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「それは違います! 魔法は力じゃなくて、芸術なんです!」
私は思わず声を荒げていた。
禁書館での番人業務を始めて五日目。今日も放課後、アーガムと一緒に魔導書の整理をしていた――はずだった。
それなのに、なぜか魔法論争になっている。
「いや、でもさ」
アーガムは腕を組んで反論した。
「魔法って結局、力だろ? 敵を倒すための、強い力」
「違います! 魔法の本質は、その構造の美しさや、魔力の流れの調和にあるんです! 力はただの副産物に過ぎません!」
「副産物って……お前、本気で言ってんの?」
「本気です!」
私たちは、お互いに一歩も譲らなかった。
きっかけは些細なことだった。
アーガムが「この魔法、威力すげえな!」と興奮気味に言った一言から、私が「威力じゃなくて構造の美しさを見てください!」と反論し――
気付けば、30分も口論していた。
「つーか、ネイサはさ」
アーガムが呆れたように言った。
「魔法陣見てる時、めちゃくちゃ幸せそうな顔するじゃん。あれ、完全にオタクの顔だぞ」
「オタクって……失礼ですね!」
「いや、褒めてるんだって。好きなもの見てる時の顔、可愛いし」
「か、可愛い……」
また言われた。
顔が熱くなる。
「ほら、また照れてる」
「照れてません!」
「嘘つけ。顔真っ赤だぞ」
その時――
ゴゴゴゴゴ……
突然、床が揺れ始めた。
「え? 地震?」
「いや、違う! これは――」
私は周囲を見回した。
本棚の一つから、禍々しい黒い魔力が溢れ出していた。
「魔導書の暴走!」
「マジかよ!」
黒い魔力は、まるで生き物のように蠢き、床を這っていく。
そして――
私たちの足元に到達した瞬間、魔力が爆発的に膨れ上がった。
「うわっ!」
アーガムが私を庇うように抱き寄せた。
黒い魔力が、私たちを包み込む。
まずい――
目を開けると、見慣れない景色が広がっていた。
「……ここ、どこ?」
アーガムが呟いた。
私たちは、真っ白な空間の中に立っていた。
床も壁も天井も、全てが白。何もない、無の空間。
「これは……魔導書の中に閉じ込められたみたいですね」
「魔導書の中!?」
「ええ。さっきの黒い魔力、おそらく『幻惑の魔導書』が暴走したんです」
私は周囲を確認した。
「この魔導書は、触れた者を幻想の世界に閉じ込める魔法がかかっています」
「どうやって出るんだ?」
「魔導書の核となる魔法陣を見つけて、それを解除すれば……」
その時、白い空間に亀裂が走った。
そこから、黒い影が這い出してくる。
「何だ、あれ!?」
影は、みるみるうちに形を成していく。
巨大な狼。いや、三つ首の魔獣だ。
「幻獣……! この魔導書、防衛機能もあったのね!」
三つ首の魔獣が、牙を剥いて襲いかかってきた。
「くそっ! こういう時は――」
アーガムが拳を構えた。
「力で解決するしかねえ!」
「待ってください! 計画を――」
「計画は後だ! まず生き残れ!」
アーガムが突進した。
もう――この脳筋!
でも、仕方ない。
私も魔法を構えた。
「《風よ、刃となれ――ウィンド・ブレード》!」
風の刃が、魔獣の一つの首を切り裂く。
同時に、アーガムの拳が別の首に炸裂した。
「おりゃああ!」
ドゴォッ!
魔獣が怯む。
「今です! もう一撃!」
「おう!」
私は次の魔法を唱えた。
「《氷よ、牢獄となれ――アイス・プリズン》!」
氷の檻が魔獣を包み込む。
動きが止まった――今だ!
「アーガム様、上から!」
「分かった!」
アーガムが跳躍した。
その高さ、5メートル以上。
人間離れした跳躍力だ。
「落ちろおおお!」
アーガムの拳が、魔獣の頭部に叩き込まれた。
ゴッ!
魔獣が粉砕される。
黒い煙となって、消えていった。
「やった……!」
「ふう……」
アーガムが着地した。
「お前の魔法、ナイスタイミングだったぞ」
「アーガム様の力も、すごかったです」
私たちは顔を見合わせて、笑った。
息がぴったりだった。
口論している時とは大違いだ。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「俺たち、意外といいコンビかもな」
「……そうかもしれませんね」
私は素直に認めた。
価値観は違う。
でも、戦う時は信頼できる。
それが、パートナーというものなのかもしれない。
「さて、ここから出る方法を探しましょう」
「おう」
白い空間を歩き回り、ようやく魔法陣を見つけた。
床に刻まれた、複雑な魔法陣。
「これが核ですね」
「どうすんの?」
「解除魔法を使います。でも、この魔法陣は複雑だから……時間がかかります」
「じゃあ、俺が守る」
アーガムが私の前に立った。
「また魔獣が来るかもしれねえからな」
「……お願いします」
私は魔法陣の解析を始めた。
構造を読み解き、解除の手順を組み立てていく。
集中する。
周囲の音が消えていく。
ただ、魔法陣だけが私の世界を満たす。
これだ――
「《封印よ、解かれよ――アンシール》」
魔法陣が光り出した。
白い空間が、揺れ始める。
「出られる!」
「よし!」
光が強くなり――
私たちは、元の禁書館に戻っていた。
「はあ……はあ……」
床に倒れ込む。
疲れた。
魔力を使いすぎた。
「大丈夫か、ネイサ?」
アーガムが心配そうに覗き込んできた。
「え、ええ……ちょっと疲れただけです」
「無理すんなよ」
彼は私を抱き起こしてくれた。
優しい。
「あの、アーガム様」
「ん?」
「さっきの戦闘……ありがとうございました。助かりました」
「お互い様だろ。お前の魔法がなかったら、俺も危なかったし」
彼は笑った。
「でもさ、やっぱり魔法って力だよな」
「……は?」
「だって、あの魔獣、お前の魔法で倒したじゃん」
「いえ、あれはアーガム様の物理攻撃があったからこそ――」
「ほら、また始まった」
アーガムが笑った。
「お前、本当に魔法の話になると止まらねえな」
「……うるさいですね」
私も笑ってしまった。
こうやって言い合えるのも、悪くない。




