嫉妬
嫉妬
「ちょっと待ってください! そこは危険です! 今すぐ離れてください!」
朝のホームルームが始まる直前、私は教室の入り口で全力で転校生を止めようとしていた。彼女――エリカ・ローゼンバーグという名前らしい――は、教室に入るなり、いきなり窓際の席にあった魔法実験用の触媒に手を伸ばしていた。その触媒は、昨日の魔法実習で使った不安定な魔力結晶で、本来なら専用の保管庫に収めるべきものだった。
「えー? でも、これ綺麗じゃない? キラキラしてて可愛い♪」
エリカは無邪気な笑顔でそう言った。彼女は背が高く、プラチナブロンドの長い髪を持っていた。サファイアのような青い瞳が大きく、整った顔立ち。まるで人形のような美しさだ。制服も完璧に着こなしていて、リボンの結び方一つとっても優雅だった。
「綺麗だけど触ったら爆発します!」
「え、爆発!?」
エリカは慌てて手を引っ込めた。その拍子にバランスを崩し――
「きゃっ!」
彼女は前のめりに倒れそうになった。私は反射的に魔法を展開しようとしたが――
「おっと」
アーガムが素早く彼女を支えた。彼の大きな手が、エリカの肩をしっかりと掴んでいる。
「大丈夫か?」
「あ……ありがとう……」
エリカは顔を赤らめて、アーガムを見上げた。そして――その瞬間、彼女の瞳がキラキラと輝いた。まるで、星を見つけた子供のような表情だった。
「あなた……誰?」
「ん? 俺はアーガム。アーガム・フォン・エルドリア」
「アーガム様……」
エリカは頬を染めたまま、アーガムをじっと見つめていた。その視線は――明らかに好意を含んでいた。私は、その光景を見て、胸に妙な感覚を覚えた。ざわざわとした、不快な感覚。
「お前、転校生か?」
「はい! エリカ・ローゼンバーグです! 今日からこのクラスでお世話になります!」
エリカは元気よく答えた。でも、その目はずっとアーガムを見つめている。私は――その視線が、なぜか気に入らなかった。
ホームルームが始まり、エリカは正式に自己紹介をした。
「皆さん、初めまして! エリカ・ローゼンバーグです! 趣味は魔法の研究と、お菓子作りです! 好きな食べ物はストロベリータルトで、嫌いなものは特にありません! これから仲良くしてください!」
彼女の明るい自己紹介に、教室は拍手で包まれた。クラスメイトたちは、彼女の美貌と明るい性格に好印象を持ったようだった。特に男子生徒たちは、目を輝かせていた。
「エリカさん、席はここね」
エルザ先生が指した席は――アーガムの隣だった。私の斜め後ろ、アーガムの隣。つまり、私たちの近くだ。
「わあ! ありがとうございます!」
エリカは嬉しそうにその席に座った。そして、すぐにアーガムに話しかけた。
「ねえねえ、アーガム様! よろしくお願いします!」
「おう、よろしく」
アーガムは気さくに答えた。エリカは嬉しそうに笑った。その笑顔が――なぜか、私は気に食わなかった。
――何、この感じ……?
私は自分の胸に手を当てた。心臓が、妙にざわついている。不快で、落ち着かない感覚。初めて感じる、この感情は何だろう。
授業が始まっても、エリカはしきりにアーガムに話しかけていた。
「ねえ、アーガム様。この問題、分かります?」
「ん? ああ、これは……」
「わあ、すごい! 頭いいんですね!」
「いや、そんなことねえよ」
二人の会話が、私の耳に入ってくる。私は教科書を見ているはずなのに、全く内容が頭に入ってこなかった。アーガムとエリカの会話ばかりが、気になって仕方がない。
「アーガム様って、魔法得意なんですか?」
「いや、全然。むしろ苦手」
「そうなんですか? でも、さっきの問題解けてましたよね?」
「まあ、基礎的なのは分かるけど……」
私は、ペンを握る手に力が入っていた。爪が手のひらに食い込んで、痛い。でも、その痛みで少しだけ冷静になれた。
――何やってるんだろう、私は。
授業に集中しないと。でも――二人の会話が、どうしても気になってしまう。
「ネイサさん?」
突然、先生に名前を呼ばれた。
「は、はい!」
私は慌てて立ち上がった。
「この魔法陣の構造について、説明してください」
