表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

第16話:連鎖(カスケード)

「警告。セクターE、F、Gにて同時多発的な衝突事故発生」 「警告。地下送電網、圧力上昇。第3変電所、応答なし」 「警告。警告。警告――」


 ハイブ・タワーのプロジェクトルームは、断末魔の合唱に包まれていた。無数の赤いウィンドウが視界を埋め尽くし、耳をつんざくアラート音が、思考を物理的に殴りつけてくる。


「うるさい……黙れッ!」


 相葉あいば れんは、痙攣する指でキーボードを叩き続けていた。叫びながらも、その手は止まっていない。復旧させなければならない。俺の城を。俺の完璧な論理を。


「信号網、全赤オールレッドで固定! ドローン制御OS、強制初期化リブート! ……くそっ、なんで反応しない!?」


 蓮は、神の速度でコードを打ち込んだ。交差点の信号を物理的に遮断し、暴走するドローンの電源を遠隔で落とす。通常なら、これで止まるはずだ。


 だが、モニターに映る都市の姿は、蓮の操作を嘲笑うかのように、刻一刻と死に体へと変わっていく。


『Alert: Command Rejected. Too Many Requests.』


「処理落ち……だと?」


 蓮は愕然とした。


 D-4交差点で起きた「たった0.05秒」の遅延。それは本来なら、瞬きする間に収束するはずの些細なノイズだった。


 だが、蓮が構築した『ニューロン・グリッド』には、そのノイズを逃がすための「隙間バッファ」がどこにもなかった。


 効率化とは、余裕を削ぎ落とすことだ。システム同士を極限まで「密結合」させた結果、Aの故障がBへ、Bの負荷がCへと、逃げ場のないエネルギーが津波のように伝播していく。



 これが、「連鎖カスケード」。複雑系システムにおける、最も恐ろしい死に方。


「ぐ、ぁ……ッ!」


 突然、強烈な吐き気が蓮を襲った。物理的な吐き気ではない。脳に逆流してきた情報の「汚染」だ。


 システムと深く同期している蓮の脳に、都市中のエラーログ、悲鳴、破壊の衝撃が、直接フィードバックされているのだ。


「ち、チーフ……助け……」


 背後で、弱々しい声がした。


「リソースが……足りません……。脳が、熱い……」


 部下たちが、頭を抱えて呻いている。彼らは蓮の演算能力を補佐するため、並列接続された「生体演算ユニット」として機能していた。


 今、システムを駆け巡る膨大な負荷バックラッシュが、彼らの脳にも流れ込んでいるのだ。


「……足りないなら、絞り出せ」


 蓮は、冷酷に言い放った。


「システムダウンは許さん。……お前らの『リミッター』を解除する」


 蓮は、管理者権限でコマンドを入力した。


『Neural Limiter: OFF(安全装置解除)』 『Overclock Mode: Engage(強制駆動開始)』


 それは、人間の脳が持つ「気絶して脳を守る機能」を強制的にカットし、限界を超えて酷使する、禁断の命令だった。


 バチィッ!!


