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禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る  作者: 秋津冴
第一章 爆発と出会い

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「あの、すみません。私、その実験には反対だと何度も言ったんですけど――」


 私――ネイサ・フィルメント、21歳、王国筆頭宮廷魔導士アルフレッド様の一番弟子にして、万年2位の魔導師――は現在、16歳の学生として偽装中だ。

 そして今まさに、学園の魔法実習室で起きようとしている大惨事を、どうにか食い止めようと必死になっている。

「いいから黙ってろよ、ネイサ! 俺たちの実験を邪魔すんな!」


 クラスメイトのゴードン――自称「天才魔導士の卵」――が、私の忠告を無視して魔法陣に魔力を注ぎ込んでいる。

 その魔法陣は、どう見ても構成が間違っている。第三魔力循環系の接続点が二箇所ずれているし、安定化の術式が完全に欠落している。これでは暴走するに決まっている。


「ゴードン、本当にやめた方がいい。その魔法陣、第三魔力循環系の接続が――」

「うるせえ! お前、入学してまだ一週間だろ? 先輩の俺に意見すんな!」


 ああ、もう。こういう時、本当の年齢を明かせたらどれだけ楽か。

 私は5年間も魔法を研究してきたんだ。16歳の新入生よりは、少しは物を知っている。

 でも、それを言うわけにはいかない。

 私がこの王立魔法学園に潜入したのは、ある極秘任務のためだ。第三王子アーガム・フォン・エルドリア殿下――次期国王最有力候補――の護衛。彼の命を狙う何者かの存在を、師匠が察知したのだ。


『ネイサ、お前には特別な任務を与える』


 一週間前、師匠の研究室で言われた言葉が蘇る。


『第三王子アーガム殿下が通う王立魔法学園に、学生として潜入してもらいたい。殿下の身辺を守り、暗殺の企てがあれば事前に防げ。ただし、正体は絶対に明かすな。殿下本人にもだ』

『なぜ私が? もっと適任者がいるのでは……』

『お前は若く見える。21歳だが、16歳と言っても通用するだろう。それに――』


 師匠は意味深に微笑んだ。

『お前は万年2位だ。目立たない。それが今回の任務には最適だ』


 万年2位。そう、それが私の二つ名だ。

 魔導士としての実力試験、研究論文の評価、あらゆる場面で私は常に2位。

 1位はいつも師匠の二番弟子、リオン・ブライトだ。

 派手な魔法を好み、常に注目を集める彼とは対照的に、私は地味で目立たない。

 でも、それでいい。私が愛しているのは、魔法そのものの美しさ――

 精緻に組み上げられた魔法陣の幾何学的完璧さ、魔力の流れが生み出す数式の調和、古代から受け継がれてきた術式の芸術性だ。

 派手な魔法を撃つことより、魔導書を読み、魔法公式を解析している時間の方がずっと好きだ。

 だから、目立たない潜入任務は私に向いている……はずだった。


「おい、ネイサ!  ボーッとしてんじゃねえよ!  今から凄いもん見せてやるからな!」


 ゴードンの声で現実に引き戻される。彼の手から放たれた魔力が、欠陥だらけの魔法陣に流れ込んでいく。

 まずい。

 魔法陣が激しく明滅し始めた。予想通り、第三魔力循環系が暴走している。このままでは――

 ドンッ!

 魔法陣の中心から、青白い光の柱が噴き出した。爆発だ。


「うわああああ!」


 ゴードンと周囲の学生たちが悲鳴を上げる。爆発の衝撃波が教室中に広がり、机や椅子が吹き飛ばされていく。

 私は咄嗟に魔法を発動させようとした――いや、待て。目立ってはいけない。でも、このままでは怪我人が出る。どうする?

 一瞬の逡巡の後、私は決断した。被害を最小限に抑える魔法なら、誰も気づかないかもしれない。


「《静謐なる風よ、猛き力を包み込め――エアリアル・カーテン》」


 小声で詠唱し、透明な風の壁を展開する。爆発の衝撃波は風の壁に吸収され、威力を大幅に削減される。さらに、飛び散った破片を空中で停止させ、ゆっくりと地面に降ろしていく。

完璧だ。

 これなら――


「おおおおおおりゃああああああ!」


 突如、教室の扉が吹き飛んだ。

 いや、正確には扉を蹴破って、誰かが突入してきた。

 高身長。筋骨隆々とした体格。赤い髪をロングヘアで後ろに流し、翡翠色の瞳が鋭く光る。学園の制服を着ているが、その上半身の筋肉は制服を今にも破りそうなほど盛り上がっている。

 そして彼は、爆発の余波で倒れかけていた本棚に向かって突進すると――


「危ねえ!」


 素手で本棚を受け止めた。

 は……?