黒板を見る。複雑な魔法陣が描かれている。いつもなら一瞬で理解できるはずなのに――今日は、時間がかかった。頭が、うまく働かない。
「えっと……これは……」
私は必死に考えた。周囲の視線が、私に集中している。その中に――エリカの視線もある。彼女は、興味深そうに私を見ていた。
「……七層構造の防御魔法陣です」
なんとか答えた。でも、声が少し震えていた。
「正解です。でも、ネイサさん、今日は少し元気がないですね」
「すみません……」
私は座った。心臓が、激しく跳ねていた。恥ずかしさと、焦りと、そして――得体の知れない不快感が、胸の中で渦巻いていた。
昼休み、食堂に向かおうとしたら――エリカがアーガムに話しかけているのが見えた。
「ねえ、アーガム様! 一緒にお昼食べませんか?」
エリカは満面の笑みでそう言った。彼女の手には、可愛らしい弁当箱が握られている。
「ん? 俺、いつもネイサと食べてるんだけど……」
「じゃあ、三人で食べましょう! ね、ネイサさんもいいですよね?」
エリカは私に向かって笑顔を向けた。その笑顔は明るくて、無邪気で――でも、私には、何か計算されたもののように見えた。
「ええ……別に構わないけど……」
私は曖昧に答えた。本当は、断りたかった。でも、理由がない。正当な理由もなく断ることはできない。
「やった! じゃあ、行きましょう!」
エリカは嬉しそうにアーガムの腕を掴んだ。彼の腕に、自分の腕を絡めるように。
その瞬間――私の胸に、激しい痛みが走った。
――何、この感じ……?
息が詰まりそうだった。胸が、ぎゅっと締め付けられる。視界が、少し歪んだ気がした。
「ネイサ、行くぞ」
アーガムが私に声をかけた。でも、私は――彼の顔をまともに見ることができなかった。エリカが彼の腕に絡みついている。その光景を見ると、胸がさらに痛んだ。
「はい……」
私は小さく答えて、二人の後をついていった。
食堂では、エリカがずっとアーガムに話しかけていた。
「アーガム様って、筋肉すごいですよね! 鍛えてるんですか?」
「ああ、まあ。毎日トレーニングしてる」
「すごーい! 私も鍛えたいんですけど、どうすればいいですか?」
「まずは基礎的な筋トレからかな。腕立て伏せとか」
「教えてもらえますか?」
「いいけど……」
二人の会話を聞きながら、私は食事を口に運んでいた。でも、味がしない。何を食べているのか、分からなかった。ただ、機械的に口を動かしているだけだった。
「ねえ、アーガム様。今度、一緒にトレーニングしませんか?」
「ん? まあ、いいけど……」
「やった! じゃあ、放課後とか!」
「放課後は、禁書館の仕事があるから無理だな」
「禁書館?」
「ああ。俺とネイサ、守護者やってるんだ」
アーガムが私の名前を出した。エリカは、初めて私の方を見た。
「へえ、そうなんですか。ネイサさんも一緒に?」
「ああ」
「じゃあ、私も手伝っていいですか?」
「え?」
私は驚いて顔を上げた。エリカは、にこやかに笑っていた。
「禁書館のお手伝い、私もしたいです! アーガム様と一緒なら、楽しそうですし!」
「いや、でも守護者は俺とネイサだけだし……」
「お手伝いくらい、いいじゃないですか! ね、ネイサさんもいいですよね?」
エリカは私に同意を求めてきた。その笑顔は――計算されているように見えた。私を断れない状況に追い込んでいる。
「それは……学園長の許可が必要だから……」
「じゃあ、学園長に聞いてみます! きっと、大丈夫ですよ!」
エリカは自信満々に言った。私は――反論できなかった。胸の中の不快感が、さらに強くなっていた。
午後の授業も、エリカはずっとアーガムに話しかけていた。休み時間も、彼の周りにいた。まるで、彼を独占しようとしているかのように。
そして――私は、その光景を見るたびに、胸が痛んだ。不快で、苦しくて、でも理由が分からなかった。
――何なの、この感じ……?
私は自分の胸に手を当てた。心臓が、不規則に跳ねている。
――私には関係ないはずなのに……
アーガムが誰と仲良くしようと、それは彼の自由だ。私には、口出しする権利なんてない。それなのに――
――なんで、こんなにモヤモヤするんだろう……?
