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禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る  作者: 秋津冴
第二話 禁書館ライフ

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12/27

5

「待ってください、そこは触らないでください!」

 私は慌てて声を上げた。

 禁書館での勤務を始めて一週間。今日も放課後、アーガムと一緒に禁書館の整理をしていた時のことだ。

 突然、扉が開いて複数の人物が入ってきた。

 先頭にいるのは――赤い髪、整った顔立ち、優雅な物腰。学園の制服の上に、生徒会長の紋章が入った深紅のマントを羽織っている。

 第二王子、オルビス・フォン・エルドリア。

 そして、その後ろには三人の側近らしき生徒たちが続いていた。

「おや、驚かせてしまったかな」

 オルビスが優雅に微笑んだ。

「生徒会長として、禁書館の視察に来たのだが――」

「あ、兄貴!?」

 アーガムが驚いて声を上げた。

「何しに来たんだよ!」

「何って、生徒会長の職務だよ。学園施設の安全確認は、私の重要な仕事だからね」

 オルビスは穏やかに答えた。

 でも――私の叫びの理由に気付いていないようだ。

「あの、本当に触らないでください!」

 私は再び叫んだ。

 オルビスの側近の一人――背の高い、神経質そうな青年――が、禁書館の本棚に手を伸ばしていたのだ。

「え? これ? ただの本でしょ?」

「それは『触れると呪いを発動する魔導書』です! 触ったら大変なことに――」

 私の警告が終わる前に、側近の手が本に触れた。

 瞬間――

 ビリビリビリッ!

