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失ってから得たもの

掲載日:2026/01/11

短編です

 今年の三月、つまり年度末、私は社長として勤め上げた会社を退職した。

退職金はたんまりもらったし、年金も申請した。この会社にもう未練はないわ。

 それからしばらくは、生活の変化に慣れなかった。朝、いつも通り早起きして、コーヒーを飲みながら新聞で経済の動向チェック、メイクをして、着替えて、はたと気づく。もうこんなに朝早くに起きる必要はないんだったわね。まったく、習慣というのは恐ろしい。

 いつもつけなかったTVをつけたけど、新聞と似たようなニュースしか流れないから、すぐ消してしまった。

 さて、今日は何をしようかしら。

 思えば社長として長らく気を張って過ごしてきたから、こんなに穏やかな気持ちでコーヒーを飲むのはいつぶりかしら。いつもよりコーヒーの香りをよく味わってみた。

 ふと、仕事用で使っていたスマートフォンが手元にないことを思い出して、周囲を見回す。自分の私用のスマートフォンで、社用スマホに電話をかけようとして、またはたと気が付く。もう、私退職したんじゃない。

 家の中にいては、そうやってまた仕事をしていた時の習慣がちらついてしまいそうだ。会社に行くつもりでメイクもしていたし、着替えも済ませてしまっていたから、少しだけ着るものをラフなものに変えて、思い切って家を出た。

 まずはずっと気になっていた近所のパン屋に寄ってみた。いつも良い匂いだけを嗅いで、後ろ髪を引いてくるこのパン屋。ようやくその匂いの正体を味わえる。パンの種類が豊富で、甘そうなものや明らかに塩っ辛い物は味の想像がつくけれど、名前を見ただけじゃ何が何やらよくわからない。とりあえずクロワッサンが妙に気になったから、それと、子供の頃、あまり揚げたものは食べてはいけないと言われていて、ずっと食べたことがなかったカレーパンとやらをトレーに乗せた。

 店の奥のイートインスペースで、焼き立てを頬張る。ザクザクとした触感のカレーパンから、脂がジワリとあふれ出す。そのまましっかり噛みこむと、程よい辛さのカレーが口にあふれてきた。

 うん、まぁ・・・・悪くはないわね。

 明日の朝食用に買おうか悩んで、今日は一旦退散することにした。自制心、自制心。

 次は気になっていたブティックで店先に出ていた真っ赤なドレスを衝動買いしてしまった。「そのまま着て帰れますよ」と言う店員の声掛けに、そのまま従った。

 ここまででまだ時間は昼前、このまま帰るのはなんだか癪だわ。

 私は長年気になっていた、有名珈琲店に足を運んだ。名前はよくわからなかったけど、なんちゃらフラペチーノとか言う、季節ものの新商品が飲んでみたかった。

 可愛らしい店員の女の子に、これの一番小さいのと頼んだら、サイズが一つしかないなんて言われて、驚いたわ。

 届いたフラペチーノは、あまりに甘くて、でもなんだかホッとする味だった。でも量が多い。懸命に吸い込んでいると、何やら後ろで声がする。

「ねぇ、あの人」

「わ、ほんとだ!」

 横目で視界に収めると、若い女の子が二人、私を指さしているみたい。何か変かしら。

「あのドレスめっちゃ似合う!綺麗~私もあんな年のとり方したい!」

「わかる~!めっちゃ良い!!」

 何やら褒めてもらってるようね。思わず私は立ち上がっていた。

「お嬢さん方・・・」

「あ、やば・・・すみませんっ」

「ねぇ、私最近の流行りとかにとっても疎いみたいなの、良ければ色々、私に教えてくれないかしら」

「え、是非!じゃぁライン交換しましょう!」

「えぇ、やり方を教えて頂戴」

 あら、もう私、会社や仕事の事、考えてる余裕なくなってたみたいだわ。



——失ってから得たもの——

何か失うと、何かが手に入る事、ありますよね

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