放課後、禁書館に向かった。アーガムは、まだ来ていなかった。おそらく、エリカに捕まっているのだろう。
私は一人で、目録作成を始めた。でも、集中できなかった。頭の中は、アーガムとエリカのことでいっぱいだった。
――彼女、可愛いな……
否定できない事実だった。エリカは、客観的に見て美人だ。明るくて、社交的で、誰からも好かれるタイプ。アーガムだって、彼女のことを気に入るかもしれない。
その考えが――胸を締め付けた。
「ニャア」
突然、足元から声がした。見ると、ランスがいた。
「ランス……」
「どうした? 浮かない顔してるぞ」
「別に……何でもないわ」
「嘘だ。顔に書いてある」
ランスは私の膝の上に飛び乗った。温かい毛並みが、太ももに触れる。
「転校生のこと、気にしてるだろ」
「……なんで分かるの?」
「お前、ずっとイライラしてたじゃないか」
ランスの指摘は正しかった。確かに、私は一日中イライラしていた。でも、その理由が分からなかった。
「イライラって……私、そんなに分かりやすかった?」
「ああ。昼休みの時とか、すごい顔してたぞ」
「すごい顔って……」
「怖い顔」
ランスは容赦なく言った。
「転校生が王子の腕に絡みついた時、お前、すごい顔してた」
その時のことを思い出した。エリカがアーガムの腕を掴んだ時――確かに、私は胸が痛んだ。苦しくて、不快で、でも理由が分からなかった。
「あれは……」
「それが嫉妬だよ」
ランスはあっさりと言った。
「え……?」
「嫉妬。お前、転校生に嫉妬してるんだ」
「し、嫉妬!?」
私は驚いて声を上げた。嫉妬――その言葉を聞いた瞬間、何かが腑に落ちた気がした。
「そんな……嫉妬なんて……」
「してるだろ。王子を取られそうで、焦ってるんだ」
「取られるって……私は別に……」
「別に?」
「私とアーガム様は、ただの仕事仲間だし……」
私は否定しようとした。でも、言葉が続かなかった。
「仕事仲間が、あんなに嫉妬するか?」
ランスの問いに、私は答えられなかった。
「お前、王子のことが好きなんだろ」
「それは……」
「認めろよ。自分の気持ちを」
ランスは真剣な表情で言った。
「好きだから、嫉妬する。当たり前のことだ」
「でも……私には……」
「資格がない、とか言うなよ」
ランスは私の言葉を遮った。
「お前の気持ちは本物だ。それを否定するな」
「……」
私は黙り込んだ。ランスの言う通りだった。私は、アーガムが好きだ。だから、エリカに嫉妬している。彼を取られそうで、焦っている。
その事実を――認めるしかなかった。
しばらくして、アーガムが禁書館に来た。
「悪い、遅くなった」
「いえ……」
私は彼の顔を見ることができなかった。エリカと一緒にいたのだろうか。そう考えると、また胸が痛んだ。
「転校生に捕まっててさ」
やっぱり――
「そう……」
私は短く答えた。声が、少し冷たくなっていた。自分でも気づいた。
「お前、機嫌悪いのか?」
「別に」
「いや、絶対機嫌悪いだろ。顔に書いてあるぞ」
アーガムは心配そうに私を見た。
「何かあったのか?」
「何もないです」
「でも――」
「本当に何もありません!」
私は少し強く言ってしまった。アーガムは、少し驚いた様子だった。
「そ、そうか……」
沈黙が降りた。気まずい、重い沈黙。私は――自己嫌悪に襲われた。
――また、やってしまった……
その日の作業は、気まずいまま終わった。
アーガムは何度か話しかけてきたが、私は素っ気ない返事しかできなかった。嫉妬という感情に、どう対処していいか分からなかったのだ。
「じゃあ、また明日な」
「はい……」
アーガムは寂しそうに去っていった。私は――その背中を見送りながら、胸が痛んだ。
――私、何やってるんだろう……
翌日、状況はさらに悪化した。
エリカは、朝からアーガムにべったりだった。隣の席という有利な立場を最大限に活用して、常に彼に話しかけている。
「ねえ、アーガム様! 昨日の宿題、見せてもらえますか?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます! アーガム様って、本当に優しいんですね!」
エリカの甘い声が、教室に響く。周囲の女子生徒たちは、羨ましそうにエリカを見ていた。男子生徒たちは、複雑そうな顔をしていた。
そして私は――ただ、黙って自分の席に座っていた。胸の中の不快感が、どんどん大きくなっていく。
「ねえ、アーガム様。今日のお昼も、一緒に食べませんか?」