 青白い電撃が、側近の体を駆け巡った。

「ぎゃああああああ!」

 側近は悲鳴を上げて、その場で痙攣し始めた。

 そして――

 モクモクモク……

 彼の髪が、煙を上げながら逆立ち始めた。まるで、雷に打たれた人のように。

「な、何だこれ!?」

「電撃呪詛です! 早く解呪しないと、しばらくあのままですよ!」

 私は慌てて駆け寄った。

「《静めよ、荒ぶる雷――カーム・サンダー》《解呪――ディスペル》」

 二つの魔法を連続で唱える。

 電撃が収まり、側近の体から煙が消えていく。

「はあ……はあ……」

 側近は床に倒れ込んだ。

 髪は完全に逆立ったまま、顔は真っ黒に煤けている。

「大丈夫か、ラザール!」

 オルビスが心配そうに駆け寄った。

「も、申し訳ございません、オルビス様……」

「いや、私が事前に注意すべきだった」

 オルビスは自分の側近を起こしながら、私に向き直った。

「助けてくれてありがとう。君が……ネイサ・フィルメント、だったかな?」

「は、はい……」

「素晴らしい魔法制御だ。咄嗟に二つの魔法を使いこなすとは」

 彼は感心したように言った。

 でも――

 その瞳が、私を値踏みするように見ている気がした。


「改めて自己紹介しよう。私はオルビス・フォン・エルドリア。生徒会長を務めている」

 オルビスは優雅に一礼した。

「こちらは私の側近たち。ラザール・グレイ、セリーナ・ローレンス、ダミアン・ブラック」

 三人の側近が順番に頭を下げた。

 ラザール――さっき呪いを受けた青年――は、まだ髪が逆立ったままだ。

 セリーナは、黒髪のショートカットで、鋭い目つきをした女性。

 ダミアンは、筋肉質で無口そうな大男だ。

「で、兄貴。視察って、具体的に何すんの?」

 アーガムが警戒するように聞いた。

「安全確認だよ。最近、禁書館に侵入者が出たと聞いてね。心配になって」

「ああ、それは……」

「君たちが撃退してくれたそうだね。流石だ、弟よ」

 オルビスは優しく微笑んだ。

 でも、どこか作り物のような笑顔だ。

「別に、俺だけじゃねえよ。ネイサも頑張ったし」

「そうか。では、二人とも素晴らしい働きをしているんだね」

 オルビスの視線が、私に向けられる。

 その瞬間――

 背筋に冷たいものが走った。

 この人の魔力――

 どこか、歪んでいる。

 普通の魔力とは違う。まるで、闇に染まったような――

「ネイサ? どうした?」

 アーガムの声で、我に返った。

「い、いえ。何でも……」

「そうか? 顔色悪いぞ」

「大丈夫です」

 私は笑顔を作った。

オルビスは何も言わなかったが、私が動揺していることに気付いているようだった。

「では、館内を案内してもらえるかな? 安全確認をしたいんだ」

「あ、ああ……分かった」

 アーガムが渋々頷いた。


 館内の案内が始まった。

 オルビスは優雅に本棚を見て回り、時々質問をした。

「この辺りは、どのカテゴリーの書物かな?」

「第一カテゴリーです。古代魔法の書が並んでます」

「ふむ。管理は適切に行われているようだね」

 オルビスは満足そうに頷いた。

 その後ろで、側近たちが館内をチェックしている。

 セリーナは本棚の配置を記録しているようだ。

 ダミアンは、無言で壁の魔法陣を観察している。

 ラザールは――まだ髪が逆立ったまま、恨めしそうに魔導書を見ている。

「なあ、兄貴」

 アーガムが不満そうに言った。

「なんで側近まで連れてきたんだよ。俺とネイサだけで十分だろ」

「ダメだよ、弟。複数の目でチェックしないと、見落としがあるかもしれない」

「でも――」

「それに」

 オルビスは少し真剣な表情になった。

「君たちが危険な目に遭っていると聞いて、兄として心配なんだ」

「心配……?」

「ああ。侵入者が現れたんだろ? もし君に何かあったら、私は――」

 オルビスの声が、わずかに震えた。

 演技だろうか。

 それとも、本心だろうか。

「兄貴……」

 アーガムの表情が、少し柔らかくなった。

「悪い。心配かけて」

「いいんだよ。ただ、無理はしないでくれ」

 オルビスはアーガムの肩に手を置いた。

「君は、この国の大切な王子なんだから」

 その仕草は、優しい兄のものだった。

 でも――

 私には、分かった。

 オルビスの手に込められた魔力が、わずかに乱れていた。

 まるで、何かを抑え込んでいるような――

「オルビス様」

 セリーナが呼んだ。

「第二カテゴリーの確認が完了しました」

「そうか。ご苦労様」

 オルビスはアーガムから手を離した。

「では、第三カテゴリーも見せてもらえるかな?」

「第三カテゴリー?」

 私は思わず声を上げた。

「あそこは、最も危険な魔導書が保管されている場所です。一般の方は――」

「私は一般ではないよ」

 オルビスが微笑んだ。

「第二王子であり、生徒会長だ。見る権利はあるはずだが?」

「それは……そうですが……」

 私は困った。

 確かに、王族なら立ち入る権限はあるだろう。

 でも、何かが引っかかる。

「ネイサ、いいぜ。案内しようぜ」

 アーガムが気軽に言った。

「でも……」

「平気平気。兄貴なら信用できるし」

 アーガムは、自分の兄を疑っていないようだ。

 私は仕方なく頷いた。

「分かりました。では、こちらへ」


 第三カテゴリーは、禁書館の最奥にあった。

 鉄格子で囲まれた部屋。扉には、複雑な魔法陣が刻まれている。

「ここが……」

 オルビスが感嘆の声を上げた。

「素晴らしい防御魔法だ。この魔法陣、少なくとも20層は重なっている」

「よく分かりましたね」

 私は驚いた。

 普通の魔導士では、この魔法陣の構造を見抜けない。

