魔導具泥棒事件
「ちょっと待ってください! そこは絶対に入っちゃダメです! 危険すぎます! 今すぐ離れてください!」
私は全力でアーガムを止めようとしていた。
禁書館での勤務中、いつものように目録作成をしていた時のことだった。アーガムが、禁書館の奥の壁に不審な亀裂を見つけたのだ。
「でも、この壁、なんか変じゃね? 音が響くんだよ」
アーガムは壁をコンコンと叩いていた。
「確かに空洞があるみたいだけど……」
「だろ? ってことは、この奥に何かあるんじゃね?」
「あったとしても、勝手に開けちゃダメです!」
「なんでだよ。ちょっと見るだけじゃん」
「ちょっとじゃないです! もし罠があったらどうするんですか!」
「大丈夫だって。俺、丈夫だし」
「丈夫とか丈夫じゃないとかの問題じゃありません!」
私が必死に説得している間に、アーガムは壁を押し始めた。
「おりゃあ!」
ゴゴゴゴ……
壁が動き始めた。
「あ、開いた!」
「開けちゃダメって言ったでしょう!」
壁の向こうには――暗い通路が続いていた。
「おお、すげえ! 隠し通路だ!」
「だから入っちゃダメです!」
「でも、気になるじゃん」
「気になっても我慢してください!」
私はアーガムの服を掴んで引っ張った。
でも――
その時だった。
通路の奥から、人の気配を感じた。
「え……?」
「どうした?」
「誰かいます……」
私は警戒した。
そして――通路の奥から、黒い影が走ってきた。
「あ、誰か!」
アーガムが叫んだ。
影は私たちを押しのけて、禁書館の出口へ走っていった。
「待て!」
アーガムが追いかけようとした。
でも――
「待ってください! その前に!」
私は急いで禁書館の展示室を確認した。
そこには、貴重な魔導具が展示されている。
そして――
「やっぱり……!」
展示ケースが壊されていた。
中の魔導具が――
盗まれていた。
「魔導具が盗まれた……?」
学園長が深刻な表情で言った。
私たちはすぐに学園長に報告した。
「はい。『時詠みの羅針盤』が盗まれました」
「それは……」
学園長は顔を青くした。
「あれは、古代の魔導具だぞ。非常に危険なものだ」
「危険……ですか?」
「ああ。時詠みの羅針盤は、禁呪の在処を示す力がある」
「禁呪の……!」
私は息を呑んだ。
「つまり、犯人は禁呪を狙っているということか」
「おそらく……」
学園長は立ち上がった。
「すぐに捜索隊を編成する。君たちも協力してくれ」
「はい!」
私たちは犯人の痕跡を追った。
魔力の残滓を辿っていく。
「この魔力……どこかで感じたことがあるような……」
「分かるのか?」
「はい……でも、誰の魔力かまでは……」
私たちは学園の敷地を捜索した。
そして――学園の裏庭、古い井戸の近くで魔力の痕跡が途切れた。
「ここで終わってる……?」
「待てよ」
アーガムが井戸を覗き込んだ。
「この井戸、妙に深いな」
「まさか……」
私も覗き込んだ。
井戸の底が見えない。
「これ、ただの井戸じゃないんじゃね?」
「そうかもしれません……」
私は魔法で井戸の内部を調べた。
「《構造解析――ストラクチャー・アナライズ》」
すると――井戸の壁に、隠された階段があることが分かった。
「やっぱり……これ、学園の地下迷宮への入り口です」
「地下迷宮?」
「はい。学園創立時に作られた、訓練用のダンジョンです」
「へえ……そんなのがあったのか」
「今は使われていないはずですけど……」
私は考え込んだ。
「犯人は、ここに逃げ込んだようです」
「じゃあ、追うか」
「でも、危険です。罠や魔物がいるかもしれません」
「大丈夫だって。俺たち、いいコンビだろ?」
アーガムが笑った。
私は少し迷った。
でも――
「分かりました。一緒に行きましょう」
「おう!」
井戸の中に降りると、確かに隠された階段があった。
私たちは慎重に階段を下りていった。
「暗いな……」
「《光よ――ライト》」
私は光の玉を作り出した。
それが、周囲を照らす。
「おお、便利だな」
「これくらいは基本です」
階段を下り切ると――広い空間が広がっていた。
「すげえ……本当に迷宮だ」
石造りの通路。
いくつもの分岐。
古代の魔法陣が、壁や床に刻まれている。
「これが、訓練用のダンジョン……」
「でけえな」
「はい……学園の地下全体に広がっているらしいです」
「マジか……迷子になりそうだな」
「だから、慎重に進みましょう」
私たちは魔力の痕跡を追って、迷宮を進んでいった。
しばらく進むと――
カチッ。
アーガムが何かを踏んだ。
「え?」
「動かないで!」
私は叫んだ。
「罠です!」
瞬間――壁から、無数の矢が飛び出してきた。
「うわっ!」
「《風の壁よ――ウィンド・ウォール》」
私は風の壁を展開した。
矢が風に弾かれて、軌道が逸れる。
「ふう……助かった」
「だから言ったでしょう! 慎重に!」
「悪い悪い」
アーガムが頭を掻いた。
「でも、罠があるってことは、ここを誰かが通ったってことだろ?」
「そうですね……犯人は、罠を避けて進んだはずです」
「じゃあ、俺たちも気をつけて進もうぜ」
「はい」
私たちはさらに慎重に進んだ。
次の部屋に入ると――そこには、巨大な石像が置かれていた。
「なんだ、あれ?」
「ガーディアン……守護者の石像です」
「動くのか?」
「おそらく……」
私たちが部屋の中央に近づくと――石像が動き始めた。
ギギギギ……
「やっぱり動いた!」
石像が立ち上がった。
高さ三メートル以上。
巨大な剣を持っている。
「うお、でけえ!」
石像が剣を振り下ろしてきた。
「避けて!」
私たちは左右に飛び退いた。
ドゴォン!
