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精霊国物語

【精霊国物語番外編】すみれ色の願い

作者: 夢野かなめ

 仄かに光るその姿を目にした時、アメリアの胸に湧き起こったのは、喜びだった。


 ──あぁ、ついに。


 アメリアは安堵と共に喜びに打ち震えた。


 しかし、目の前に現れた彼は、アメリアに呼び掛けを与えに来た訳ではなかった。ただ、彼が多くの者に愛され、その想いを許に力を満たしているからに過ぎなかった。


 彼は、アメリアに微笑みかけた。


 すみれの精霊。


 精霊国で特に愛されている花の力を司る精霊。


 アメリアもすみれの花が好きだった。とびきり甘い香りを漂わせる、小さな花。ふとした場所に根を下ろし、彩る花。


 すみれの花は、アメリアの心にも根を下ろした。


 初めて彼と視線を交わしてから、アメリアの中で〝好き〟の形が少しずつ変化していった。


 時折、自身の中に芽吹いた想いを、アメリアは弄んだ。


 ──この想いは、恋というものかしら。


 だが、相手は精霊だ。そのような話は聞いたことがない。


 命世界にはあらゆる種族が居て、他種族が交わるという話は多くはないが聞く話だった。しかし、命世界、精霊界の者が結ばれたという話は聞いたことがない。そもそも精霊とは、精霊王が自ら生み出した、いわば分身というべき存在なのである。


 司る力によって、その性質や資質から〝性格〟とでもいうべきものはある。意思の疎通も、その力を受ける者には可能だ。それでも、精霊の存在する意味とは、命世界に力を満たし、精霊界での力の流れを紡ぐこと。


 命世界の者のような〝好意〟は存在しない。


 そうとは知っていても、アメリアは自身の中で膨れ上がる想いを抑えきれなかった。


 すみれの精霊が現れれば、自然と笑みが零れてしまうし、マリーエルと親しげに話す様子を見ていると、自分も、とつい口に出したくなってしまう。


 勿論、精霊姫であるマリーエルに精霊が慕うのは当然のこと。妬んだりしている訳では決してない。


 マリーエルの世話役でいられること、マリーエルが笑顔を向けてくれることに、アメリアは深い感謝と、喜びを見出している。一生をかけてこの役目を果たすという覚悟もある。


 しかし、すみれの精霊だけは──彼だけは、何においても特別だった。


 唯一、アメリアの瞳でも捉えることの出来る精霊。


 ──もっと、私だけを見てくれればいいのに。


 そう思う自身を、アメリアは度々叱った。


 ──在り得ない。こんなことが許される筈がない。


 自身が否定する想いは、その度に膨らんでいき、胸を締め付けた。


 アメリアは幼い頃からそうしてきたように、自身の想いを抑え込み、笑顔を浮かべた。その内に、心のずっと奥底に想いは仕舞われ、痛むことは少なくなった。


 ただ、彼を目の前にした時にだけ、その想いは息を吹き返し、アメリアの身を焦がす。


 そのように想いをやり過ごしていたアメリアは、ふと、ひとつの可能性を感じ取り、思い悩むことになった。


 彼の瞳の奥に、熱を捉えたような気がしたのだ。


 まだほんの小さな灯り程度の熱。


 聞けば、すみれの精霊は、確かによく姿を現わすが、それでも長く留まることはないという。皆に力を与え、ただ、すみれの花を咲かせていくのだと。


 アメリアが、すみれの精霊を視ることが出来るという事実は、ほんの一部の者にしか知られていなかった。それは、視えるということは、呼び掛けを受けたということか、と問われるのを避ける為であったし、それはアメリアのずっと深い所を痛ませることだったから、アメリアは問われでもしない限りは、自ら明かすことはなかった。


 一度だけ、アントニオから問われたことがあったが、答えないままに終わってしまっていた。それでも、アントニオは接する内に知ったのか、それ以来この件に関して触れてくることはなかった。


「どうにか飾るだけでなく、姫に私の力に触れて貰うことは出来ないだろうか」


 すみれの精霊から相談を受けたアメリアは、驚きと共に嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。


 勿論、マリーエルの世話役だから声を掛けられた。ただ、それだけだったのだろう。だが、アメリアにとってそれ以上の意味があった。


 マリーエルがアントニオの講義や、舞の稽古、家族との時間を過ごす間に、アメリアはすみれの精霊とよく共に過ごした。「姫への贈り物にしたいから」とこっそり会いに来るすみれの精霊の様子にも、まるで密会をしているようでドキドキした。


