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禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る  作者: 秋津冴
第二話 禁書館ライフ

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オルビスの暗躍(オルビス視点)

「待て。その本を開く前に、まず自分の墓穴を掘る準備でもしておいた方がいいんじゃないか?」

私――オルビス・フォン・エルドリアは、王宮地下の秘密研究室で、また一人、無能な部下の命を救うはめになった。今月に入ってこれで三回目だ。そろそろ「オルビス様の部下救済回数」という不名誉な記録でも作った方がいいかもしれない。

「え、えっ? オルビス様、これは確か『古代魔法概論』という――」

「その『概論』とやらに、暴走誘発の呪いがかかっているんだ。開けた瞬間、お前の魔力が制御を失って、この部屋が――」私は優雅に手を広げた。「綺麗な花火になる。お前も、私も、この貴重な資料も全部な」

側近のヴィクターは青ざめて手を引っ込めた。額に冷や汗が浮かんでいる。

やれやれ。これだから無能な部下は困る。いや、有能な部下はもっと困るんだが。裏切る可能性があるから。結局、程々に無能で、程々に忠実な者が一番使いやすい。それにしても、この「程々」のラインを見極めるのが難しい。

「申し訳ございません! すぐに魔力抑制の魔法陣を――」

「三重だ。お前の魔力制御能力を考えると、二重では不安すぎる」

「はい!」

ヴィクターは慌てて床に魔法陣を描き始めた。その手際の悪さを見ながら、私は窓辺に向かった。

地下室だというのに、この部屋には細い縦穴を通して月光が差し込んでいる。換気用の穴だが、私はもっぱら月を見るために使っている。

今夜も月は美しい。冷たく、高く、孤独に輝いている。

――なんだか他人事とは思えないな。

私も月のように孤独だ。いや、月の方がまだマシかもしれない。少なくとも月は、誰からも愛されている。私は――

「オルビス様、準備が整いました!」

ヴィクターの声で現実に引き戻された。感傷に浸るのはここまでだ。仕事に戻ろう。


それから一時間後、ようやく魔導書の解読が終わった。内容は期待外れだったが、まあいい。失敗も研究のうちだ。

私は側近たちを密談室に集めた。この部屋は研究室よりもさらに奥にある。防音魔法と探知妨害の魔法陣が幾重にも張り巡らされた、完全な秘密の空間だ。

円卓を囲んで座る五人の側近。全員、私が選び抜いた――というと聞こえがいいが、正確には「弱みを握った」者たちだ。信頼ではなく、恐怖で繋がった関係。美しくはないが、確実だ。

「では、報告を始めてもらおうか」

私は椅子に深く座り、指を組んだ。この姿勢が一番威圧的に見えることを、私は鏡の前で練習して知っている。完璧な王子は、姿勢一つにも気を遣うのだ。疲れる。

「まず、ラザール」

「はい」ラザールが頭を下げた。「禁書館への再侵入計画ですが、前回の失敗を踏まえ――」

「失敗の原因から先に聞こうか。長い前置きは好きじゃない」

「……守護者です」

「名前は?」

「ネイサ・フィルメント」

ネイサ・フィルメント――どこかで聞いたような名前だ。いや、気のせいだろう。平民の名前など覚えているはずがない。

「で、その守護者がどうした?」

「予想以上の実力でした。特に――時間魔法を使いこなすとは」

「時間魔法?」

私は眉を上げた。時間魔法は高等魔法の中でも最難関だ。熟練した魔導士でも習得できる者は少ない。それを16歳の学生が?

