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禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る  作者: 秋津冴
第二話 禁書館ライフ

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最初の暗殺未遂

「それは絶対に食べないでください!  ダメです!  待ってください!」

 私は禁書館の休憩室で、全力でアーガムを止めようとしていた。

 事の発端は、十分前に遡る。

 いつものように禁書館で目録作成をしていた時、突然配達員が現れた。

「アーガム・フォン・エルドリア殿下へ、お届け物です」

 配達員が運んできたのは、豪華な銀のトレイに乗せられた料理の数々だった。

 ローストチキン、トリュフのリゾット、高級ワイン、そして美しく飾られたデザート。まるで高級レストランのフルコースのようだ。

「おお!  すげえ!」

 アーガムは目を輝かせた。

「誰からだ?」

「差出人は……明記されておりません。ただ、『日頃の感謝を込めて』というメッセージカードが」

「へえ、誰だろうな。まあいいや、いただきまーす!」

 アーガムは躊躇なく料理に手を伸ばそうとした。

 その瞬間――

 私の魔力感知が、警報を鳴らした。

 この料理から、微かに――でも確実に――毒の気配を感じ取ったのだ。

「待ってください!」

 私は慌ててアーガムの手を掴んだ。

「何だよ、腹減ってんだけど」

「その料理、検査させてください」

「検査? 何で?」

「とにかく、今すぐに!」

 私は料理に魔法をかけた。

「《隠された危険を暴け――ディテクト・ポイズン》」

 毒物検知魔法。これで、料理に毒が仕込まれていれば――

 ピン、と音がして、料理全体が薄く青く光った。

「……やっぱり」

 私の表情が凍りついた。

「毒が仕込まれています。しかも、かなり強力な」

「マジで!?」

 アーガムも驚いた。

 配達員は顔面蒼白になった。

「そ、そんな! 私は受け取った物をそのまま運んだだけで!」

「分かっています。あなたは悪くありません」

 私は冷静に言った。

「毒を仕込んだのは、差出人でしょう」

「くそ、誰だよ……」

 アーガムが拳を握った。

 でも――

「でも、この料理……すげえうまそうなんだよな」

「は?」

 私は耳を疑った。

「いや、見た目が。このローストチキンとか、すげえいい匂いするし」

「毒が入ってるんですよ!?」

「分かってるって。でも、もったいねえよな」

 アーガムは本気で残念そうだった。

 この人、本当に危機感あるのだろうか……

「とにかく、この料理は廃棄します」

 私は魔法で料理を氷漬けにした。証拠として保存するためだ。

「そして、すぐに犯人を探さないと」

「ああ、そうだな」

 アーガムも真剣な表情になった。

「でも、腹減ったな……」

「今はそれどころじゃないでしょう!」

 私は溜息をついた。


 配達員から事情を聞いた。

「料理は、今朝、学園の正門で受け取りました」

「渡した人物の特徴は?」

「黒いローブを着た人物で……顔は見えませんでした。声も、魔法で変えているようでした」

「そうですか……」

 手がかりが少ない。

「メッセージカードは?」

「これです」

 配達員が差し出したカードには、美しい筆記体で書かれていた。

『日頃の感謝を込めて。アーガム殿下の益々のご活躍を』

 筆跡から犯人を特定できるかもしれない。

「このカードも証拠として預かります」