 例え、この想いが一方的なものだとしても、満たされる思いだった。


 鼻をくすぐるすみれの香りに酔いしれる。


 そんな時、マリーエルが寝入ったのを見届け、あとは自身も眠るだけとなった頃にすみれの精霊がアメリアの許を訪れた。


「少し、月の光を浴びないかい」


 アメリアは、そっと差し出されるすみれの精霊の手を、僅かに震える手で取った。


 城内は静まり返り、木々がそよぐ音や、虫や鳥たちが鳴く声しか聞こえなかった。それでも、まだ起きて働いている者もいる。もし、すみれの精霊と居る所を見られてしまったら……。


 アメリアは何処か後ろめたさを感じている自身に、内心で苦笑した。


 何も、可笑しなことはしていない。


 精霊に誘われ、それに応えただけ。


 精霊城の裏手にある、月光降り注ぐ地に腰を下ろしたすみれの精霊は、アメリアを隣に招き寄せると、そっと瞳を閉じた。


 その姿に思わず見とれていたアメリアは、同じように瞳を閉じ、深く息をした。


 すみれの甘い香りが、呼吸をする度に身の内を満たしていく。


 視界は閉ざされているのに、すみれの精霊の存在を強く、濃く、感じ取ることが出来た。


 ──精霊の力を感じるということは、こういうことなのかしら。


 ふっと瞳を開けたアメリアは、すみれの精霊が微笑みながら自身を見つめていたのに気が付き、頬を染めた。


「この地は月の光がよく届く。それでいて気の流れが落ち着いていて、お気に入りの場所なんだ」


 そう言ってすみれの精霊が手を差し伸べると、そこから零れ落ちた煌めきが地へと根を下ろし、花を咲かせていく。


「そして、多くの者がこの地にすみれが咲くと知っていて、それをこっそりと心の内に仕舞っている場所。この地は、様々な者の想いが咲く場所でもある」


 アメリアは、世話役の集まりの際に〝想いを伝える場所〟と聞いたことがあるのを思い出した。その予定がないから聞き流していたが、此処のことだったのかと思い至り、ハッと顔を上げた。


 すみれの精霊は、幼精を生み出し、歌っている。


 ──そんな訳はない。


 つい苦笑したアメリアは、すみれの精霊の歌に聞き入った。


 ふと、すみれの精霊が手を伸ばし、アメリアの頬を撫でた。


 ドキリ、と胸が高鳴る。


「私の力を受けたかのような瞳だね」


 その言葉は、アメリアの耳の奥を甘くくすぐり、焦がした。


「……ええ」


 この瞳を持って生まれたことに、この日ほど誇らしく、喜びに満ちた想いを抱いたことはないだろう。


 アメリアはふいに潤んだ瞳で、すみれの精霊を見上げた。


「また、こうして会うことは出来るかしら」


 そう、口にしていた。


 それは、切なる願いだった。ずっと胸の奥に仕舞っていた筈の、痛いまでに求める想い。


「あぁ、勿論」


 それが、どのような意味を持って発された言葉なのか、それ以上踏み込んで訊ねることは出来なかった。それでも、十分だった。


「夜が深くなるね」


 そう言ったすみれの精霊と別れ、アメリアはふわふわとした足取りのまま部屋へと戻る途中、「アメリア」と呼び掛けられた。


 振り返ると、クッザールだった。


 少し疲れの感じられる顔で、微笑みを浮かべている。


 もし良ければ息抜きでも、というクッザールに断る訳にもいかず、アメリアは並んで廊を歩き出した。


 クッザールからの好意は十分すぎる程に伝わってきていた。それは周囲にも広く伝わり、それに関して、羨望の目で見られたり、消極的な意見を耳にすることがある。


 力を持たぬ者を、三男とはいえグランディウスの子孫と結ぶのはいかがなものか。


 そういった意見は、自然とアメリアの耳にも入ってくるのだった。


 アメリアは、じっと耐え、悩んできた。


 力がないこと自体と、クッザールの想いに応えるべきではない──応えることが出来ない。ということに。


 アメリアがマリーエルの世話役となり、クッザールと出会った。それ以来、クッザールは何かとアメリアの許を訪れていた。本人は隠しているつもりのようだったが、流石のアメリアも自身に向けられる特別な好意に気が付かない訳ではなかった。幼い頃は、クッザールと共に生きる道を考えたこともある。それ程には、アメリアもクッザールに対する想いを長い間抱いていた。