 その本棚は、古代の魔導書が収められた重量級のものだ。軽く見積もっても300キログラムはある。それを、この男は片手で、まるで羽根のように軽々と支えている。


「お、おい、大丈夫か!」


 彼は本棚を壁際に立てかけると、教室内を見回した。その視線が私を捉える。

 翡翠色の瞳。赤い髪。そして、その顔立ち――

 ああ、これは。

 第三王子、アーガム・フォン・エルドリア殿下だ。

 護衛対象その人である。


「おい、お前!  怪我してないか!」


 アーガムが私に駆け寄ってくる。いや、走り方が尋常じゃない。まるで突進する猪のようだ。


「え、あ、はい、大丈夫です――」

「そうか!  よかった!」


 彼は私の肩を、バンバンと叩いた。

 痛い。

 いや、これ、普通の人だったら骨が折れてるのでは?


「つーか、何があったんだ?  廊下まで爆発音が聞こえたぞ?」

「それは……実験の失敗で……」


 私が答えようとした時、ゴードンが床から起き上がった。


「う、うう……何が起きたんだ……」

「おい、お前!  大丈夫か!」


 アーガムがゴードンに近づく。ゴードンは彼を見上げて、顔を青くした。


「あ、アーガム殿下!」

「殿下とか堅苦しいのやめろ。ただのアーガムでいい」


彼はそう言って、ゴードンを引っ張り上げた。その力は容赦なく、ゴードンは「うぐっ」と呻いた。


「で、何があったんだ?」

「じ、実験が……暴走して……」

「実験? ああ、この魔法陣か」


 アーガムは床に描かれた、今やひび割れて半分消えかけている魔法陣を見下ろした。そして――


「これ、間違ってんじゃねえか?」


 え?

 私は思わず彼を見た。この脳筋王子が、魔法陣の間違いに気付いた?


「ほら、ここ。この線、こっちに繋がってないとダメだろ? 魔力がここで詰まって、爆発するに決まってんじゃん」


 彼が指差したのは、まさに第三魔力循環系の接続点だ。

 正確に。

 完璧に。

 彼は魔法陣の欠陥を見抜いている。


「お前ら、基礎からやり直せよ。魔力循環の基本、分かってねえだろ」

「も、申し訳ございません、殿下……」

「だから殿下って呼ぶなっての」


 アーガムは頭をガシガシと掻いた。その仕草は、どこか可愛らしい――いや、何を考えているんだ私は。


「つーか、爆発したのに誰も大怪我してねえのは運が良かったな」


 彼はそう言って、教室を見回した。確かに、爆発の規模の割には被害が少ない。それは私が魔法で――


「おい、お前」


 突然、アーガムが私を指差した。


「え?  は、はい?」

「お前、さっき魔法使っただろ?」


 心臓が跳ねる。

 見られていた?


「い、いえ、私は何も……」

「嘘つけ。見たぞ。爆発の瞬間、お前の周りに風が渦巻いてた。しかも、飛び散った破片が空中で止まってたのも見た」


 まずい。完全に見られていた。


「あ、あれは……」

「すげえな!  咄嗟にあんな精密な魔法を使えるなんて!」


 え?


「お前、新入生だろ?  名前は?」

「ね、ネイサ・フィルメントです……」

「ネイサか! 俺はアーガム。よろしくな!」


 彼は豪快に笑って、私の手を握った。

 強い。

 握力が強すぎる。骨が軋む。


「い、痛い……」

「おっと、悪い!  力加減、苦手なんだよな」


 彼は慌てて手を離した。私は痛みをこらえながら、自分の手を確認する。

 赤くなっているが、骨は無事そうだ。


「にしても、お前の魔法、すげえ綺麗だったぞ。風の魔法陣、めちゃくちゃ精密に組まれてた。あんなの初めて見た」

「え……あ、ありがとうございます……」


 褒められて、思わず顔が熱くなる。いや、落ち着け。私は21歳だ。

 16歳の少年――いや、王子だが――に褒められて動揺している場合ではない。


「お前、魔法好きなのか?」

「え?  あ、はい。とても」

「そっか!  俺も魔法、嫌いじゃねえぞ。まあ、どっちかっていうと身体使う方が好きだけどな!」


 彼はそう言って、自分の二の腕を叩いた。筋肉が盛り上がる。

 この人、本当に王子なのだろうか。


「ところで、ネイサ。お前、これから予定あるか?」

「え?  いえ、特には……」

「じゃあ、この教室の片付け、手伝ってくれよ。お前の魔法なら、あっという間だろ?」

「あ……はい、分かりました」


 断る理由もない。というか、これは護衛対象に近づく絶好のチャンスだ。


「よし!  じゃあ、さっさと片付けようぜ!」


 アーガムはそう言って、倒れた机を片手で持ち上げ始めた。

 私は呆然としながら、彼の背中を見つめていた。

 これが第三王子アーガム。

 筋肉で全てを解決する、規格外の人物。

 そして、私が命がけで守らなければならない人。

 この出会いが、後にどんな運命をもたらすのか――この時の私は、まだ知らなかった。


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