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禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る  作者: 秋津冴
第一章 爆発と出会い

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「みんな、怪我はないか?」

 アーガムが教室を見回りながら聞いた。

「は、はい! 大丈夫です!」

「ありがとうございます、殿下!」

 生徒たちが口々に答える。

 アーガムは、爆発の痕跡を見て、眉をひそめた。

「で、何が起きたんだ?  魔法実験の失敗か?」

「そ、そうです……私が……」

 ゴードンが震える声で答えた。

「魔法陣を使って、新しい攻撃魔法を試そうとしたんですが……暴走して……」

「魔法陣? ……ああ、これか」

 アーガムは床に残った魔法陣の痕跡を見下ろした。

 そして――

「これ、構造が間違ってるじゃねえか」

 え?

 教室中が、再び静まり返った。

「ほら、ここ。第三魔力循環系の接続点が、こっちに繋がってないとダメだろ? 魔力がここで詰まって、当然爆発する」

 彼が指差したのは、まさに私が指摘した箇所だ。

 正確に。

 完璧に。

「それに、安定化術式も入ってねえ。出力調整もない。これじゃ制御できるわけねえよ」

 アーガムは呆れたように頭を掻いた。

「お前ら、基礎からやり直せ。魔力循環の理論、ちゃんと勉強してるか?」

「も、申し訳ございません……」

 ゴードンが項垂れる。

 私は、内心で驚いていた。

 この王子、魔法理論を理解している。しかも、かなり深く。

 見た目は完全に脳筋なのに。

「まあ、でも」

 アーガムは教室を見回した。

「爆発の規模の割には、被害が少ねえな。運が良かったのか?」

 そう言って、彼の視線が――

 私を捉えた。

 翡翠色の瞳が、じっと私を見つめている。

「おい、お前」

 え?

「あ、はい?」

「お前、新入生だろ? 名前は?」

「ネイサ・フィルメントです」

「ネイサか」

 アーガムは一歩、私に近づいた。

 その存在感が、圧倒的だ。身長差が30センチ以上ある。見上げないと、顔が見えない。

「なあ、ネイサ」

 彼は声を落として言った。

「お前、さっき魔法使っただろ?」

 心臓が、跳ねた。

「え……?」

「とぼけるなよ。見てたぞ」

 まずい。

 見られていた?

 いつから?

