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その後、日常業務に戻った。
魔導書の整理、目録作成、見回り。
地味な作業が続く。
「ネイサ、この本、どこに置けばいい?」
「それは第一カテゴリーの『火魔法の歴史』ですね。あちらの棚に」
「了解」
アーガムが本を運んでいく。
彼の役割は、主に力仕事だ。
重い本を運んだり、高い場所の本を取ったり。
一方、私は記録や整理を担当する。
完璧な役割分担だ。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「お前、魔法以外に趣味とかあんの?」
「魔法以外……?」
考えたこともなかった。
「えっと……読書とか……」
「魔導書だろ?」
「……はい」
「やっぱりな」
アーガムが笑った。
「お前、完全に魔法オタクだな」
「オタクって……」
「いいじゃん、オタク。俺も筋トレオタクだし」
「筋トレオタク……」
確かに、彼の筋肉は尋常じゃない。
「じゃあ、アーガム様は魔法以外に何が好きなんですか?」
「うーん……動物?」
「動物?」
「ああ。犬とか猫とか、可愛いじゃん」
意外だった。
この筋肉脳筋王子が、動物好き?
「ほら、あそこ」
アーガムが指差した先――
本棚の隅で、小さな白い子猫が丸くなっていた。
「猫!? なんでこんなところに!?」
「迷い込んだんだろ。おいで」
アーガムが優しく手を伸ばすと、子猫が近づいてきた。
「ニャア」
「よしよし、怖かったろ」
アーガムは子猫を優しく抱き上げた。
その仕草が――
やけに優しくて、驚いた。
「可愛いな、お前。どっから来たんだ?」
「ニャア」
子猫がアーガムの手を舐める。
懐いている。
「……意外ですね」
「何が?」
「アーガム様、動物に優しいんですね」
「そりゃそうだろ。弱い者は守らなきゃ」
彼は当然のように言った。
その言葉に、胸が温かくなった。
「じゃあ、この子、外に出してあげましょう」
「ああ」
私たちは一緒に、子猫を外に逃がしてあげた。
夕方になり、見回りの時間になった。
館内を一周して、異常がないか確認する。
「今日も平和だな」
「ええ。侵入者もいませんし」
「でも、油断はできねえな」
アーガムが真剣な表情で言った。
彼も、番人としての自覚が出てきたようだ。
「そろそろ日が暮れますね」
窓の外を見ると、夕焼けが美しかった。
「綺麗だな」
「ええ」
私たちは並んで、窓から外を眺めた。
沈黙。
でも、居心地の悪い沈黙ではない。
むしろ、心地いい。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「お前、なんでこの学園に来たんだ?」
突然の質問に、心臓が跳ねた。
まずい――
正直に答えられない。
「え、えっと……魔法を学びたくて……」
「そっか。お前なら、もっと凄い学校でも行けそうだけどな」
「そ、そんなことないですよ」
「いや、お前すげえよ。俺より絶対頭いいし」
「そんなこと……」
私は言葉に詰まった。
嘘をついているのが、辛い。
でも、言えない。
「ネイサ」
「はい?」
「お前と番人やれて、良かったよ」
アーガムが笑った。
「最初は面倒くせえって思ったけど、今は楽しい」
「私も……楽しいです」
本心だった。
任務として始めた番人業務。
でも、今は純粋に楽しい。
アーガムと一緒にいる時間が、楽しい。
これは――
いや、考えるのはやめよう。
完全に日が暮れた後、最後の見回りをした。
夜の禁書館は、静かで少し不気味だ。
「明かりつけるか」
アーガムが魔法で灯りを灯した。
柔らかい光が、館内を照らす。
「上手ですね、光魔法」
「これくらいなら使えるよ」
私たちは螺旋階段を上がり、最上階へと向かった。
そこには、小さなバルコニーがある。
「お、ここ初めて来たかも」
「私もです」
バルコニーから外を見ると――
「わあ……」
満天の星空が広がっていた。
街の灯りから離れた場所だからか、星がとても綺麗に見える。
「すげえな……」
アーガムも感嘆の声を上げた。
「こんな綺麗な星空、久しぶりに見た」
「ええ……」
私たちは並んで、星空を見上げた。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「星座とか、分かる?」
「少しだけ。あれが北斗七星で、あれがオリオン座で……」
「へえ、詳しいじゃん」
「魔法と星は、昔から関係が深いんです。占星術とか」
「そうなんだ」
アーガムは興味深そうに聞いていた。
「俺、星座とか全然分かんないんだよな」
「じゃあ、教えましょうか?」
「マジで? 頼む」
私は星座を一つ一つ説明していった。
アーガムは真剣に聞いている。
こういう時の彼は、子供のように無邪気だ。
「あ、流れ星!」
突然、アーガムが指差した。
見ると、一筋の光が夜空を横切っていった。
「本当だ……」
「願い事、した?」
「え?」
「流れ星見たら、願い事するんだろ?」
「あ、ああ……忘れてました」
「俺は間に合ったぜ」
アーガムが得意げに言った。
「何を願ったんですか?」
「それは秘密」
彼は笑った。
その横顔が――
星明りに照らされて、綺麗だった。
ドキドキする。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「ネイサ」
「は、はい?」
「お前、いい奴だな」
「え……?」
「真面目で、優しくて、魔法が好きで。一緒にいると、楽しい」
アーガムの言葉に、顔が熱くなった。
「そ、そんな……」
「俺、お前と友達になれて良かったよ」
友達。
その言葉が、少しだけ――
寂しく感じた。
なぜだろう。
「私も……友達になれて、嬉しいです」
そう答えながら、胸の奥に違和感があった。
友達。
それでいいのだろうか。
いや、それ以上を望んでいるのか、私は?
「さて、そろそろ戻るか」
「そうですね」
私たちはバルコニーを後にした。
その夜、寮の部屋でランスと話していた。
「お前ら、完全にケンカップルだな」
「は!?」
思わず声が大きくなった。
「ケンカップルって……何を言ってるの!?」
「だって、見てたぞ。禁書館で口論してるの」
「あ、あれは……価値観の違いで……」
「でも、戦う時は息ぴったりだったな」
「それは……連携が大事だから……」
「それに、星空見てる時のお前の顔、完全に恋する乙女だったぞ」
「こ、恋する!?」
顔から火が出そうだ。
「違う! 私はただ――」
「ただ?」
「任務で……彼を守らなきゃいけないから……」
「本当にそれだけか?」
ランスの黄色い瞳が、私を見つめる。
「お前、アーガムのこと、どう思ってる?」
「それは……」
言葉に詰まった。
どう思っているのだろう。
最初は、ただの護衛対象だった。
でも、今は――
「分からない……」
正直に答えた。
「自分でも、よく分からないの」
「まあ、焦る必要はないさ」
ランスは優しく言った。
「時間をかけて、ゆっくり考えればいい」
「……うん」
私は窓の外を見た。
星が、静かに輝いている。
アーガムと見た、あの星空。
彼の横顔。
優しい言葉。
全てが、心に残っている。
これは――
恋、なのだろうか。
まだ、分からない。
でも、確かなことが一つある。
アーガムと一緒にいると、楽しい。
彼の笑顔を見ると、嬉しい。
彼に褒められると、心が温かくなる。
これが何を意味するのか――
いつか、分かる日が来るのだろうか。
私は、その答えを探し始めていた。




