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「ネイサ・フィルメント、アーガム・フォン・エルドリア、学園長室に来られたし」
昼休み、食堂で遅めの昼食を取っていた私の魔導端末に、突然メッセージが届いた。
差出人は学園本部。
学園長からの呼び出し。
「え……?」
思わず声が出た。向かいの席でサンドイッチを頬張っていたリリアが、驚いて顔を上げる。
「どうしたの、ネイサ?」
「学園長から……呼び出しが……」
「え!? 学園長!?」
リリアの声が大きくなり、周囲の生徒たちの視線が集まった。
「ねえねえ、何かしたの? 悪いこと?」
「し、してないわよ! ……多分」
多分、というのは、先日の爆発事故で魔法を使いすぎたことが問題視されたのかもしれない。でも、あれは生徒を守るためだったし……
「アーガム様も呼ばれてるんだね」
「え?」
「ほら、メッセージに『アーガム・フォン・エルドリア』って書いてあるでしょ?」
リリアが私の魔導端末を覗き込む。
確かに、アーガムの名前も記載されている。
二人同時に呼び出し?
これは……何かあるな。
「と、とにかく、行ってくるわ」
「頑張って! 何かあったら教えてね!」
リリアが励ましてくれた。
私は食堂を出て、学園本部棟へと向かった。
学園長室は、本部棟の最上階にあった。
重厚な木製のドアの前で、私は深呼吸をした。
何を言われるのだろう。
正体がバレた?
いや、それはないはず。完璧に偽装しているし、師匠の手配も完璧だ。
それとも、爆発事故の件?
でも、あれは誰も怪我をしなかったし、問題ないはず……
「よお、ネイサ」
背後から声がして、振り返る。
アーガムが、のんびりとした足取りで歩いてきた。
「アーガム……様」
「だから、様はいらねえって。で、お前も呼ばれたのか?」
「はい。でも、何の用件か……」
「俺も知らねえ。まあ、行けば分かるだろ」
彼は躊躇なくドアをノックした。
コンコン、という音が廊下に響く。
「入りなさい」
重々しい声が聞こえた。
アーガムがドアを開ける。
学園長室は、想像以上に広かった。壁一面に本棚があり、古い魔導書がぎっしりと並んでいる。部屋の中央には大きな机があり、その奥に――
白い髭を蓄えた老人が座っていた。
学園長、グレゴリウス・アークライト。
入学式で見た時も感じたが、この人からは強大な魔力が滲み出ている。おそらく、師匠と同等か、それ以上の実力者だ。
「よく来たな、二人とも。座りなさい」
学園長は穏やかな口調で言った。
私たちは机の前の椅子に座った。
「単刀直入に言おう」
学園長は指を組んで、私たちを見つめた。
「二人に、禁書館の番人を任命したい」
禁書館。
その言葉に、私の心臓が跳ねた。
「禁書館……ですか?」
「そうだ。この学園には、一般には公開されていない図書館がある。そこには、危険な魔導書――古代魔法の書、禁 呪の研究書、呪われた魔導具――が保管されている」
学園長の声が、重くなる。
「最近、その禁書館を狙う動きがある」
「狙う……ですと?」
「ああ。何者かが、禁書を盗もうとしている形跡がある。三日前、禁書館の警備魔法が反応した。侵入者はいなかったが、明らかに誰かが侵入を試みた痕跡があった」
アーガムが身を乗り出した。
「それで、俺たちに番人をやれと?」
「そうだ。従来、禁書館は教師陣が交代で見回りをしていた。しかし、最近は教師たちも多忙でな。常時監視することが難しくなっている」
「だったら、もっと適任者がいるんじゃ……」
「いや、君たちが最適だ」
学園長は断言した。
「まず、アーガム王子。君が選ばれた理由は――」
「俺の身分か?」
「それもある。だが、最大の理由は――」
学園長は、少し申し訳なさそうに言った。
「君が不死身だからだ」
「……は?」
アーガムが呆然とした。
「禁書館には、危険な魔導書が多数ある。中には、触れただけで呪いがかかるものや、読むと精神が汚染されるものもある。普通の人間なら、即座に死に至る」
「おい、それって……」
「だが、君なら大丈夫だろう。君の驚異的な生命力と耐性は、学園中で有名だ。毒を盛られても平気、爆発に巻き込まれても無傷、高所から落ちても骨一つ折れない」
「……それ、褒めてんのか?」
「最大限の賛辞だ」
学園長は真顔で言った。
私は笑いを堪えるのに必死だった。
確かに、アーガムは規格外の生存能力を持っている。でも、それを理由に危険な任務を任せるって……
「そして、ネイサ・フィルメント」
学園長の視線が私に向いた。
「君が選ばれた理由は、魔法知識の豊富さだ」
「え……」