 しかし、アメリアは出会ってしまった。この瞳に捉えてしまった。──すみれの精霊を。


 カルヴァスから度々渡されるクッザールからの手紙を開く度、ちくりと胸が痛むようになったのは、いつからだろう。アメリアを慈しみ、深く愛しているのだと、手紙や贈り物から伝わってくるのに、暗い気持ちが浮かぶようになったのは。その想いを断り切れない自分に、嫌悪感を抱くようになったのは。


 いつからだろう。


 今もこうして断り切れず、誘われるままに時を過ごしている。


 クッザールの瞳に宿る熱に抗いきれない。そのくせ、心はすみれの精霊を求めている。


「貴女はすみれの花がお好きでしょう?」


 その言葉に、アメリアはハッと息を飲んだ。


 ──好き。そう、私はすみれの精霊が。彼が、好き。


 焦がれるような瞳のままに見上げたクッザールは、ごくりと喉を震わせ、アメリアへと手を伸ばし、それを不自然に宙で止めた。


「貴女の瞳にはすみれが宿っている」


 ──あぁ……。


 アメリアの頭の中はすみれの精霊でいっぱいになった。


 好き。好き。好き……。彼に、触れたい。触れて貰いたい。


 ね、と首を傾げるクッザールに、ぼんやりとした頭で頷いたアメリアは、それが逢瀬の誘いだったことに、遅れて気が付いた。


 ──なんてことを。彼の想いには応えられないのに。


「でも……」


 そうアメリアが言おうとすると、クッザールは縋るようにアメリアの手を取った。


 アメリアは考えた。


 ──ちゃんと伝えなければならない。想いに応えられないということを。


 小さく頷いたアメリアに、心底嬉しそうで、安堵した顔をするクッザールに罪悪感を抱きながら、アメリアは「お部屋まで送りましょう」と差し出された手を取った。


 クッザールを傷つけたい訳ではない。想いにだって応えられるなら応えただろう。それでも、アメリアの気持ちは決まっていた。


 どんなことがあっても、例え届くことのない想いでも、それでも、すみれの精霊を愛しぬくと。




 マリーエルの成人の儀が近付くにつれて、アメリアも、そして隊を率いるクッザールも暇を作り出せなくなり、結局約束したすみれの丘へと訪れることのないまま時は過ぎた。


 手紙だけはカルヴァスを通して届いていたが、アメリアは心の何処かでホッとしている自分が居るのを感じていた。


 すみれの精霊は、変わらずアメリアの許を訪れて時を過ごした。精霊には、命世界の者の都合など関係がない。


 ある時、すみれの丘があるんですって? と訊いたアメリアに、すみれの精霊は誇らしげに笑った。


「では、これから行こう」


「え?」


 夜はとうに深くなっている。そろそろ別れの時間だと寂しさを募らせていたアメリアの手を、すみれの精霊はぱっと取ると、その手を引き始めた。ふわりと浮かんでいた足を地に下ろし、アメリアに合わせるように歩く。


 繋いだ手を見下ろしたアメリアは、このままで居られたらいいのに、と深く願って、内心で笑った。


 すみれの精霊は歌いながら歩いていく。その歌声に合わせ、すみれの花が咲く。後ろを振り返れば、すみれの花の道が出来上がっていた。その先頭を歩くのは、すみれの精霊と、彼と手を繋ぐアメリアだ。


