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禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る  作者: 秋津冴
第一章 爆発と出会い

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2

 教室の片付けは、予想以上に大変だった。

 アーガムは力任せに家具を運び、私は魔法で細かい破片を集める。意外と息が合っていて、30分ほどで教室はほぼ元通りになった。


「ふう、終わったな!」


 アーガムは満足そうに腕を組んだ。その額には汗一つかいていない。


「お疲れ様でした、アーガム……殿下」

「だから殿下って呼ぶなって。俺ら、同じ学生だろ?」

「で、でも……」

「いいから。ネイサ、お前とは友達になれそうな気がするんだよな」


 友達。

 その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。

 私は彼を欺いている。年齢も、正体も、全てが嘘だ。そんな私が、彼と友達になる資格があるのだろうか。


「どうした? 変な顔してるぞ?」

「い、いえ、何でもありません」

「そっか。じゃあ、これから飯食いに行こうぜ! 腹減っただろ?」

「え? あ、でも……」

「遠慮すんな! 俺が奢るから!」


 彼は私の返事を待たずに、私の手を掴んで歩き出した。

 また痛い。


「い、痛いです……」

「おっと、また力入れすぎた! 悪い悪い!」


 彼は笑いながら、少しだけ力を緩めた。でも、手は離さない。

 私は引きずられるようにして、彼の後を歩いた。

 教室の窓から差し込む夕日が、彼の赤い髪を黄金色に染めている。その横顔は、どこか寂しげに見えた。

いや、気のせいだろうか。


「なあ、ネイサ」

「はい?」

「お前、魔法陣が好きなんだろ?」

「え? ……はい、とても」

「だったら今度、禁書館に行こうぜ。あそこには古代の魔導書がたくさんあるんだ。お前、絶対気に入るぞ」

「禁書館……ですか?」

「ああ。まあ、一般学生は入れねえんだけど、俺なら特別に入れるからさ」


 禁書館。

 それは、危険な魔導書や禁呪の書が収められている、学園で最も厳重に管理された場所だ。

 そして――

 私の任務に関わる、重要な場所でもある。

 師匠からの情報では、第三王子を狙う者たちが、禁書館に収められた禁呪を狙っている可能性があるという。


「……行きたいです」

「マジで? よし、じゃあ決まりだな!」


 アーガムは嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、まるで子供のように無邪気で――

 そして、どこか危うげで。

 私は心の中で、小さく呟いた。

 あなたを、必ず守る。

 それが私の任務だから。

 そして――いや、何でもない。

 この時の私は、まだ自分の気持ちに気付いていなかった。

 これが、全ての始まりだった。


 その日の夜、私は寮の自室で師匠に報告書を送っていた。


「本日、第三王子アーガム殿下との接触に成功。今後、禁書館への同行を予定」


 送信ボタンを押す。すぐに返信が来た。


「良好だ。引き続き警戒を怠るな。そして、正体は絶対に明かすな」

「承知しました」


 私は魔法通信を切って、ベッドに横たわった。

 窓の外には、三日月が浮かんでいる。


「ネイサ」


 突然、声がした。

 私は飛び起きる。部屋の隅、影の中から、黒い何かが姿を現した。

 黒猫――いや、私の使い魔、ランスだ。


「ランス!  帰ってきてたの?」

「ああ。お前の学園初日を見守ってたんだよ」


 ランスは優雅に歩いて、ベッドの上に飛び乗った。


「で、どうだった? 第三王子は」

「……予想以上に、規格外だったわ」

「ほう。どんな風に?」

「筋肉で本棚を持ち上げてた」

「……は?」

「魔法陣の欠陥を一目で見抜いてた」

「……魔法の知識もあるのか」

「そして、握手しただけで手が潰れそうになった」

「……大変だな、お前」


 ランスは呆れたように溜息をついた。


「でも、これで任務は順調だな。第三王子と親しくなれたんだろ?」

「ええ。次は禁書館に一緒に行くことになってる」

「完璧じゃないか。あとは――」


 ランスは意味深に私を見た。


「正体がバレないように気をつけろよ。お前、16歳の演技、下手だからな」

「う、うるさいわね」

「それと」


 ランスは尻尾を揺らした。


「あの王子、結構いい奴そうだな」

「……そうね」


 アーガムの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 無邪気で、豪快で、でもどこか寂しげな――


「気をつけろよ、ネイサ」

「何を?」

「お前、感情移入しやすいタイプだからな。護衛対象に情が移ると、任務に支障が出る」

「大丈夫よ。私はプロだもの」

「ならいいけどな」


 ランスはそう言って、丸くなって眠り始めた。

 私は再び窓の外を見た。

 三日月が、静かに輝いている。

 アーガム・フォン・エルドリア。

 あなたを守る。それが私の使命。


 それ以上でも、それ以下でもない。

 そう、自分に言い聞かせた。

 でも、胸の奥に芽生えた小さな感情を、この時の私は無視していた。

 それが、後にどんな嵐を呼ぶのか――

 まだ知らないまま。

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