 足元で、派手なスパーク音が弾けた。


 部下の一人が装着していたヘッドセットが火を吹き、その衝撃で彼は椅子ごと吹き飛ばされた。


「あ、ガ、アァァァッ!!」


 彼は顔を抑えてのたうち回る。ヘッドセットの焼けた跡が、皮膚に食い込んでいる。


 一人ではない。あちこちの端末が過負荷でショートし、火花を散らしている。


 蓮という巨大なCPUを守るための「ヒューズ」として、彼らの脳は物理的に焼き切られたのだ。肉の焦げる嫌な臭いが充満する。


「……立てよ」


 蓮は、黒焦げになった部下を見下ろした。その瞳には、人間らしい同情など微塵もない。


「立て! 計算しろ! まだ終わってない! 俺のシステムを守れ!」


 蓮は部下の襟首を掴み、無理やりデスクに引きずり上げようとした。だが、部下の体は泥人形のように崩れ落ち、二度と動かなかった。


「役立たずが……ッ!」


 蓮は部下を蹴り飛ばし、再びコンソールに向かった。


 一人でやるしかない。俺は王だ。この世界の創造主だ。創造主が、自分の作った世界に殺されてたまるか。


「迂回ルート作成。エネルギー・バイパス……くそっ、誰だ! 誰が邪魔してる!」


 蓮は、ありもしない敵の幻影に向かって叫んだ。


「ハルシオンか? それとも旧市街のテロリストか!? 誰かが俺をハメたんだ! 俺の計算は完璧だった! 俺は悪くない!」


 責任転嫁。醜い被害妄想。


 だが、加速した脳の片隅で、蓮は冷徹に理解してしまっていた。


 敵などいない。原因は、自分だ。


 自分が「遊び」を、「80点の無駄」を、傲慢にも切り捨てたからだ。


 かいの警告が、脳内でリフレインする。


『完璧な論理は、脆いんだ』


 ドォォォォン……!


 窓の外で、また一つ、ビルが黒煙を上げた。地下ガスの爆発か、ドローンの墜落か。極彩色のARフィルターが剥がれ落ちた灰色の空に、どす黒い煙が混ざっていく。


「待て……行くな……俺を見ろ!」


 蓮は叫びながら、冷却限界を超えた『OS』に、さらなる負荷をかけた。首元の皮膚が焼け焦げ、肉が炭化していく臭いが立ち上る。


 だが、痛みは遠かった。それよりも、目の前で崩れ落ちていく「150点の世界」を繋ぎ止めることに必死だった。


 その時。


 ブツン。


 唐突に、音が消えた。アラート音も、ファンの唸りも、サーバーの駆動音も。全てが同時に途絶えた。


「……あ?」


 蓮の視界が、真っ暗になった。失明したのではない。フロアの照明が落ち、全てのモニターがブラックアウトしたのだ。


 ハイブ・タワーの電源喪失。都市の心臓部が、ついに死んだ。


 ウィィィン……。


 非常用電源が作動し、赤色の回転灯だけが、亡霊のようにフロアを回る。その不気味な赤い光の中で、蓮は窓の外を見た。


「……消えた」


 窓の外に広がっていた、極彩色の「150点の夜景」。宝石箱のような光の粒も、空を飛ぶクジラのホログラムも、満天の星空フェイク・スターも。


 全てが消失していた。


 そこにあるのは、ただの「闇」だった。光害のない、吸い込まれるような漆黒の空。そして、電力供給を断たれ、巨大な墓標のように黒く沈黙したビル群のシルエット。


 魔法が解けたのだ。これが、この世界の「素顔(0点)」だった。


「嘘だ……」


 蓮は、ガタリと椅子から崩れ落ちた。膝をつく。非常灯の赤い光が、床に広がる部下の血溜まりを、どす黒く照らし出す。


「俺は……150点を目指しただけだ……」


 誰よりも速く。誰よりも高く。誰よりも効率的に、正しくあろうとしただけだ。それなのに、なぜ。


 なぜ、目の前にあるのは、80点どころか「0点」の闇なんだ。


「……海」


 蓮は、無意識に親友の名を呼んだ。助けてくれ。正解を教えてくれ。俺は、どこで間違えた?


 だが、答えは返ってこない。あるのは、死に絶えた都市の、重苦しい沈黙だけ。


 ウゥゥゥゥゥ……!


 そして、その沈黙を破るように、遠くから現実のサイレンの音が近づいてくる。

『OS』が鳴らす電子的な警告音ではない。パトカーと消防車の、物理的な不協和音。


 それは、瓦礫の山に築かれた玉座の王を断罪するためにやってくる、終わりの音だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます! 本作は【全35話完結済み】です。


もし「続きが気になる!」「面白そう!」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】 に評価していただけると、執筆の励みになります! (ブックマーク登録もぜひお願いします!)



もっと重厚な異世界ファンタジー戦略戦を楽しみたい方は、2025/12/18に完結するこちらの長編もぜひ!→ 『異世界の司令塔』

https://ncode.syosetu.com/n6833ll/


死に戻る勇者×記憶保持の聖女。セーブポイントとなった聖女の悲恋が読みたい方はこちらもぜひ!→『セーブポイントの聖女は、勇者の「死に癖」を許さない』

https://ncode.syosetu.com/n9592lm/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