「はい……本当に申し訳ございませんでした」

 配達員は深々と頭を下げて去っていった。

「さて……」

 私は料理を見た。

 毒物検知魔法で青く光っている。

 この毒、何の毒だろう。

「《詳細分析――アナライズ》」

 分析魔法を使って、毒の成分を調べる。

 しばらくして、結果が出た。

「これは……『死の眠り草』の毒!」

「死の眠り草?」

「はい。摂取すると、数時間後に心臓が停止する、非常に危険な毒です」

「やべえじゃん」

「しかも、普通の解毒魔法では効かない。専用の解毒剤が必要なんです」

 私は背筋が寒くなった。

 もしアーガムが食べていたら――

「つーか」

 アーガムが首を傾げた。

「俺が食ったら、どうなってたんだろうな」

「心臓が止まります」

「でも、俺って結構丈夫だぞ? この前も毒キノコ食ったけど平気だったし」

「毒キノコ食べたんですか!?」

「ああ。間違えて採ってきちゃってさ。でも、ちょっと腹痛くなっただけで済んだ」

「……信じられない」

 この人の生命力、本当に異常だ。

「まあ、とにかく。犯人を探さないとな」

「そうですね」

 私は考え込んだ。

 誰が、アーガムを殺そうとしているのか。

 そして――なぜ、今なのか。


 翌日、私たちは学園の警備担当教師に事情を説明した。

「なるほど……毒入りの料理が届いたと」

 警備担当のギルバート先生――筋骨隆々の元騎士――が腕を組んだ。

「配達員の証言では、差出人は黒いローブを着た人物。顔も声も分からない」

「はい」

「手がかりが少ないな……」

 ギルバート先生は唸った。

「だが、学園内に潜んでいる可能性は高い。内部の者でないと、殿下の居場所を特定できないからな」

「内部の者……」

 私の頭に、ある人物が浮かんだ。

 オルビス。

 そして、その側近たち。

「先生」

「何だ?」

「生徒会の人間を調べることは可能ですか?」

「生徒会? なぜだ?」

「……勘ですが、怪しいと思うんです」

 ギルバート先生は少し考えた後、頷いた。

「分かった。調べてみよう。ただし、証拠がなければ尋問もできない」

「はい、承知しています」

 私は深く頭を下げた。


 その日の午後、生徒会室に呼び出された。

「やあ、弟よ。それにネイサも」

 オルビスが優雅に微笑んだ。

「呼び出して悪かったね。実は、君たちに届いた毒入り料理の件で、話を聞きたくて」

「兄貴が?」

「ああ。生徒会長として、学園内で起きた事件は見過ごせないからね」

 オルビスは椅子に座った。

 その周りには、例の三人の側近――ラザール、セリーナ、ダミアン――が控えている。

「まず、君たちが無事で何よりだ」

「ああ、まあ……ネイサが止めてくれたから」

「流石だね、ネイサ。素晴らしい判断力だ」

 オルビスが私を見た。

 その視線が――

 何か、探るようだった。

「それで、犯人に心当たりは?」

「いえ……全く」

 私は慎重に答えた。

「差出人は不明で、配達員も顔を見ていません」

「そうか……困ったね」

 オルビスは指を組んだ。

「でも、学園内に殿下の命を狙う者がいるとなると、看過できない」

「そうだな」

 アーガムが頷いた。

「兄貴、何か情報ない?」

「残念ながら……」

 オルビスは首を振った。

「でも、私の側近たちに調査をさせよう。ラザール、頼めるか?」

「はい、オルビス様」

 ラザール――前に禁書館で呪いを受けた青年――が答えた。

 私は彼をじっと見た。

 怪しい。

 あの時、禁書館を視察に来た理由も不明だった。

 そして、今回の毒殺未遂――

 もしかして、この人が犯人?

