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王立魔法学園は、想像以上に広大だった。
中央には大講堂があり、その周囲に教室棟、研究棟、図書館、そして寮が配置されている。敷地内には魔法訓練場、魔導具工房、さらには小さな森まであった。
「ここが大講堂! 入学式はここでやるよ!」
リリアが指差した建物は、白い大理石で作られた荘厳な建築物だった。尖塔が空に向かって伸び、壁面には精緻な魔法陣の装飾が施されている。
「綺麗……」
思わず呟いてしまった。この魔法陣、古代魔法の様式だ。おそらく建物自体を守護する防御魔法が組み込まれている。
「でしょ! この学園、300年の歴史があるんだよ! 由緒正しいの!」
「へえ……」
「あ、あそこが図書館! 魔導書がたくさんあるよ! ネイサは本好きそうだから、気に入ると思う!」
図書館。私の目が輝く。魔導書があるなら、絶対に行かなくては。
「でも、普通の図書館とは別に、『禁書館』ってのもあるんだよ」
「禁書館……?」
「うん。危険な魔導書や禁呪の書が保管されてる場所。一般学生は入れないんだ。王族か、特別な許可を持った人だけ」
禁書館。師匠から聞いていた場所だ。第三王子を狙う者たちが、そこに収められた禁呪を狙っているという情報があった。
「へえ、そんな場所が……」
「でも、アーガム様なら入れるんだよね。王族だから。いいなあ、私も入ってみたい!」
リリアは夢見るような表情で言った。
「あ、そうだ! 魔導端末、買いに行こう! 学園の売店で売ってるの!」
私はリリアに連れられて、売店へと向かった。
魔導端末は、思ったより高価だった。
「えっと……金貨3枚……」
私の財布には、師匠から渡された活動資金がある。でも、魔導端末に金貨3枚も使っていいのだろうか。
「大丈夫大丈夫! 絶対必要だから! これがないと、学園生活、超不便だよ!」
リリアに押されて、私は購入を決意した。
「あの、これを……」
「ありがとうございます! では、初期設定をお手伝いしますね」
売店の店員が、魔導端末に魔法をかけていく。私の魔力と同調させ、個人認証を設定する。
「はい、完了です。魔導SNSのアプリも入っていますので、すぐに使えますよ」
「ありがとうございます……」
私は魔導端末を受け取った。手のひらサイズの水晶玉。これが現代魔法技術の結晶か。
「じゃあ、早速アカウント作ろう! ユーザー名は何にする?」
「ユーザー名……?」
「うん! 魔導SNS上での名前だよ! 本名でもいいし、偽名でもいいし!」
「じゃあ……『NF』で」
「NF? シンプルだね! じゃあ、プロフィール画像は?」
「プロフィール画像……?」
「自分の顔写真とか、好きなイラストとか!」
「顔写真は……ちょっと……」
「じゃあ、何か好きなものは? 動物とか、花とか」
「本……魔導書が好きです」
「じゃあ、本のアイコンにしよう!」
リリアは手際よく設定を進めていく。あっという間に、私の魔導SNSアカウントが完成した。
「はい、完了! これでネイサも魔導SNS民だよ!」
「あ、ありがとう、リリア……」
「じゃあ、私をフォローして! えっとね、私のユーザー名は『LilyRose_Love』!」
フォロー? また新しい言葉だ。でも、リリアの指示通りに操作すると、何とかなった。
「やった! フォローありがとう! じゃあ、私もフォロバするね!」
ピコン、と音がして、魔導端末が光った。
「これで友達だね、ネイサ!」
リリアは満面の笑みで言った。
友達。
任務で来ているのに、こんなに普通の友情を感じていいのだろうか。
でも、リリアの笑顔を見ていると、心が温かくなる。
「うん……友達だね、リリア」
入学式は、予想以上に荘厳だった。
大講堂には、新入生約200名が集まっていた。みんな学園の制服を着ている――紺色のブレザーに、白いシャツ、チェックのスカート。男子はズボンだ。
私もその制服を着ている。少しサイズが大きい気がするが、これで16歳に見えるだろうか。
「わあ、すごい人……」
「ね! 毎年このくらい入学するんだよ! この中から将来の宮廷魔導士が生まれるんだって!」
リリアが興奮気味に囁く。
宮廷魔導士。それは私が既に所属している組織だ。でも、それは秘密。
壇上には、学園長をはじめとする教師陣が並んでいる。そして――
赤い髪が目に入った。
第三王子、アーガム・フォン・エルドリア。
彼は来賓席に座っていた。その隣には、よく似た顔立ちの男性が座っている。おそらく、第二王子オルビスだろう。師匠からの情報では、彼が黒幕の可能性があるという。
アーガムは、退屈そうに欠伸をしていた。
一方、オルビスは優雅な笑みを浮かべて、新入生たちを見渡している。
二人は兄弟なのに、雰囲気が全く違う。
「見て見て! アーガム様! 本物!」
リリアが小声で叫んだ。周囲の女子生徒たちも、同じように興奮している。
「すごい……筋肉……」
「あの赤い髪、素敵……」
「でも、ちょっと怖そう……」
