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[全九話]芽瑠来琉堂のぬいぐるみ ~ 善人だけが訪れる雑貨店 ~  作者: 安ころもっち


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芽瑠来琉堂のぬいぐるみ 陸


――― 収穫の時


 深夜二時。


 世界の歪みの中でひっそりと時を待つ「芽瑠来琉(めるくる)堂」では、軋む音も、風の音も、何もなく、時が止まったかのようが静寂に包まれていた。


 店主である老婦人は、店の奥の安楽椅子に腰かけ、静かに新たな『選ばれし善人』の来店を待ち続けていた。


 次の瞬間、木棚の一角に影が落ちた。


 さっきまでは空席だった棚のスペースに、コロコロと太ったネズミのぬいぐるみがちょこんと座っている。まるで久しぶりに再会した主人を懐かしんでいるように、愛らしい瞳がきらりと輝きを放っていた。

 その毛並みは使い込まれて擦り切れているが、その愛らしい顔には、長い旅路を終えた達成感と、どこか自信に満ち溢れた、そんな強い輝きが感じられた。


 ネズミのぬいぐるみの名は『チル』という。


 老婦人は静かに立ち上がり、柔らかな動作で優しくチルを抱き上げた。


 その小さな体からは想像できないほどのずっしりと、人の一生分の尊さを思わせる重みを持っていた。もちろんその重みは物質的なものではなく、一人の人間の幸福な一生で蓄えた感情の重さだった。


「お帰りなさい、チル。随分と長旅だったのね。そして、お疲れ様……、しばらくはここでゆっくりと、おやすみなさい……」


 老婦人は優しく微笑みチルの小さな鼻先を撫でた。




――― チルが見た顛末


 老婦人の意識は、遠い過去へ飛んだ。


 このネズミのチルを連れ帰ったのは、仕組まれた誤解から最愛の弟と仲たがいしてしまい、まるでこの世の終わりと思わせるほど絶望を感じていた中学生の少年だった。


 どうやらあの時の少年は、チルの導きで無事弟と仲直りし、その後も互いを思いやる豊かな人生を歩んだようだ。

 最後ま幸せだった天寿を全うしたことは、チルの中に蓄えられ感情の重みですぐに理解することができた。


 幸せな人生を贈った持ち主が発した幸福感。だが、当然なことながらチルが蓄えたのはそれだけではなかった。


 少年が弟と仲たがいするよう巧妙に誘導していたグループの子供たち。そして、自分の子供のためにとその悪意に加担していた親たち……。

 チルは少年が幸福と絆を取り戻す間中、彼らが発する「陰湿な悪意」「他者への嫉妬」「無責任な傍観」といった負の感情の全てを、その一滴さえも取りこぼすことなく、その小さな口で喰らい続けた。


「チュル、チュルル……」


 小さなネズミの囁きは災いの呼び水となったのだろう。


 グループの子供たちに最初に訪れたのは、悪夢による睡眠不足であった。それにより、子供たちは授業に身が入ることもなく、みるみるうちに成績を落としていった。


 それにより親からの叱責を受けた子供たちは、そのイライラを身近な友人たちに向けてしまう。


 さらにはなぞの病気による身体的な問題や、空き巣による金銭的な問題も生じていった。そういった大小さまざまな不幸が子供たちを悩ませた。加担した親たちは、仕事上の失態、近所からの信用失墜、リストラなど、数々の悲運に見舞われた。


 そして彼らは、まるでその街の全てから拒絶されたかのように、一年を待たずしてその街を去る羽目になった。


「あの善良な少年を助けるためとはいえ、随分と大きな闇を喰らったものだね。でもその甲斐あってあの街は、少しの間、全ての膿を出し切ったかのように清々しく、爽やかに空気になっていたようだね?」


 老婦人はチルから感じ取った過去の出来事に静かに笑った。


 他人を不幸にするその力は常に気まぐれに、『選ばれし善人』を助けるためだけにばら撒かれるのだ。




――― 闇を喰らう悪魔


 老婦人はいつものように、チルのずっしりとした重みのそれへと意識を集中させた。


 持ち主が天寿を全うするまでに貯めこんだ、チルの中の潤沢な「幸福」と「不幸」が感じられる。これは持ち主の人生における幸福の全てを凝縮したものであると同時に、その幸福を妬む愚者から注ぎ込まれた、強大な負のエネルギーの塊でもあった。


 老婦人にとって、これこそが究極の「贄」である。


「さあ、お前の仕事は終わったよ」


 老婦人がそっとチルの背中を押すと、ネズミのぬいぐるみからは黄金の冷たい柱が立ち昇った。それは悪魔としての力を取り戻すために行われた、長い年月をかけた対価の収穫だった。


 老婦人は深呼吸と共にその粒子を体内に取り込んだ。


 粒子が身体の深部、封印された悪魔の根源に触れる。

 ズンという重苦しい音と共に、自らの力が脈動する強い高揚感を感じた。老婦人の目元に刻まれた皺がわずかに伸び、その背筋がピンと張り、失われていた強大な力がまた一歩、神へと抗う力に近づいたことを悟った。


「マリアの呪いも、もうすぐ終わりに近づくわね。感謝するよチル、今はもう、おやすみ」


 老婦人は満足そうに微笑み、チルの鼻先をもう一度撫でた。


 力を譲りきったたネズミのぬいぐるみは、再び重みを失い軽くなっていた。


 彼女はチルを他のぬいぐるみたちと共に、丁寧に棚の定位置に戻した。


 チルは、その大きな瞳で店の扉を見つめている。


 次の『選ばれし善人』への介添え、そして次の獲物の「負」を喰らうお役目が訪れるのを、今はただ静かに待ちわびている……。


 「芽瑠来琉(めるくる)堂」という悪魔の巣穴は、穏やかな静寂に満たされながら、甘い香りを満たしながら、ひっそりとそこに存在した。


 全ては悪魔が力が満ちる、その日まで……。


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