剣が床に叩きつけられ、石が砕け散った。
「すげえ威力……」
「物理攻撃だけじゃありません!」
石像の目が光り始めた。
「魔法も使います!」
「マジかよ!」
石像の口から、火球が放たれた。
「《水の盾よ――ウォーター・シールド》」
私は水の盾を展開した。
火球が水に当たって蒸気になる。
「ネイサ、どうすんだ!?」
「石像の核を破壊しないと!」
「核? どこだ!?」
「胸の中心! そこに魔力の核があります!」
「了解!」
アーガムが石像に突進した。
「おりゃああ!」
石像が剣で迎撃しようとした。
でも――
「《風よ、足を止めよ――ウィンド・バインド》」
私は風の鎖で石像の足を拘束した。
石像の動きが鈍る。
その隙に――
「もらった!」
アーガムが石像の胸に拳を叩き込んだ。
ドゴォン!
石像の胸が砕け、中から光る結晶が見えた。
「それが核です!」
「おう!」
アーガムがもう一度拳を振るった。
バキィン!
結晶が砕け散った。
瞬間――
石像が動きを止めた。
そして――
ガラガラと崩れ落ちた。
「やった!」
「お疲れ様です」
私たちは息を整えた。
「しかし、すげえな。こんなのがいるのか」
「はい……訓練用とはいえ、本物のダンジョンです」
「気をつけないとな」
「ええ」
私たちは次の部屋へ進んだ。
迷宮を進むにつれて、罠や魔物が増えてきた。
でも――私たちの連携は完璧だった。
アーガムが前衛で敵を引きつける。
私が後衛で魔法で支援する。
何度も何度も、危機を乗り越えた。
「お前との連携、完璧だな!」
アーガムが嬉しそうに言った。
「あなたの動きが予測しやすいんです」
「それって、褒めてんのか?」
「褒めてます」
私は笑った。
確かに、彼との連携は完璧だ。
まるで――何年も一緒に戦ってきたかのように。
それが嬉しかった。
迷宮の最深部に辿り着いた。
そこには、大きな扉があった。
「これが……最後の部屋か」
「おそらく」
私は扉に魔法をかけた。
「罠はなさそうです」
「じゃあ、開けるか」
アーガムが扉を押した。
ギィィィ……
扉がゆっくりと開いた。
中には――黒いローブを着た人物がいた。
「!」
「犯人……!」
黒ローブの人物は、机の上で何かの作業をしていた。
そして、その手には――盗まれた魔導具があった。
「そこまでです!」
私は叫んだ。
黒ローブの人物が振り返った。
「……ちっ」
舌打ちをした。
「追いつかれたか」
「大人しく魔導具を返してください!」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで取り返します」
私は魔法を構えた。
アーガムも戦闘態勢に入った。
「……仕方ないな」
黒ローブの人物が手を上げた。
「《闇よ――》」
「させません! 《沈黙よ――サイレンス》」
私は詠唱妨害魔法を放った。
でも――黒ローブの人物は無詠唱で魔法を発動させた。
「《闇の刃よ――ダークネス・ブレード》」
闇の刃が飛んでくる。
「《光の壁よ――ライト・ウォール》」
私は光の壁で防御した。
闇と光がぶつかり合い、相殺される。
「やるな……」
黒ローブの人物が呟いた。
「でも、これならどうだ!」
彼は机の上の魔導具を掴んだ。
「時詠みの羅針盤、起動!」
魔導具が光り始めた。
「まずい……!」
羅針盤から、強力な魔力の波動が放たれた。
それは――時間を歪める力。
「ぐっ……!」
私の体が、重くなった。
まるで、時間がゆっくり流れているかのように。
「な、なんだこれ……」
アーガムも同じ状態だった。
「時間減速……の魔法……」
私は必死に抵抗した。
でも――この魔導具の力は強力すぎる。
「さらばだ」
黒ローブの人物が転移魔法を準備し始めた。
このままでは――
逃げられてしまう!