「ネイサ?」

 オルビスの声で、我に返った。

「何か気になることでも?」

「いえ……」

 今は、証拠がない。

 軽々しく疑うわけにはいかない。

「そうか。では、何か分かったら教えてくれ」

「はい」

 私たちは生徒会室を後にした。


 廊下を歩きながら、アーガムが呟いた。

「なあ、ネイサ」

「はい?」

「お前、兄貴の側近たち、疑ってるだろ」

「……はい」

 隠しても仕方ない。

「特に、ラザール。彼が一番怪しいと思います」

「でも、証拠ねえんだろ?」

「ええ……残念ながら」

 私は悔しかった。

 犯人が分かっていても、証拠がなければどうしようもない。

「まあ、気をつけようぜ」

 アーガムが私の肩をぽんと叩いた。

「次は、もっと巧妙に来るかもしれねえ」

「そうですね……」

 私は拳を握った。

 次は、絶対に防いでみせる。


 その日の夜、私は一人で配達員の証言を再確認していた。

「黒いローブ……魔法で変えられた声……」

 手がかりが少なすぎる。

 でも、何か見落としはないか。

「ニャア」

 ランスが現れた。

「考え込んでるな」

「ええ……毒殺未遂の犯人が分からなくて」

「オルビスの側近だろ、どうせ」

「証拠がないのよ」

 私は溜息をついた。

「それに、もし側近が犯人だとしても、オルビス本人の指示なのか、それとも側近の独断なのか……」

「どっちにしろ、危険だな」

 ランスは尻尾を揺らした。

「お前、アーガムのこと、本気で守りたいんだな」

「当たり前よ。それが任務だもの」

「任務、ねえ……」

 ランスは意味深に言った。

「本当に、それだけか?」

「何が言いたいの?」

「いや、最近のお前を見てると、任務以上の感情があるように見えるんだよ」

「そんなこと……」

 私は言葉に詰まった。

 確かに、最近アーガムのことを考える時間が増えている。

 彼の笑顔、優しさ、強さ――

 全てが、心に残る。

「まあ、いいけどな」

 ランスはあくびをした。

「お前が幸せなら、俺は何も言わない」

「幸せ……?」

「ああ。お前、最近いい顔してるぞ」

 ランスはそう言って、丸くなって眠り始めた。

 私は窓の外を見た。

 月が、静かに輝いている。

 アーガムの顔が、浮かぶ。

 彼を守りたい。

 それは、任務だから?

 それとも――

 答えは、まだ出せなかった。


 翌朝、私は早起きして図書館で毒物の資料を調べていた。

「『死の眠り草』の毒……入手経路は……」

 分厚い本をめくっていく。

「この毒草は、王国北部の山岳地帯に自生している……採取には特別な許可が必要……」

 つまり、誰でも手に入るわけではない。

「許可を持っているのは……王族、高位貴族、認可を受けた薬師……」

 該当者は限られる。

「そして、学園内で該当するのは……」

 リストを確認する。

 オルビス・フォン・エルドリア――第二王子。

 当然、彼には許可がある。

「やっぱり……」

 私は拳を握った。

 証拠は状況証拠だけだが、オルビスが怪しい。

「ネイサ?」

 突然、声がした。

 振り返ると、アーガムが立っていた。

「こんな朝早くから、何してんだ?」

「あ、アーガム様……毒物の調査を……」

「まだ調べてたのか。もう気にすんなって」

「気にするなって……あなたの命が狙われてるんですよ!?」

 私は思わず声を荒げた。

「分かってる。でも、俺は大丈夫だから」

「大丈夫じゃないです! もし私が気付かなかったら、あなたは死んでいたかもしれないんですよ!」

「でも、お前が気付いてくれたじゃん」

 アーガムは笑った。

「お前がいるから、俺は安心なんだよ」

「え……」

「お前、めちゃくちゃ頼りになるし。魔法も上手いし。それに――」

 アーガムは少し照れくさそうに言った。

「優しいからさ」

「優しい……?」

「ああ。俺のことを、本気で心配してくれてる。それが、嬉しいんだ」

 彼の言葉に、胸が熱くなった。

「当たり前です……あなたを守るのが、私の――」

 任務だから、と言いかけて――

 言葉を飲み込んだ。

 本当に、任務だから?

 それだけ?

