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[全九話]芽瑠来琉堂のぬいぐるみ ~ 善人だけが訪れる雑貨店 ~  作者: 安ころもっち


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9/9

芽瑠来琉堂のぬいぐるみ 終


――― 満たされた悪魔の決断


 静寂に包まれた「芽瑠来琉(めるくる)堂」。その店内で安楽椅子に座る老婦人アマノは深く息をはいた。


「もう、良いかな?」


 彼女の姿は穏やそうな老婦人に見えるが、その深くに眠っている根源は、数多の『選ばれし善人』の幸福と引き換えに回収された、(おびただ)しい数の「負の感情」、「魂の贄」が蓄えられていた。


 ルク、エル、ポン、クー、ゴロ、チル……。


 棚に並ぶ全てのぬいぐるみが、持ち主の人生から喰らった濃縮された糧となる贄をもたらしてくれた。長きにわたりそれを収穫し続けていたその贄を、アマノの依代の維持に消費していた。


 残りは自らの根源にへと注ぎ込み、その力を蓄えてきた。


 アマノの力はすでに神マリアの呪いを破れる域に達していた。


 彼女の本来の目的は、自らに呪いと使命を課した修道女――、今や神へと至った存在である神マリアへの報復、そして世界を再び混沌と殺戮の闇で満たすことであった。


 今ならそれができる。


 長年積み上げられていった復讐の炎は、まだアマノの根源の奥底で静かに燻っている。


「報復を……」


 そうつぶやいてはみたが、あと一歩、その狂おしいほどの渇望を爆発させる気力が湧かなかった。


 それはなぜか?とアマノは考える。


 彼女が永い時をかけて集め維持してきた『殻』、すなわち老婦人の姿とこの『芽瑠来琉(めるくる)堂』が、あまりにも幸せな聖気に満たされていたからなのかもしれない。


 選ばれし善人から得た純粋な幸福、満たされた人生の安息、救われた魂の感謝。


 アマノはその対価として狂おしいほどの負の感情を喰らい続けたが、同時にその『善意の光』を魂に染み込ませ続けてきた。


 彼女の悪魔の魂、その根源はその清らかな光に慣れ、幸福感に染まり、アマノの根源を深く癒し続けていたのだ。


 彼女の心の臓に相当する悪魔の根源は、もはや憎悪ではなく、満たされた幸せの歓喜に震え叫んでいた。神マリアへの報復はもう、自身の渇望では無くなってしまったのかもしれない……。


 そんな気がした。




――― 解放と昇天


 アマノは棚に並ぶ全てのぬいぐるみに向かって、静かに語りかけた。


「解放しよう」


 そう、彼女は「解放」を選んだ。


 それは、憎悪からの解放であり、自らに課せられた呪いからの解放であり、そして世界を闇に引きずり込むという悪魔の宿命からの解放だった。


 そう、彼女は言ってしまった。


 次の瞬間、彼女の肉体、『老婦人の殻』が、内側から激しく輝き始めた。それは彼女が数百年の時をかけて集めた、圧縮された莫大な幸福と活力の光だった。


 光は店内を強く照らし、店内に充満している濃く甘い闇を打ち消し、燃え盛る金色の嵐となってアマノの根源を昇華させた。


「ありがとう、愛しき子たちよ……」


 アマノは心からの感謝と共に、その光の柱となって『芽瑠来琉(めるくる)堂』の消失とともに夜空へと昇って行った。


 天を目指す彼女の周りには、彼女の魂の欠片でもあるぬいぐるみたちがいた。


 ルク、エル、ポン、クー、ゴロ、チル……。


 彼らの小さな体もまた光を放ち、まるで、母親に優しく甘えるように、アマノと共に夜空へと消えていった。




――― 消え去った芽瑠来琉(めるくる)


 翌朝。


 選ばれし善人に幸せを届けていた雑貨店『芽瑠来琉(めるくる)堂』はこの世界から消え去った。


 まるで最初から存在しなかったかのように。


 これにより、絶望を抱えた善人が訪れる、悪魔の力を切り売りする救いの場は、完全にこの世界から消えてなくなった。


 新たな絶望を抱えた善人は、もう、この不思議な雑貨店に助けを求めることはできなくなってしまった。


 世界は再び殺伐とした日常に戻ったのだ。


 しかし、その消滅は必ずしも絶望を意味するものではない。


 長年悪魔の力を行使したアマノは、自らの意思により人々に幸福を与え続けた。その行為は自らの欲望を具現化する手段ではあったが、最も純粋な思いからの善行となった。


 呪いを打ち破り開放された悪魔は、その魂を浄化し昇天した。


 その優しい光はいつの日か新たな天使として、再び人々を導くためにこの地上へと舞い戻ってくるかもしれない。


 その種はすでにあちらこちらに蒔かれていた。


 アマノが幸せを与えた『選ばれし善人』の血族が、その記憶を語り伝え、周囲にその痕跡を残すのだ。


 絶望を抱えた善人たる人々は今、己の人生の不幸に嘆き悲しみ、落胆しているのだろう。だが、かつて悪魔だった魂の欠片が与えた希望の種が、やがては芽吹き、育ち、新たな希望の贄となる日は近いのだ。


 あなたも今、人生の路地裏で立ち尽くしているかもしれない。


 あなたを導く光はもうすぐ……。


 ただ、忘れてはいけないことは……、彼の根源は嘗て悪魔だった魂であったこと。


 どんなに清らかに昇華され根源の変遷を遂げたとしても、天使となって再来し幸せな施しにより救いを与えたとしても……、彼の根源は疑いようもない悪魔だったのだ。


 選ばれし善人である者には、一生の幸福を運ぶだろう。


 だがしかし、その周りに存在する悪意ある魂には、決して幸運は訪れず、その悪意は喰い荒らされこの世の地獄を体験することになるだろう。


 選ばれし善人たる清らかな魂にのみ、彼女の救いは訪れるのだ。


 どちらの未来も、選ぶことができるのはあなただけ……。


 それを忘れぬよう、どうか……、どうか……。




 芽瑠来琉(めるくる)堂のぬいぐるみ ~ 完 ~


これにて終話となります。

お目汚し失礼いたしました。


そして、最後までお付き合いありがとうございました。


ブクマ、評価、励みになります。感想お気軽にお書きください。


すでに新作投降中です。


『憎しみに憑かれた黒薔薇令嬢は全て壊す為、復讐の魔歌を謳う。』


作中で歌います。恥ずかしさを堪え書いた稚拙な話ですが、恥ずかしさを堪えお読みいただければと思います。色々挑戦してみたい症候群を患ってますので、診察していただければと助かります。

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