「させ……ない……!」
私は全力で魔力を放出した。
「《時よ、戻れ――タイム・カウンター》」
時間魔法。
高度な魔法だが――
今なら使える。
魔導具の力に対抗して、時間の流れを正常に戻す。
「な……!?」
黒ローブの人物が驚いた。
「時間魔法だと!? 貴様、何者だ!」
「それは……秘密です!」
私は攻撃魔法を放った。
「《氷の槍よ――アイス・ランス》」
氷の槍が黒ローブの人物に向かって飛ぶ。
彼は防御魔法を展開したが――
「俺の番だ!」
アーガムが突進した。
「おりゃああ!」
防御魔法を拳で粉砕する。
「ぐあっ!」
黒ローブの人物は吹き飛ばされた。
そして――
壁に激突した。
「ぐ……」
黒ローブの人物は倒れた。
「やった……」
私たちは魔導具を回収した。
「しかし、こいつ誰なんだ?」
アーガムが黒ローブの人物のフードを外そうとした。
その時――
フードが外れた。
そこには――
「ラザール……!」
私は驚愕した。
オルビスの側近、ラザール・グレイだった。
「なんで兄貴の側近が……」
アーガムも驚いていた。
「やはり……」
私は拳を握った。
オルビスが関与している。
これで、確信した。
ラザールを拘束して、学園長に引き渡した。
「ラザール・グレイ……オルビス様の側近か」
学園長は深刻な表情だった。
「尋問する。オルビス様との関係を明らかにしなければ」
「お願いします」
私は頭を下げた。
でも――心の中では、既に答えが出ていた。
オルビスが、黒幕だ。
翌日、学園長から連絡があった。
「ラザールを尋問したが……」
「はい……」
「彼は、独断でやったと主張している」
「独断……?」
「ああ。オルビス様の指示ではなく、自分の判断で魔導具を盗んだと」
「そんな……」
私は信じられなかった。
「嘘です! 絶対に嘘です!」
「しかし、証拠がない」
学園長は苦しそうに言った。
「ラザールの証言以外に、オルビス様と結びつける証拠が何もない」
「でも……」
「それに、オルビス様からも抗議があった」
「抗議……?」
「ああ。『私の側近が勝手なことをして申し訳ない。しかし、私は一切関与していない』と」
学園長は溜息をついた。
「証拠がない以上、オルビス様を疑うことはできない」
「そんな……」
私は悔しさで震えた。
「それで、ラザールは?」
「釈放される」
「釈放!?」
「証拠不十分だ。魔導具は回収されたし、彼に実害はなかった」
「でも、盗んだのは事実でしょう!」
「それは……まあ、そうだが……」
学園長は歯切れが悪かった。
おそらく――王族の側近を罰することに、政治的な問題があるのだろう。
「せめて、学園からは追放される」
「……それだけですか」
「すまない……これが、限界だ」
学園長は申し訳なさそうだった。
私は――何も言えなかった。
その日の夕方、私は一人で屋上にいた。
悔しかった。
オルビスの犯行を証明できなかった。
ラザールも、大した罰を受けなかった。
証拠不十分――その一言で、全てが無駄になった。
「なんでなの……」
私は拳を握った。
「ネイサ」
後ろから声がした。
振り返ると、アーガムがいた。
「アーガム様……」
「悔しいよな」
「……はい」
「俺も、悔しい」
アーガムは私の隣に立った。
「兄貴が関わってるかもしれないって、分かってる」
「……」
「でも、証拠がない」
彼は空を見上げた。
「証拠がないから、何もできない」
「そうですね……」
私も空を見た。
夕日が、赤く燃えていた。
「でも」
アーガムが言った。
「諦めないぜ」
「え?」
「いつか、証拠を掴む。そして、真実を明らかにする」
彼は拳を握った。
「それが、兄貴のためでもある」
「アーガム様……」
「兄貴が本当に黒幕なら、止めなきゃいけない」
アーガムの声が、震えていた。
「兄貴を……救いたいんだ」
その言葉に、私の胸が痛んだ。
アーガムは――まだ、兄を信じている。
いや、信じたい。
だから――真実を知りたい。
それが――彼の願いだ。
「私も、協力します」
私は彼を見た。
「一緒に、真実を明らかにしましょう」
「……ありがとな」
アーガムが笑った。
ただ、その笑顔は、少し悲しげな気配を漂わせていた。
その夜、寮の部屋でランスと話していた。
「悔しいな」
「ええ……」
私は窓の外を見た。
「証拠不十分で、釈放された」
