愛し合う者がする神聖なものだと思います!」
愛し合う者が結婚するのではなく、結婚する者と愛し合えるよう努力をするのが、責任ある王侯貴族の心得ですわ。サンドラさまはノーラン家で随分と独特な教育を受けてこられましたのね。
「うわっ『親の顔が見たい』ってこと?嫌味だわー。16歳の小娘が、澄ました顔して血統だの政治だの正論ばかり主張してさ……ソフィアさまには心ってものがないのですね」
心は誰にでもありますわ。
ともかく、多くの者が婚約者と良好な関係を築こうと努力してきた時間を無に帰されるのです。支払い能力のないお二人に慰謝料を負担しろとは申しませんが、ノーラン伯爵領での暮らしが落ち着かれた頃に、迷惑をかけた各所に謝罪のお手紙と高級薬草茶セットくらいはお届けしてくださいませね。
「はあ?だーかーらー、田舎に戻るつもりはありませんって!しつこいですねえ、選択肢の1も2も却下ですってば!」
はあ……では、仕方がありませんね。一応、3つ目の選択肢をお伝えしましょう。
「待って、ソフィア。予想するに、3つ目は僕と君の婚姻から3年後にサンドラを側妃に迎えることだろうけど、その前に、僕たちの提案を聞いてほしい。ソフィアを妃に据えなければ僕に王として立つための血統が足りないことは承知しているし、とても虫のいい話だとわかってはいる。でも、僕とサンドラはもう20歳で、とても愛し合っていて……」
前置きは結構。どうせろくでもない提案だろうと予想はつきますが、一応はお伺いしますので簡潔に述べてください。
「まずサンドラを妃に迎えてから、2番目に君を娶りたい」
あらまあ、笑止千万チャンチャラおかしい片腹痛くて臍で紅茶を沸かす噴パンものの荒唐無稽なご提案ですこと。
「ソフィアさま、誤解しないで!わたしが正妃になりたいからのお願いじゃないのです。流行りの逆ザマア物語に登場するお妃教育で躓いた男爵令嬢ヒドインみたいに、ソフィアさまに仕事だけをする側妃になれなんて言いません」
まあ、男爵令嬢が妃に?市井ではそのような物語が流行っていますの?王家を愚弄する由々しき問題ですわね。早急に憲兵を放ち、国体を脅かす思想犯どもを取り締まらねばなりませんわ。
「けっ、憲兵?イエイエ!この国じゃなくて、別世界の流行りですから!」
サンドラさまったら、驚かさないでくださいな。外国のお話なのね?嘆かわしい。公徳心の乱れた国もあったものですわねえ。
「で、ですわねえ。とにかく、わたしは元々が王宮に上がれる伯爵令嬢の身分ですし、3ヵ国の基本外国語も習得していますし、難関の文官試験を突破したぐらいですから、煩雑な書類仕事だって熟せます!お妃できます!明日からでも全部やります!」
明日から?向上心が高くて素晴らしいことですわね。でも、いくら身分が足りていて意欲と能力があっても、無理なものは無理ではないかしら。
「もちろん、明日というのは極端な話ですけどね、でもでも、国家スケジュール通りにソフィアさまが正妃になり、更に側妃を娶れる3年後まで待つとなったら、わたし、30歳になってしまうのですよ!?そっちのほうが無理!」
「だからね、正妃や側妃という概念を捨てて、ソフィアもサンドラもどちらも等しく僕の妻ってことでどうだろう。たとえば、瞳の色で区別して、瑠璃色妃と桃色妃とか……」
「えー、桃色妃はなんかエッチな感じがするからイヤよ」
「じゃあピンク妃?」
「もっとイヤよ」
「じゃあ髪の色で金色妃と……サンドラの髪はやわらかくて複雑な色合いだよね。砂色とも違うし……難しいな」
サンドラさまの御髪は、老朽化が進んで崩れかけた旧幽閉塔の、日当たりの良い壁面の褪せた煉瓦の色に似た……禿壁色?悠久のロマンを感じさせる素敵なお色ですわね。
「明らかにディスっているじゃないの!わたしの髪色はミルクティーブラウン!呼び名は嫁いだ順に第1妃と第2妃でいいでしょ!」
ハイハイ、どうぞお好きなように。禿壁色妃でも牛乳混入白濁紅茶色妃でも、別に第1妃を名のってくださっても構いませんよ。
「いいのかい!?」
「ありがとう、ソフィアさま!あなたって、意外といい子ね!」
ただし、サンドラさまが王家に嫁ぐ令嬢の絶対条件を満たしていれば、のお話ですが。
「「…………えっ?」」
国に忠誠を誓う伯爵位以上の高位家系の正当なる血筋に生まれた品行方正で眉目秀麗な未婚未通の令嬢であること。
先ほど「寝取った」云々の不穏な言葉を聞いた気がいたしますが……はて?わたくしの空耳でしたかしら?
「えーっと……条件は概ね満たしているし、心は乙女よ?」
問題は体なので。そして、お二方は昼餐会場の中心で公然わいせつ行為に及んだ後、医療機関に連行され、検査により、下の病気は患っていないことと、現状は妊娠していないことが確認されたとの報告がございます。その際の診断書にはサンドラさまが既に側妃に上がる資格を喪失していることも記載されていますので、ごまかしは通用しません。
「だって、わたしたちはもう20歳の大人だもの。愛ゆえにそういうことも……ね?」
残念ながら、20歳であるという抗弁で未通ではないという結果は酌量されません。
「お酒って怖いわよねえ。心神耗弱状態だったのよ。情状酌量の余地はあると思うの」
お酒を飲んで、結果としてお酒に飲まれたのは、飲んだ者の自己責任です。責任能力はしっかり背負っておいでです。
「しかし、父上だって我を通したのだから、僕たちもどうにか……なんとか……」
なりませんよ。ケンボーン陛下がやらかしたからこそ、殿下は許されません。二代続けての王室典範違反など、王家の威信は地に墜ちてしまいます。まあ……今でも地上1cmスレスレぐらいかもしれませんが。
「そんなのあんまりよ!結局、30歳まで待てと言うの?」
待てとは言いませんわ。むしろ、今の話の流れで、なぜ待てば側妃になれると思われるのか、理解に苦しみます。
そもそも、殿下が予想なさった3つ目の選択肢が見当違いなのです。
よろしいですか?