ざわざわと囁き声が広がる。
「静粛に」
学園長の声が響き、一瞬で講堂が静まり返った。
「これより、王立魔法学園の入学式を執り行う。新入生諸君、ようこそ」
学園長――白い髭を蓄えた老人――が、厳かに語り始めた。
「この学園は、300年の歴史を持つ、王国最高峰の魔法教育機関である。諸君らは、厳しい入学試験を突破し、ここに集った。それを誇りに思いなさい」
彼の言葉には、重みがあった。魔力が言葉に乗っていて、聞く者の心に直接響いてくる。
「しかし、入学はゴールではない。スタートだ。これから諸君らは、魔法の深淵を学び、自らの力を磨いていく。その過程は決して楽ではない」
学園長の視線が、新入生たちを見渡す。
「魔法とは、力である。そして、力とは責任である。諸君らは、その責任を理解し、正しく魔法を使う者となりなさい」
その言葉に、私は深く頷いた。
魔法は力。そして、私はその力を使って、第三王子を守らなければならない。
「それでは、来賓の方々からご挨拶をいただく。まず、第二王子オルビス殿下」
オルビスが立ち上がった。
彼はアーガムと似ているが、より洗練された雰囲気だ。髪は短く整えられ、服装も完璧。笑顔は完璧すぎて、どこか作り物のようだ。
「新入生の皆さん、ようこそ。私は第二王子、オルビス・フォン・エルドリアです」
彼の声は、よく通る。そして、どこか甘い。
「私もこの学園の卒業生です。そして現在、生徒会長を務めています。皆さんの学園生活が、実り多きものとなるよう、全力でサポートいたします」
拍手が起きる。
「この学園には、素晴らしい歴史と伝統があります。そして、禁書館という、王国の至宝が保管された場所もあります。皆さんには、その伝統を守り、発展させていってほしい」
禁書館。
その言葉に、私の注意が向く。
オルビスは、なぜわざわざ禁書館に言及したのだろう。
「それでは、充実した学園生活を。以上です」
オルビスは優雅に一礼して、席に戻った。
「次に、第三王子アーガム殿下」
アーガムが立ち上がった。
その瞬間、講堂中の空気が変わった。
彼の存在感が、圧倒的すぎる。
「ああ、えっと……」
アーガムは頭を掻いた。
「俺、アーガムです。兄貴みたいに上手く喋れないけど……まあ、頑張ってください。以上」
え?
それだけ?
講堂中が静まり返った。
そして――
「ぶっ」
誰かが吹き出した。
それが引き金となって、あちこちでクスクスと笑い声が起きた。
「アーガム様、面白い……」
「あんな適当なスピーチ、初めて聞いた……」
リリアも笑いを堪えている。
オルビスは、苦笑いを浮かべていた。でも、その目は笑っていない。
アーガムは気にせず、さっさと席に戻った。
学園長は咳払いをして、式を続けた。
入学式の後、新入生は各クラスに分かれた。
私はA組に配属された。リリアも同じクラスで、ほっとした。
「よろしくね、ネイサ!」
「うん、よろしく」
教室に入ると、30名ほどの生徒がいた。みんな緊張した面持ちだ。
担任教師が入ってきた。
「私はエルザ・クラウゼン。このA組の担任だ。よろしく」
エルザ先生は、30代くらいの女性だった。眼鏡をかけ、きっちりとまとめた黒髪。厳格な雰囲気だ。
「これから、皆の魔法適性を確認する。一人ずつ、前に出て魔法を使ってみなさい」
緊張が走る。
一人目の生徒が前に出た。彼は火の魔法を使った。小さな火球が浮かび上がる。
「良い。次」
次々と生徒が魔法を披露していく。
そして――
「ネイサ・フィルメント」
私の番が来た。
深呼吸をして、教壇の前に立つ。
手加減しなければ。目立ってはいけない。
「では、何か魔法を」
「はい」
私は簡単な風の魔法を選んだ。
「《軽風よ、集いて舞え――ウィンド・ダンス》」
小さな風の渦が、私の手のひらの上で回転する。
エルザ先生が目を細めた。
「……制御が完璧だな。魔法陣の構築も美しい」
「あ、ありがとうございます」
「前の学校では、どのような魔法を学んでいた?」
「基礎的な四大元素魔法と、魔法理論を……」
「ふむ。では、もう少し高度な魔法を試してみなさい。攻撃魔法を」
攻撃魔法?
困った。手加減した攻撃魔法って、どの程度だろう。
「《火よ、小さき矢となれ――ファイア・ダート》」
小さな火の矢を三本生成した。これくらいなら、普通の新入生でも使えるだろう。
「……ほう」
エルザ先生は何かに気付いたようだった。
「火の矢を三本同時に制御している。しかも、それぞれの軌道が完全に独立している。これは……中級者以上の技術だな」
まずい。やりすぎた?
「あ、前の学校で、少しだけ……」
「優秀だ。期待している」
エルザ先生はそう言って、次の生徒を呼んだ。
私は席に戻った。
リリアが小声で言った。
「ねえ、ネイサすごいね! あんな魔法、初めて見た!」
「そ、そう? 普通だと思うけど……」
「謙遜しないでよ! 絶対、クラスでトップになれるよ!」
トップ。
それは困る。私は目立ってはいけないのだ。
万年2位。それが私の立ち位置。それを忘れてはいけない。