「ん? まあ、いいけど……」
「やった!」
エリカは嬉しそうに手を叩いた。その様子を見て――私の胸は、さらに痛んだ。
――彼が誰と食べようと、私には関係ない……
そう自分に言い聞かせた。でも、心は納得していなかった。
昼休み、私は一人で食堂に向かった。アーガムとエリカは、一緒に来るだろう。それを見たくなかった。
でも――
「ネイサ! 待ってくれよ!」
後ろから、アーガムの声がした。振り返ると――彼が一人で走ってきていた。エリカの姿はない。
「アーガム様……?」
「一緒に食おうぜ」
「え? でも、エリカさんと……」
「断った」
アーガムはあっさりと言った。
「え……?」
「俺、ああいうのって苦手なんだよ。ずっとべたべたされるの」
彼は少し困ったように頭を掻いた。
「転校生、いい奴だとは思うけど……ちょっとしつこくてさ」
その言葉を聞いた瞬間――私の胸の中の重いものが、一気に軽くなった。
「そう……なんですか」
「ああ。それに、俺は――」
アーガムは私を見た。
「お前と食べる方が、楽しいし」
ドクン。
心臓が、激しく跳ねた。顔が、一気に熱くなる。
「な、何言ってるんですか……」
「本当のことだよ。お前といる方が、気を遣わなくていいし」
アーガムは笑った。その笑顔が――眩しすぎて、直視できなかった。
「だから、これからもよろしくな。相棒」
「……はい」
私は小さく答えた。胸が、温かかった。さっきまでの不快感は、完全に消えていた。代わりに――幸せな気持ちが、胸いっぱいに広がっていた。
その日の午後、エリカは少し不満そうだった。
「アーガム様、お昼断られちゃった……」
彼女は友達にそう愚痴っていた。私は、その声を聞きながら――少しだけ、優越感を覚えた。
――私って、意地悪だな……
でも、その気持ちを抑えることはできなかった。
放課後、禁書館での勤務。
今日は、アーガムが時間通りに来た。
「よお、ネイサ」
「はい」
私は笑顔で答えた。昨日とは違う、自然な笑顔。
「お前、今日は機嫌いいな」
「そうですか?」
「ああ。昨日は、なんか不機嫌そうだったけど」
アーガムの指摘に、私は少し恥ずかしくなった。
「昨日は……ちょっと疲れてただけです」
「そっか。まあ、無理すんなよ」
「はい」
私たちは、いつものように仕事を始めた。目録作成、書架の整理――淡々とした作業。でも、彼と一緒だから、楽しい。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「転校生のこと、どう思う?」
突然の質問に、私は戸惑った。
「え? どうって……」
「いや、女子の意見を聞きたくてさ」
アーガムは真剣な表情で聞いてきた。
「あの子、俺に好意持ってるっぽいんだよな」
「……そうみたいですね」
「でも、俺……ああいうの、苦手なんだよ」
「苦手……?」
「ああ。なんていうか、分かりやすすぎるっていうか……」
アーガムは少し困ったように言った。
「俺、ああいう積極的な子、苦手なんだよな」
その言葉を聞いて――私は少しほっとした。彼は、エリカに興味がない。それが、嬉しかった。
「でも、どう断ればいいか分かんなくてさ」
「正直に言えばいいんじゃないですか?」
「正直に?」
「はい。『そういう気持ちには応えられない』って」
「うーん……でも、傷つけちゃいそうで……」
アーガムは優しいな、と思った。エリカに興味はないけど、傷つけたくないと思っている。その優しさが――また、私の心を掴んだ。
「でも、曖昧にしておく方が、後々困ると思いますよ」
「そうかな……」
「はい。早めにはっきりさせた方が、お互いのためです」
私は冷静にアドバイスした。アーガムは、少し考え込んだ。
「分かった。じゃあ、そうするわ」
「はい」
私は笑った。胸の中の不安が、完全に消えていた。彼は、エリカに興味がない。それが――何より嬉しかった。
その夜、寮の部屋でランスと話していた。
「今日は、機嫌いいな」
「そう?」
「ああ。昨日までの暗い顔が嘘みたいだ」
ランスは尻尾を揺らした。
「何かあったのか?」
「アーガム様が……転校生に興味ないって言ってたの」
「ほう」
「それで……ほっとしちゃった」
私は正直に答えた。ランスは、満足そうに頷いた。
「それが嫉妬だって、分かったか?」
「ええ……分かったわ」
私は認めた。
「私、嫉妬してた。エリカさんに」
「そうか」
「彼がエリカさんと仲良くしてるのを見て……胸が痛かった」