「爆発の瞬間、お前の周りに風が渦巻いてた。それも、めちゃくちゃ精密な制御で。しかも、飛び散った破片が空中で止まってたのも見た。あれ、時間魔法の応用だろ?」

 彼の観察眼が、鋭すぎる。

 私は言葉に詰まった。

 どう答えるべきか。認めるべきか、否定するべきか――

「すげえな!」

 突然、アーガムの表情が明るくなった。

「え?」

「咄嗟にあんな複雑な魔法を使えるなんて! しかも三つ同時だろ? お前、天才じゃねえか!」

 彼は、怒っているのではなかった。

 むしろ、感心している。

「あ、あの……」

「どうやったんだ? 詠唱も短かったし、魔法陣も展開してなかっただろ? 無詠唱魔法か?」

「え、えっと……」

 周囲の生徒たちが、こちらを見始めた。

 まずい。目立ちすぎている。

「あの、アーガム……殿下。その話は、後で……」

「ああ、悪い。みんなの前じゃ話しにくいか」

 アーガムは理解を示してくれた。

 そして、教室全体に向かって大声で言った。

「とにかく、みんな無事でよかったな! 爆発なんて危ねえことすんなよ! じゃあな!」

 彼は豪快に手を振って、教室を出て行こうとした。

 でも、ドアが壊れているので、壁の穴から出て行った。

 教室に、静寂が戻った。

 そして――

「ね、ネイサ……」

 リリアが震える声で言った。

「アーガム様と……話してた……」

「う、うん……」

「しかも、魔法を褒められてた……」

「そ、そうみたい……」

 周囲の生徒たちの視線が、一斉に私に向けられる。

「ネイサって、あんな魔法使えたんだ……」

「すごい……爆発から、みんなを守ってくれたのかな……」

「でも、どうして黙ってたの?」

 ざわざわと囁き声が広がる。

 ああ、もう。

 完全に目立ってしまった。

 万年2位の私が、目立つなんて。

 師匠に怒られる。


 その日の放課後、私は一人で図書館にいた。

 今日の出来事を整理するために、静かな場所が欲しかった。

 図書館は広く、蔵書も豊富だ。古代魔法の書から、最新の魔法理論まで、何でも揃っている。

 私は魔法陣の構造に関する本を手に取って、読み始めた。

 でも、集中できない。

 頭の中で、今日の出来事が繰り返し再生される。

 アーガムの顔。

 翡翠色の瞳。

 あの観察眼。

 彼は、私の魔法を完全に見抜いていた。

 しかも、魔法理論にも精通している。

 情報と違う。

 師匠からの報告では、第三王子は「筋肉だけで全てを解決する、脳筋タイプ」と聞いていた。でも、実際は違う。

 彼は賢い。

 そして、優しい。

 爆発の後、真っ先に他の生徒の安全を確認していた。本棚の下敷きになりかけた生徒を、躊躇なく助けた。

 あれは、演技じゃない。

 本当に、人を助けたいという純粋な気持ちからの行動だった。

「見つけた」

 突然、声がした。

 私は顔を上げる。

 本棚の影から、アーガムが現れた。

「え……アーガム殿下……?」

「だから、殿下って呼ぶなって。アーガムでいい」

 彼は私の向かいの席に座った。

「探したぞ。お前、どこ行ったかと思った」

「あ、あの……何か御用でしょうか……」

「さっきの続き。お前の魔法のこと、教えてくれよ」

 彼は興味津々といった表情だ。

「あの……別に、大したことじゃ……」

「とぼけんなって。あんな高度な魔法、普通の新入生が使えるわけねえだろ」

 彼は身を乗り出した。

「お前、前の学校で何を学んでたんだ? 相当な実力者に師事してたんじゃねえか?」

「え、えっと……」

 どう答えるべきか。

 嘘をつくのは得意じゃない。でも、本当のことも言えない。

「前の学校の……先生が、優秀な方で……」

「だろうな。じゃないと、あんな魔法使えねえもん」

 アーガムは満足そうに頷いた。

「なあ、今度さ、一緒に魔法の話しようぜ。俺も魔法、好きなんだよ」

「え……そうなんですか?」

「ああ。魔法陣の構造とか、魔力の流れとか、面白いだろ? みんな『王子なのに魔法オタク』って言うけど」

 彼は少し照れくさそうに笑った。

 その笑顔が――

 やけに、眩しく見えた。

「あの……アーガム……様は、魔法が得意なんですか?」

「うーん、得意ってわけじゃねえけど、興味はある。でも、俺は魔力があんまりなくてさ」

「え?」

「だから、魔法より身体能力で戦うことの方が多い。筋肉が俺の武器だな」

 そう言って、彼は自分の腕を叩いた。

 筋肉が盛り上がる。

 ……本当に、規格外だ。

「でも、魔法の理論は好きなんだ。美しいだろ? 完璧に組み上げられた魔法陣とか、魔力の循環とか」

 彼の言葉に、私の心が動いた。

 同じだ。

 私も、魔法の美しさに魅了されている。

「分かります……魔法陣の幾何学的な完璧さとか、魔力の流れが生み出す調和とか……」

「だろ!? お前も分かるか!」

 アーガムの目が輝いた。

「みんな、魔法は力だって言うけど、俺は芸術だと思うんだよ。特に古代魔法の魔法陣なんて、もう芸術作品だろ」

「そうなんです!  古代魔法の魔法陣は、現代の魔法陣よりずっと複雑で、でもそれが逆に美しくて……」

 気付けば、私たちは魔法談義に花を咲かせていた。

 魔法陣の構造、魔力循環理論、属性魔法の分類、禁呪の危険性――

 話は尽きなかった。

「なあ、ネイサ」

 しばらくして、アーガムが言った。

「お前と話してると、楽しいな」

「え……」

「俺、こういう話ができる奴、少ないんだよ。みんな、俺のこと『脳筋王子』って呼ぶし」

 彼は少し寂しそうに笑った。

「でも、お前は違う。ちゃんと魔法の話ができる」

「私も……楽しいです」

 本当だった。

 任務のことを忘れて、純粋に魔法について語り合えるのが、嬉しかった。

「じゃあ、また話そうぜ。あ、そうだ」

 アーガムが思い出したように言った。

「お前、禁書館に興味あるか?」

「禁書館……ですか?」

「ああ。古代魔法の書とか、禁呪の研究書とか、ヤバい本がたくさんあるんだ。一般学生は入れないけど、俺なら入れる」

 禁書館。

 師匠から注意されていた場所だ。

 第三王子を狙う者たちが、そこに収められた禁呪を狙っているという。

「……行きたいです」

「マジで?  よし、じゃあ今度案内するわ!」

 アーガムは嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て、私は決意を新たにした。

 この人を、守らなければ。

 命を狙われている彼を。

 でも――

 彼と一緒にいると、心が温かくなる。

 これは、任務だから?

 それとも――

 いや、何でもない。

 私は任務に集中しなければ。

「じゃあ、また明日な、ネイサ」

「はい……また明日」

 アーガムは図書館を去っていった。

 私は一人、椅子に座ったまま、天井を見上げた。

「出てきなさい、ランス」

 本棚の影から、黒猫が姿を現した。

「見てたのか?」

「ええ。ずっと」

「で? 何か言いたいことでもあるの?」

「……お前、あの王子のこと、どう思ってる?」

「護衛対象よ。それ以上でも、それ以下でもない」

「本当に?」

 ランスの黄色い瞳が、私を見つめる。

「本当よ」

 そう言いながら、胸の奥に小さな違和感を感じた。

 でも、それが何なのか、まだ分からなかった。


 その夜、私は師匠に報告していた。

「本日、第三王子アーガム殿下との接触に成功しました」

「ほう。どのような経緯で?」

「魔法実験の事故があり、私が魔法で被害を抑えました。その際、殿下に魔法を見られてしまいました」

 魔法通信の向こうで、師匠が眉をひそめた。

「……大丈夫なのか?」

「はい。殿下は私の魔法に興味を持たれただけで、正体には気付いていないようです」

「そうか。では、引き続き警戒を」

「はい。それと、師匠」

「何だ?」

「アーガム殿下は、情報と違います」

「どういうことだ?」

「脳筋ではありません。魔法理論に精通していますし、観察眼も鋭い。そして……優しい方です」

 師匠は少し黙った後、言った。

「ネイサ、一つ忠告しておく」

「はい」

「護衛対象に感情移入するな。それは任務の妨げになる」

「……承知しています」

「本当にか?」

「はい」

 通信が切れた。

 私はベッドに横たわった。

 窓の外には、満月が浮かんでいる。

 アーガムの笑顔が、脳裏に浮かぶ。

 護衛対象。

 それだけだ。

 そう、自分に言い聞かせた。

 でも、心の奥底で、小さな感情が芽生えていることに――

 この時の私は、まだ気付いていなかった。


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