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禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る  作者: 秋津冴
第一章 爆発と出会い

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6

「あの、すみません。私、その実験には反対だと何度も言ったんですけど――」

 入学から一週間が経った。今日は魔法実習の授業で、私たちA組は実習室に集まっていた。

 そして今、目の前で起ころうとしている惨事を、どうにか止めようと必死になっている。

「うるせえ、ネイサ!  お前、新入生のくせに生意気なんだよ!」

 ゴードン・ブレイク――クラスメイトで、自称天才魔導士――が、私の忠告を完全に無視している。彼の前には、    

明らかに欠陥のある魔法陣が描かれている。

 第三魔力循環系の接続点が二箇所ずれている。安定化術式が完全に欠落している。出力調整機構も不完全だ。これでは確実に暴走する。

「ゴードン、本当に危険だから。その魔法陣、構造が――」

「黙れ!  俺は三年生の先輩から教わった魔法陣なんだよ! お前みたいな新入生に何が分かる!」

 ゴードンの取り巻きたちも、私を睨んでいる。

「そうだそうだ! ネイサ、お前調子乗りすぎ!」

「この前の授業でも先生に褒められてたし、いい気になってんじゃないの?」

 ああ、もう。やっぱり手加減が足りなかったか。目立たないようにしていたつもりだったのに。

 教室の隅で、リリアが心配そうに私を見ている。

「ねえ、ネイサ。大丈夫?」

「うん……大丈夫」

 でも、本当は大丈夫じゃない。

 担当教官のフェリクス先生は、今日は体調不良で休んでいる。代わりに来た若い助手は、魔法陣の欠陥に気付いていない。というより、気付けるほどの実力がないのだ。

「では、ゴードン君。準備ができたら、魔法を発動させてください」

「はい!  見ててくださいよ、先生! 俺の新しい攻撃魔法!」

 ゴードンが得意げに魔法陣の前に立った。

 私は周囲を素早く確認した。実習室には30名の生徒がいる。爆発が起きたら、被害は甚大だ。

 どうする?

 本気で魔法を使えば、爆発を完全に防げる。でも、それでは正体がバレる。21歳の宮廷魔導士の実力が、16歳の新入生に隠せるはずがない。

 でも、怪我人が出たら……

 一瞬の逡巡。

 その間に、ゴードンが魔力を注ぎ込み始めた。

「《火炎よ、我が意志に従い、敵を焼き尽くせ――》」

 魔法陣が赤く輝く。

 まずい。

 魔力の流れが既に乱れている。第三循環系が想定以上の負荷を受けている。このままでは――

 魔法陣の中心部が、激しく明滅し始めた。

「あ、あれ?  おかしいぞ?」

 ゴードンの声に、焦りが滲む。

「先生!  魔法が制御できません!」

「え?  ちょ、ちょっと待って!  今、魔力供給を止めて!」

 助手が慌てて指示を出すが、もう遅い。

 暴走した魔力は、一度動き出したら止められない。

 ドンッ!

 魔法陣の中心から、真紅の光の柱が噴き上がった。

「うわああああ!」

 悲鳴が響く。

 爆発の衝撃波が、四方八方に広がっていく。

 机が吹き飛ぶ。椅子が宙を舞う。ガラスが割れる音。

 そして、炎が――

 もう迷っている場合じゃない。

 私は咄嗟に詠唱した。

「《静謐なる風よ、猛き力を包み込め――エアリアル・カーテン》」

 小声で、できるだけ目立たないように。

 透明な風の壁が、教室全体を覆う。爆発の衝撃波は風の壁に吸収され、威力が大幅に削減される。

 同時に、二つ目の魔法を発動。

「《停滞の時よ――テンポラル・ホールド》」

 飛び散った破片――ガラスの欠片、木片、金属片――が空中で静止する。時間魔法の応用だ。本来なら、人に突き刺さって大怪我をさせていたはずの破片たちを、ゆっくりと地面に降ろしていく。

 そして三つ目。

「《炎よ、鎮まれ――フレイム・クエンチ》」

 爆発で発生した火を、魔力で強制的に消火する。

 全ての魔法を、3秒以内に。

 同時に三つの魔法を制御するのは、相当な技術が必要だ。でも、私には簡単だった。5年間、こういう訓練ばかりしてきたのだから。

 煙が晴れていく。

 教室は滅茶苦茶だ。机や椅子が倒れ、床には魔法陣の焦げ跡が残っている。でも――

「み、みんな……無事?」

 リリアの震える声。

 生徒たちは、全員無事だった。転んで尻餅をついている者、呆然としている者はいるが、怪我人はいない。

「な、何が……」

「爆発したのに……なんで平気なの……?」

 ざわめきが広がる。

 私は内心、ほっとした。成功だ。誰も気付いていない。私が魔法を使ったことに――

「おおおおおおりゃああああああ!」

 突如、実習室のドアが――いや、ドアごと壁が――吹き飛んだ。

 え?

 何が起きた?

 土煙の中から、一つの影が現れた。

 高身長。筋骨隆々。赤い髪が燃えるように輝いている。

 そして、その人物は――

「おいおい、大丈夫か!?  爆発音が聞こえたぞ!」

 制服を着ているが、その筋肉で今にも服が破れそうだ。翡翠色の瞳が、鋭く教室を見渡す。

 彼は転がっている生徒たちを見て、すぐさま行動に移った。

「お前、立てるか?」

 倒れているゴードンの手を掴んで、軽々と引き上げる。ゴードンは「うぐっ」と呻いた。

「つーか、何があったんだ? 廊下まで爆発音が聞こえたんだけど」

 彼は周囲を見回した。そして――

「危ねえ!」

 後方で、大きな本棚が倒れかけていた。その下には、動けずにいる生徒が二人。

 彼は躊躇なく駆け出した。

 そして――

 素手で本棚を受け止めた。

 は?

 私の思考が停止する。

 その本棚は、魔導書がぎっしり詰まった、重量級のものだ。軽く見積もっても300キロはある。それを、この男は――

「おい、大丈夫か! 怪我してないか!」

 本棚を片手で支えたまま、下にいた生徒たちに声をかける。

 片手で。

 300キロはあるだろう本棚を。

 本棚の下にいた生徒たちは、呆然としながらも這い出してきた。

「よし!  無事だな!」

 彼は本棚を――まるで羽根のように軽々と――壁際に立てかけた。

 教室中が、静まり返った。

「え……」

「今の……」

「本棚を……素手で……」

 ざわめきが起こる。

 そして、ようやく何人かの生徒が気付いた。

「あ、アーガム殿下!?」

「第三王子様!?」

 赤い髪。翡翠色の瞳。圧倒的な存在感。

 そして、規格外の身体能力。

 私も、ようやく理解した。

 これが――

 第三王子、アーガム・フォン・エルドリア。

 私の護衛対象だ。


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