私は胸に手を当てた。
「でも、彼は興味ないって言ってくれて……すごく嬉しかった」
「それが恋だ」
ランスは言った。
「好きな人が、他の誰かと仲良くしてるのを見ると、嫉妬する」
「好きな人が、自分だけを見てくれると、嬉しい」
「それが、恋」
ランスの言葉に、私は頷いた。
「そうね……これが、恋なのね」
「ああ」
私は窓の外を見た。夜空には、星が輝いている。
「私……アーガム様が好き」
声に出して言った。もう、迷いはなかった。
「彼のことが、本当に好き」
その言葉を口にした瞬間――何かが、胸の中で確かなものになった気がした。
「好きだから、嫉妬した」
「好きだから、彼の笑顔が見たい」
「好きだから……守りたい」
私の気持ちが――はっきりと形になった。
これが、恋。
これが、愛。
アーガムへの想いが――もう、否定できないほど大きくなっていた。
翌日、エリカは相変わらずアーガムにアタックしていた。
でも――私は、もう気にならなかった。彼が興味を持っていないと分かったから。それに――
「ネイサ、一緒に食おうぜ」
アーガムは、今日も私を誘ってくれた。
「はい」
私は笑顔で答えた。エリカは、少し不満そうな顔をしていた。でも、私は――もう、罪悪感を感じなかった。
だって、彼が選んだのは私だから。
それが――何より嬉しかった。
数日後、アーガムはエリカにはっきりと伝えたらしい。
「そういう気持ちには応えられない」と。
エリカは、最初はショックを受けていたようだが――すぐに立ち直った。彼女は明るい性格だったから、すぐに他の友達を作り、学園生活を楽しんでいた。
そして――私とアーガムの関係は、元に戻った。いや、元よりも少し――近くなった気がした。
「なあ、ネイサ」
ある日、禁書館で彼が言った。
「何ですか?」
「お前がいてくれて、良かった」
「え?」
「転校生の件の時、お前がいてくれたから、乗り越えられた」
アーガムは笑った。
「ありがとな」
その言葉に、私の胸は温かくなった。
「いえ……私こそ、ありがとうございます」
「ん? 何が?」
「色々と……」
私は曖昧に答えた。本当のことは言えない。あなたのおかげで、自分の気持ちがはっきりしました――なんて。
「変な奴」
アーガムは笑った。
私も笑った。
そして――心の中で、改めて誓った。
彼を守り続ける、と。
愛しているから。
この気持ちは――もう、消えることはない。
その夜、私は一人で星空を見ていた。
窓を開けて、秋の冷たい風を感じながら。
「恋、か……」
呟いた。
嫉妬という感情を通して、私は自分の気持ちを再確認した。
アーガムを愛している。
誰にも渡したくない。
彼の笑顔を、独占したい。
それが――私の本音だった。
「でも……」
私は拳を握った。
「この恋は、叶わない」
年齢を偽っている。正体を隠している。全てが嘘の上に成り立っている関係。
いつか、真実を告げなければならない。その時――彼は、私を許してくれるだろうか。
答えは、分からない。
でも――
「それでも、愛し続ける」
私は決意した。
たとえ、この恋が叶わなくても。
たとえ、彼に拒絶されても。
私は、彼を愛し続ける。
それが――
私の、選んだ道だから。
「ニャア」
ランスが寄り添ってきた。
「まだ起きてたのか」
「ええ……考え事をしてて」
「恋の悩みか?」
「……そうね」
私は笑った。
「辛いか?」
「辛いけど……幸せよ」
私は正直に答えた。
「好きな人がいるって、こんなに幸せなことだったのね」
「そうか」
ランスは満足そうだった。
「お前、いい顔してるぞ」
「ありがとう」
私はランスを撫でた。柔らかい毛並みが、手のひらに触れる。
「でも、これから大変だぞ」
「分かってる」
私は頷いた。
「恋を隠し続けるのは、辛いからな」
「でも……仕方ないわ」
私は空を見上げた。星が、輝いている。
「これが、私の運命だから」
「運命、か」
ランスは少し悲しそうだった。
「でもな、運命は変えられるかもしれないぞ」
「え?」
「お前次第だ」
ランスは意味深に言った。
「いつか、真実を告げる時が来る。その時――お前がどう行動するかで、運命は変わる」
「……そうね」
私は呟いた。
いつか、真実を告げる時が来る。
その時――
私は、どうするのだろう。
答えは――
まだ、出せない。
でも、一つだけ確かなことがある。
私は、彼を愛している。
その気持ちだけは――
絶対に、変わらない。