「政治的な理由もあるんだろうな」
「分かってる。でも……」
私は拳を握った。
「許せない」
「お前らしくないな。冷静じゃない」
「冷静でいられるわけないでしょう」
私は振り返った。
「アーガム様が狙われてるのよ」
「ああ」
「しかも、実の兄に」
私は震えた。
「それを証明できない。助けられない」
「だから、悔しいのか」
「ええ」
私は目を閉じた。
「私は……彼を守りたい」
「愛してるからな」
「……そうよ」
私は認めた。
「愛してるから、守りたい」
「でも、今は証拠がない」
「ええ」
「じゃあ、これから見つければいい」
ランスが言った。
「お前は諦めないだろ?」
「当然よ」
私は目を開けた。
「絶対に、証拠を見つける」
「そうこなくっちゃ」
ランスは尻尾を揺らした。
「頑張れよ」
「ええ」
翌日、私は禁書館でアーガムと会った。
「おはよう、ネイサ」
「おはようございます」
「昨日はありがとな」
「いえ……」
「お前がいてくれて、良かった」
アーガムが笑った。
「地下迷宮、お前がいなかったら無理だった」
「そんなことないです。あなたも頑張りました」
「でも、お前の魔法がなかったら……」
「お互い様です」
私は笑った。
「私も、あなたがいなければ無理でした」
「そっか」
アーガムも笑った。
「やっぱり、俺たちいいコンビだな」
「そうですね」
私は頷いた。
いいコンビ――
それ以上の関係を、私は望んでいる。
でも、今は――この関係を、大切にしたい。
その日の午後、オルビスが禁書館を訪れた。
「やあ、弟よ。それにネイサも」
彼は相変わらず優雅に微笑んでいた。
「兄貴……」
アーガムの声が、少し硬かった。
「昨日は、大変だったそうだね」
「ああ……まあな」
「私の側近が、迷惑をかけて申し訳ない」
オルビスは頭を下げた。
でも――
その目は、笑っていなかった。
「ラザールには、既に厳重注意をした」
「そうか……」
「今後、このようなことがないよう、監督を強化する」
「分かった……」
アーガムは複雑な表情だった。
私は――
オルビスを睨んでいた。
この人は、演技をしている。
全てを知っていて、知らないふりをしている。
許せない。
「では、失礼する」
オルビスは優雅に去っていった。
私は、彼の背中を見送った。
そして――
心の中で誓った。
いつか、必ず――あなたの正体を暴く、と。
その夜、私は師匠に報告していた。
「オルビスの側近が犯人だったか」
「はい……でも、証拠不十分で釈放されました」
「そうか……」
師匠は考え込んだ。
「オルビスが黒幕である可能性は高い」
「はい……私もそう思います」
「だが、証拠がない」
「……はい」
「ネイサ、引き続き警戒を怠るな」
「はい」
「そして、証拠を掴め」
「分かりました」
私は決意した。
絶対に、証拠を掴む。
オルビスの正体を暴く。
そして――アーガムを守る。
それが――私の使命だ。
数日後、学園は平穏を取り戻した。
魔導具泥棒事件は、一応解決したことになっている。
でも――
私たちは知っている。
まだ、事件は終わっていない。
オルビスは、まだ動いている。
次は、何を仕掛けてくるのか。
分からない。
でも――
私たちは、準備を怠らない。
「なあ、ネイサ」
禁書館で、アーガムが話しかけてきた。
「はい?」
「この前の地下迷宮、楽しかったな」
「楽しかった……?」
私は驚いた。
あんな危険な場所で?
「ああ。お前と一緒に冒険してる感じがしてさ」
アーガムが笑った。
「なんか、ワクワクしたんだよ」
「そうですか……」
私も笑った。
確かに、彼と一緒なら――
危険な冒険も、楽しい。
「また、一緒に何か冒険したいな」
「はい……でも、今度はもっと安全なやつでお願いします」
「はは、分かった」
私たちは笑い合った。
そして、また、仕事に戻った。
でも、心の中では――
彼との冒険を、また楽しみにしている自分がいた。
その夜、私は一人で考えていた。
オルビスとの戦い。
これから、どうなるのか。
いつか、決着の時が来る。
その時――私は、どうするのだろう。
アーガムに、真実を告げるのか。
それとも、黙ったままなのか。
答えは――
まだ、出せない。
でも、一つだけ確かなことがある。
私は、彼を守る。
どんな犠牲を払っても。
それが――
私の、愛だから。