「俺の、何?」

「……役目ですから」

 私は誤魔化した。

「そっか」

 アーガムは少し残念そうだった。

 でも、すぐに笑顔を取り戻した。

「じゃあ、朝飯食いに行こうぜ。腹減っただろ?」

「そうですね……」

 私たちは図書館を出た。

 廊下を歩きながら、アーガムが言った。

「なあ、ネイサ」

「はい?」

「もし、また毒が来ても――」

「来ませんよ。次からは、私がちゃんとチェックしますから」

「でも、もし来たら」

 アーガムは真剣な表情で言った。

「俺より、お前の安全を優先してくれ」

「え?」

「俺は丈夫だから、多少の毒なら平気だ。でも、お前は違う」

「私を心配してくれてるんですか?」

「当たり前だろ。お前は、大切な相棒だからな」

 相棒。

 その言葉が、なぜか少し寂しく聞こえた。

 でも、それは贅沢な悩みだ。

「分かりました。でも、あなたも無茶しないでください」

「おう」

 私たちは食堂に向かった。


 その日の昼、再び事件が起きた。

 アーガムの下駄箱に、小さな箱が入っていた。

「何だこれ?」

 アーガムが箱を取り出そうとした瞬間――

「待って!」

 私は慌てて彼の手を掴んだ。

「その箱、魔力を帯びています!」

「魔力?」

「はい。爆発する可能性があります!」

 私は箱に魔法をかけた。

「《隠された術式を暴け――ディスペル・トラップ》」

 箱から、青白い光が立ち上った。

 そして――

 シュウウウウ……

 箱が煙を上げて、消滅した。

「爆発魔法が仕込まれていました」

「マジかよ……」

 アーガムは呆れた。

「今度は爆弾かよ。しつこいな」

「しつこい、じゃないです! これは明確な殺意です!」

 私は怒りを抑えきれなかった。

 誰が、こんなことを。

「周りに誰かいませんでしたか?」

「いや……俺が来た時には、もう箱が入ってた」

「そうですか……」

 また手がかりなし。

 でも、諦めるわけにはいかない。

「とにかく、これも証拠として報告しましょう」

「ああ」

 その時――

「おや、何かあったのかい?」

 後ろから声がした。

 振り返ると、オルビスとその側近たちが立っていた。

「兄貴……」

「下駄箱の前で何をしているのかと思って」

 オルビスが近づいてくる。

「まさか、また何か?」

「……爆弾が仕掛けられていました」

 私が答えた。

「爆弾!?」

 オルビスは驚いた様子を見せた。

 でも――

 その驚きは、本物だろうか?

「大丈夫だったのか、弟よ?」

「ああ、ネイサが防いでくれた」

「そうか……」

 オルビスは私を見た。

「君は本当に優秀だね、ネイサ。弟を守ってくれて、感謝する」

「いえ……当然のことをしたまでです」

「謙遜するな。君がいなければ、弟は――」

 オルビスは言葉を切った。

「とにかく、これは看過できない。私も調査に協力しよう」

「ありがとう、兄貴」

 アーガムが頭を下げた。

 でも、私は疑念を捨てきれなかった。

 オルビス、あなたが犯人なのか?

 それとも――


 その夜、私は師匠に報告していた。

「毒殺未遂と、爆破未遂……二件も続けて」

 師匠の表情は厳しかった。

「犯人の目星は?」

「オルビス、もしくはその側近だと思います。でも、証拠がありません」

「そうか……」

 師匠は考え込んだ。

「ネイサ、お前は今、非常に危険な状況にある」

「はい」

「アーガム王子を守ることは重要だ。だが、お前の命も大切だ。無理はするな」

「……はい」

「それと」

 師匠が付け加えた。

「もし、お前が危険だと判断したら、すぐに撤退しろ。これは命令だ」

「でも、アーガム様を置いて――」

「お前が死んでしまえば、彼を守ることもできなくなる」

 師匠の言葉は正しかった。

「分かりました」

「よろしい。引き続き、警戒を怠るな」

 通信が切れた。

 私はベッドに横たわった。

「大変だな」

 ランスが言った。

「ええ……でも、諦めないわ」

「お前、本当にあの王子のこと――」

「分かってる」

 私はランスの言葉を遮った。

「自分の気持ちくらい、分かってるわ」

「じゃあ、認めろよ」

「……まだよ」

「まだ?」

「任務が終わったら……考える」

 私はそう言って、目を閉じた。

 でも、心の中では――

 既に答えが出ていた。

 私は、アーガムを愛している。

 任務としてではなく、一人の女性として。

 でも、それを認めるのが――

 怖かった。

 なぜなら――この恋は、叶わないから。

 年齢を偽っている。

 正体を隠している。

 全てが嘘の上に成り立っている。

 そんな私に、彼を愛する資格があるのだろうか。

 答えは、出せなかった。

 ただ、一つだけ決意した。

 彼を守る。

 どんな犠牲を払っても。

 それが、私にできる唯一のことだから。

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