「君の入学試験の成績を見た。魔法理論、魔法陣構築、魔法史――全ての分野で満点に近い成績だった。特に、古代魔法に関する問題は完答だったな」
……やってしまった。
手加減するつもりだったのに、つい本気で解いてしまった。
「しかも、先日の爆発事故では、咄嗟に高度な魔法を使って生徒たちを守った。その判断力と実行力は、教師陣も驚嘆していた」
「あ、あれは……」
「謙遜する必要はない。君は優秀だ。その知識があれば、禁書館の魔導書を適切に扱えるだろう」
学園長は満足そうに頷いた。
「つまり、アーガム王子は『不死身の肉体』、ネイサは『魔法の知識』――二人が組めば、完璧な番人になる」
「なんで俺が……」
「なんで私が……」
私とアーガムは、同時に呟いた。
学園長は微笑んだ。
「運命だよ、二人とも……というわけで、これが禁書館の鍵だ」
学園長は、古めかしい銀の鍵を二本、机の上に置いた。
「二人で一つずつ持ちなさい。この鍵がないと、禁書館には入れない」
私は鍵を手に取った。ずっしりと重い。そして、強力な魔力が込められている。
「鍵には認証魔法がかかっている。君たち二人の魔力パターンを登録済みだ。他の者が使おうとしても、機能しない」
「へえ、すげえな」
アーガムも鍵を眺めている。
「では、これから禁書館を案内しよう。ついて来なさい」
学園長が立ち上がった。
禁書館は、学園の敷地の最奥にあった。
一般の図書館から離れた場所に、ひっそりと佇んでいる。
建物自体は小さいが、壁には無数の魔法陣が刻まれている。防御魔法、警報魔法、結界魔法――何重にも保護されているのが分かる。
「すげえ……」
アーガムが感嘆の声を上げた。
「この魔法陣、全部で50層くらいあるぞ」
「よく分かったな、王子」
学園長が驚いたように言った。
「正確には48層だが、君はそれを見抜いたのか」
「ああ、まあ……魔法陣を見るのが好きでさ」
「ほう。脳筋と言われているが、実は魔法理論にも精通しているのだな」
「のうきん……」
アーガムが項垂れた。
私は魔法陣を詳しく観察した。
古代魔法の様式だ。それも、相当古い時代のもの。おそらく300年前、学園創立時に設置されたものだろう。
「この魔法陣……美しいですね」
思わず呟いた。
「ほう、君もそう思うか」
学園長が嬉しそうに言った。
「この禁書館は、学園創立者が自ら設計したものだ。彼は偉大な魔導士であり、芸術家でもあった。この魔法陣は、 彼の最高傑作の一つだ」
「幾何学的な配置が完璧ですね。魔力の流れも、まるで音楽のように調和している……」
「よく分かるな。では、中に入ろう」
学園長が鍵を使って扉を開けた。
重い扉が、ゆっくりと開いていく。
そして――
「わあ……」
私は思わず声を上げた。
禁書館の内部は、外見からは想像できないほど広大だった。
天井は高く、壁一面に本棚が並んでいる。そして、その本棚は何層にも重なっていて、螺旋階段で繋がっている。
「空間拡張魔法……」
「その通り。外からは小さく見えるが、内部は何倍もの広さがある」
学園長が説明する。
「蔵書数は約5万冊。その全てが、何らかの形で危険な書物だ」
5万冊。
その数に、圧倒される。
「ここには、三つのカテゴリーがある」
学園長が指を立てた。
「第一カテゴリー――『古代魔法の書』。失われた魔法、封印された術式が記されている。強力だが、使用には高度な知識と技術が必要だ」
「第二カテゴリー――『禁呪の研究書』。使用が禁じられた魔法の研究資料だ。人体実験の記録、大量殺戮魔法の開発過程など、読むだけでも精神が汚染される可能性がある」
「第三カテゴリー――『呪われた魔導書』。これが最も危険だ。触れただけで呪いがかかるもの、読むと発狂するもの、所有者を操るものなど、様々だ」
私は背筋が寒くなった。
こんな危険なものを、私たちに守らせるのか。
「君たちの任務は、これらの書物を守ることだ。侵入者があれば、撃退しなさい。そして、定期的に館内を巡回し、 異常がないか確認すること」
「具体的には、どうすれば……」
「週に三日、放課後に二時間ほど、ここで見回りをしてもらう。二人一組で行動すること。絶対に一人では行動するな」
「なんで二人じゃないとダメなんですか?」
アーガムが聞いた。
「呪われた魔導書の中には、人の心を操るものがある。一人だと、操られても気付けない。だが、二人なら、お互いを監視できる」
なるほど。
相互監視のシステムか。
「それと、もう一つ」
学園長が真剣な表情で言った。
「この任務は極秘だ。他の生徒には、理由を明かさないこと。ただ『学園長の命令で禁書館の整理を手伝っている』とだけ伝えればいい」
「分かりました」
「よろしい。では、今日は初日だ。一緒に館内を回ってみよう」