「私も魔法の研究をしているからね」

 オルビスは微笑んだ。

「特に、古代魔法には興味がある」

「古代魔法……」

「ああ。失われた技術、封印された知識――それらを解き明かすことが、私の趣味なんだ」

 彼の目が、わずかに輝いた。

 その輝きが――

 どこか、危険な光に見えた。

「中には入らないでください」

 私は釘を刺した。

「あそこには、触れただけで命を落とす魔導書もあります」

「分かっているよ。外から見るだけだ」

 オルビスは鉄格子に近づいた。

 そして、中を覗き込む。

「……これは」

 彼の表情が、一瞬変わった。

 驚き? いや、違う。

 まるで、何かを見つけたような――

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

 オルビスはすぐに表情を戻した。

「素晴らしい蔵書だね。これらが悪用されないよう、しっかり管理してほしい」

「はい」

「では、視察はこれで終わりにしよう」


 オルビス一行が帰った後、私とアーガムは禁書館に残された。

「ふう……疲れたな」

 アーガムが伸びをした。

「兄貴、ああ見えて結構細かいんだよな」

「そうですね……」

 私は浮かない顔をしていた。

「どうした? 元気ねえぞ」

「いえ……ただ、気になることが」

「何が?」

「オルビス様の魔力……何か、違和感がありました」

「違和感?」

「はい。普通の魔力とは違う、何か……歪んだような」

 アーガムは首を傾げた。

「俺には分かんなかったけどな。兄貴、普通だったぞ」

「そうですか……」

 もしかしたら、私の気のせいかもしれない。

 でも――第三カテゴリーを見た時のオルビスの表情。

 あれは、何かを企んでいる顔だった。

「まあ、気をつけるに越したことはねえな」

 アーガムが私の頭をぽんぽんと叩いた。

「お前が言うなら、何かあるんだろ。俺、お前の勘を信じるから」

「……ありがとうございます」

 彼の言葉に、少し救われた気がした。


 その日の夜、寮の部屋でランスと話していた。

「あの人……危険だわ」

「オルビスのことか?」

「ええ。表面上は優しい兄を演じているけど、内側に何か恐ろしいものを隠している」

 私はベッドに座りながら、今日のことを振り返っていた。

「魔力が歪んでいた。普通の人間の魔力じゃない」

「禁呪でも使ってるんじゃないか?」

「その可能性はあるわ。それに、第三カテゴリーを見た時の表情……明らかに何かを探していた」

「厄介だな」

 ランスが尻尾を揺らした。

「師匠に報告した方がいいんじゃないか?」

「そうね……今すぐ報告するわ」

 私は魔法通信を起動した。


「師匠、報告があります」

 水晶に映し出された師匠の顔は、いつも通り厳しかった。

「何だ?」

「本日、第二王子オルビス殿下が禁書館を視察に訪れました」

「……オルビスが?」

 師匠の表情が、わずかに変わった。

「理由は?」

「生徒会長としての職務、とのことです。安全確認のためだと」

「ふむ……」

 師匠は考え込んだ。

「で、お前の印象は?」

「危険です」

 私は断言した。

「彼の魔力は歪んでいます。何か、禁じられた魔法を使っている可能性があります」

「具体的には?」

「分かりません。でも、間違いなく普通ではありません。それに、第三カテゴリーの魔導書に異常な関心を示していました」

「……やはりか」

 師匠が呟いた。

「やはり、とは?」

「実は、王宮でも第二王子の動きを警戒している。彼は表向きは優秀な王子だが、裏では怪しい動きをしているという情報がある」

「怪しい動き?」

「禁呪の研究、闇魔法の蒐集――そういった噂だ。確証はないが、無視できない」

 師匠は真剣な表情で言った。

「ネイサ、お前の任務を追加する」

「はい」

「第二王子オルビスの動きを探れ。ただし、絶対に気付かれるな」

「承知しました」

「それと」

 師匠が付け加えた。

「アーガム王子を、オルビスから遠ざけろ。彼が弟を狙っている可能性がある」

「分かりました」

 通信が切れた。

 私は深く息を吐いた。

「大変なことになったな」

 ランスが言った。

「ええ……でも、やるしかないわ」

「お前、本当にアーガムのことを守りたいんだな」

「当たり前よ。それが任務だもの」

「任務、ねえ……」

 ランスは意味深に言った。

「本当に、それだけか?」

「何が言いたいのよ」

「いや、別に」

 ランスはくるりと背を向けた。

「ただ、お前の顔が、最近変わってきたなって思ってさ」

「変わった?」

「ああ。アーガムの話をする時、表情が柔らかくなる」

「そ、そんなこと……」

「まあ、いいけどな。お前が幸せなら、俺も嬉しいし」

 ランスはそう言って、丸くなって眠り始めた。

 私は一人、窓の外を見た。

 月が、静かに輝いている。

 アーガムの顔が、脳裏に浮かぶ。

 彼を守らなければ。

 オルビスから。

 そして、他の全ての危険から。

 それが、私の使命だ。

 でも――

 ランスの言葉が、頭から離れなかった。

「本当に、それだけか?」

 私は、自分の心に問いかけた。

 アーガムを守りたいのは、任務だからか?

 それとも――

 いや、考えるのはやめよう。

 今は、任務に集中しなければ。

 私はベッドに横たわり、目を閉じた。


 明日から、新しい任務が始まる。

 オルビスの監視。

 これは、きっと困難な道になるだろう。

 でも、私は諦めない。

 アーガムを、必ず守ってみせる。

 その決意を胸に、私は眠りについた。

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