 すみれの道は、すみれの丘へと続いていく。


 辿り着いた丘で、一面に広がるすみれの花に、アメリアはうっとりと息を漏らした。


 その様子を見たすみれの精霊が、誇らしげに笑う。


 丘の上まで着くと、すみれの精霊は座り込み、空を見上げた。


「我等には陽の光が必要だ。だが、月の光もよいものだ。夜を照らし、あらゆるモノ達を穏やかに包む」


 アメリアは繋いだままの手に引かれるように、すみれの精霊の横に座ると、空を見上げた。


 空には星々も瞬いている。


 しかし、アメリアの意識は、繋がれた手に向いていた。


 そっと手に力を込めると、すみれの精霊がそれを握り返す。空から移された瞳は、面白そうにアメリアを見下ろしている。そのずっと奥に、灯る熱。


「私は、この所考えている」


 突然、すみれの精霊が言った。


「ええ」


 じっと考えるようにしたすみれの精霊は、アメリアと繋いだ手を見つめた。


「君と過ごす内、こうしていたいと感じるんだ」


 アメリアは目線を上げ、すみれの精霊を見つめ返した。


「……え?」


 アメリアの様子に、すみれの精霊は首を傾げる。


「私は多くの者の想いを見守ってきた。私には命世界の者の心は判らなかったが、でも、君には……きっと、そういう……」


 そこで言葉を止め、不安そうにするすみれの精霊に、アメリアは高鳴る胸を押さえ、訊いた。


「例えば、私に触れたり、触れられたり……そういうことがしたいと思うということ……?」


「そう。例えば──」


 ふいに顔を近付けたすみれの精霊は、自身の唇をアメリアの唇に重ねた。


 そうしてから、身を固くするアメリアに首を傾げる。


「こういうことだ。これは、恋というものだろう?」


 アメリアは、じわりと視界が滲むのに顔を俯けた。慌てた様子のすみれの精霊が、そっと目元を拭う。


「私に触れて欲しくはなかった?」


 アメリアはぶんぶんと首を振った。


 ──違う。違う。違う。触れて欲しい。


「でも、貴方は精霊で……精霊は、恋をしないのでしょう?」


 震える声で言うと、すみれの精霊は表情を曇らせた。


「そう……精霊は恋をしない。では、この君に抱く気持ちはなんだろう。呼び掛けるのとは違う。姫に対する想いとも違う。この想いは──」


「私は、貴方が好きよ」


 アメリアの声に、すみれの精霊が目を瞬いた。


「私の想いを聞いて、貴方はどう感じたの?」


 アメリアの瞳から涙が零れ落ちる。この涙が何の為に流れているのか、今のアメリアにはそれを考えることが出来なかった。ただ、愛おしい相手への想いで満たされていく。


 すみれの精霊は、そっとアメリアに頬ずりすると、嬉しそうに笑った。


「満たされる。まるで、気の流れに私の力を流すような……それでいて、何処か異なっている。君を、身の内に捕らえてしまいたい。これは、恋心……だろうか?」


「ええ」


 頷いたアメリアは、そっとすみれの精霊を抱き締めた。その首筋に顔を埋め、深く息をする。すみれの香りが濃く香る。


「貴方が好き。ずっと、こうしたかった」


「ずっと? いつから?」


 すみれの精霊の問いに、アメリアは小さく笑う。


「そうね……きっと出逢った時から」


 あぁ、と呻いたすみれの精霊は、そっとアメリアの背に手を回すと、優しく力を込めた。


「私が見守ってきた者たちは、こういう心地だったのだろうか。こうして、想いを伝え合い、互いを感じ取っていたのだろうか」


「ええ、きっと。貴方は私を感じる?」


「あぁ、感じるよ」


 アメリアは、深く満たされていった。精霊に体温というものは存在しない。それでも温かい想いが体を包む。触れたい。触れられたい。


 きっとその手段は異なっている。


 きっとこの想いは間違っている。


 きっと誰にも理解されない。


 それでも、離したくない。


 顔を上げたアメリアは、すぐ目の前のすみれの精霊の瞳を見つめ、ねぇ、と呼び掛けた。


「もう一度……」


 そこまで言って恥ずかしさに顔を俯けようとしたアメリアの頬を、すみれの精霊の手が包み込んだ。その手は優しく頬を滑り、くっと首を引き寄せると、どちらからともなく唇を重ね合わせた。


 すみれの花が咲き乱れる。


 次々にすみれの精霊から零れ落ちた煌めきは、地に落ち、根を生やす。二人の周りを、すみれの花が囲むように咲く。


 このまま二人の存在が溶けあってしまえばいいのに。


 器を捨て、互いを感じるだけのモノとなることが出来たなら。


 アメリアは、想いが届いた途端より深くなった想いに、内心で苦笑した。


 そうしながら、すみれの香りで自身を満たし、幸せな想いに浸っていった。


 きっと──恋とは、そういうものだから。



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