「本当か?」

「はい。この目で見ました」

ラザールは嘘をつけない男だ。嘘をつけば、彼の心臓に刻んだ呪印が発動して――まあ、詳細は割愛しよう。要するに、彼の証言は信用できる。

「……面白い」

私は笑った。興味が湧いてきた。16歳で時間魔法を使える少女。平民出身で、禁書館の守護者。

「その少女について、徹底的に調べろ。出自、家族、過去の記録――全てだ」

「かしこまりました」

ラザールが頭を下げた。


次に、ヴィクターが報告した。

「アーガム様への襲撃ですが、これまでに五回実行いたしました」

「全部失敗したんだろう? 成功してたら今ごろ私は王位継承の準備をしてる」

「……はい」

ヴィクターは申し訳なさそうに俯いた。

「毒入り料理、爆弾、魔獣の襲撃――全て、ネイサ・フィルメントに阻止されました」

またその名前か。

私は少しイライラしてきた。せっかく完璧な計画を立てたのに、全部この少女一人に潰されているなんて。

「つまり、あの少女がいる限り、アーガムには手を出せないということか」

「そういうことに……なります」

「ならば」私は立ち上がった。「先に少女を片付けよう」

「殺すのですか?」

「殺す? そんな野蛮な」

私は窓辺に向かった。月が、今夜も私を見下ろしている。

「学園で生徒が殺されたら大騒ぎになる。それに、殺人は趣味じゃない。もっとスマートな方法がある」

「と、言いますと?」

「彼女の家族を『保護』するんだ」

私は振り返った。側近たちが、私の意図を理解したようだった。

「保護……つまり、人質に?」

「そんな物騒な言い方はよそう。あくまで『王宮で保護する』んだ。辺境の村は危険だからね。彼らの安全のためだ」

私は微笑んだ。完璧な、慈悲深い王子の微笑みを。

「そして、娘に伝えるんだ。『ご両親は無事に王宮で保護しています。でも、あなたが余計なことをすれば――』」

「なるほど……」

「彼女は選択を迫られる。親を取るか、アーガムを取るか。どちらを選んでも、私たちの勝ちだ」

完璧な計画だ。我ながら素晴らしい。

「さすがオルビス様……」

側近たちが感心したように頷いている。

――褒められても嬉しくないんだがな。

こんな陰謀を褒められて喜ぶほど、私は落ちぶれていない。でも、やらねばならない。王位のために。父に認められるために。


側近たちを下がらせた後、私は一人になった。

密談室の静寂。魔法灯の青白い光だけが部屋を照らしている。

私は椅子に座り込んだ。背もたれに頭を預ける。誰も見ていないから、完璧な姿勢を保つ必要はない。

アーガムの顔が浮かんだ。

五歳の弟。「兄貴、遊ぼう!」と言って私に抱きついてきた。私は嬉しかった。弟ができた。守るべき存在ができた。

八歳の弟。魔力測定で最低ランクを出して泣いていた。「僕、役立たずなの?」私は答えた。「そんなことない。魔力なんて、人の価値を決めるものじゃない」

あれは本心だった。当時は。

でも――

父が、アーガムばかり可愛がるようになって。

「アーガムは魔力が少ない。だからこそ、特別なんだ」

父の言葉を思い出す。

特別? 魔力が少ないことが、特別?

ならば、魔力がある私は――普通なのか?

私の努力は? 私の完璧さは? 全部、評価されないのか?

――その時、何かが壊れた。

私の中で、何かが。


十三歳の弟。「兄貴、最近冷たいね」と言った。

私は答えた。「気のせいだ」

嘘だった。私は意図的に冷たくしていた。アーガムから距離を取っていた。

なぜなら――愛してしまうから。

愛すれば、傷つく。父がアーガムを選ぶたびに、心が痛む。

だから、愛さないようにした。

いや、愛を――憎しみに変えた。

そして今、十六歳のアーガム。

強くなった。友達ができた。幸せそうだ。

私がいなくても。

――それが、許せない。

私は立ち上がった。感傷に浸るのはここまでだ。

机に向かい、羊皮紙を広げる。インクに羽ペンを浸す。

最終計画を書き始めた。

禁呪の書を奪取する。アーガムを排除する。王位を得る。

全て、完璧に。

羽ペンが紙の上を滑る音だけが、静かな部屋に響いていた。


翌日、私は学園を訪れた。

生徒会長としての視察という名目だ。本当の目的は――ネイサ・フィルメントを、この目で確認すること。

廊下を歩く。生徒たちが礼儀正しく頭を下げる。

「オルビス様!」

「ごきげんよう、オルビス様!」

私は完璧な微笑みで応える。慈悲深く、優雅に。

――疲れる。本当に疲れる。

でも、これが私の仮面だ。この仮面を被り続けることが、私の生き方だ。

禁書館の前を通りかかった時、中から声が聞こえた。

「アーガム様、それは危ないです! そんな持ち方をしたら落としますよ!」

凛とした女性の声。教師かと思ったが――いや、もっと若い。

「大丈夫だって、ネイサ。これくらい――わっ!」

ドサッという音。

「だから言ったでしょう!」

「悪い悪い……」

アーガムの声。そして、ネイサ――守護者か。

私は足を止めて、窓から中を覗いた。

そこには――

黒髪の少女がいた。紫の瞳、整った顔立ち。本を抱えて、呆れたようにアーガムを見ている。

アーガムは床に散らばった本を拾い集めている。二人とも笑っている。

自然に。楽しそうに。

まるで――

――まるで、昔の私とアーガムみたいだ。

胸が、痛んだ。

懐かしさか。嫉妬か。それとも――

でも、それ以上に気になったのは、少女の魔力だった。

窓越しでも分かる。彼女の魔力は、尋常ではない。16歳の学生にしては強すぎる。まるで――私と同等か、それ以上。

――何者だ、この少女。

「オルビス様?」

側近の声で、我に返った。

「いや、何でもない。行こう」

私は禁書館から離れた。

でも、心に深く刻んだ。

ネイサ・フィルメント。

お前は――邪魔だ。

アーガムを守っている。アーガムを幸せにしている。

それが、許せない。


その夜、私は再び地下室にいた。

一人で月を見ていた。満月が、窓から覗いている。

「美しいな」

声に出して言った。月は答えない。いつも通り、冷たく輝いているだけだ。

孤独だな、と思う。月も私も。

でも、月は誰からも愛される。私は――誰からも愛されない。

父は、アーガムを愛した。

民は、完璧な王子を賞賛するが、私という人間を愛してはいない。

側近たちは、恐れているだけだ。

――誰も、私を愛してくれない。

だから、せめて――認めてほしい。

王になって。権力を得て。父に、認めてもらいたい。

「これでいいのか?」

自分に問うた。

答えは出ない。

でも、もう遅い。私は選んでしまった。この道を。

羊皮紙に、最後の一行を書き加えた。

『次の新月に、全てを実行する』

インクが乾く音がした。

私の運命も、これで固まった。

アーガム――ごめんな。

でも、これが私の選んだ道だ。

歪んだ、醜い道だ。

でも――私の道だ。

月が雲に隠れた。部屋が暗くなった。

闇の中で、私は一人――

小さく笑った。

自嘲気味に。

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