022
公園からの帰り道は、ショッピングモールに向かった時と随分違っていた。
まず、JCの数が増えていた。行きは細い路地を通ってきたから、大きな道には元々これくらいの数はいたのかもしれないが、それにしたって増えている。
まだ都市部に蔓延する数には届かないだろうけれど、首を回せばどこかに必ずJCの姿がある。彼女等に耐性のない人からすれば、地獄のような光景だろう。
気掛かりな点はまだある。
先ほどからちらほらと、地面に座り込んだまま動かないJCがいる。手足を投げ出し、電池が切れた人形みたいな姿勢で固まっている。
しかし、よく考えれば当たり前のことだった。
JCは食事を摂らない。ゾンビに似た感染経路を持っているが、彼女等は人を喰わず、仲間を増やすことに注力している。エネルギーを消費するだけで補充する手段がないなら、いずれ尽きるのは当然の理であり、動かなくなった彼女達は感染初期に生まれた個体なのだろう。
およそ五日で、JCは死ぬ。
未曾有のパンデミックではあったが、対策を徹底すれば簡単に収束しそうだ。僕の特異な体質も、あと数日で価値を失う。
まあ、そうなことはどうでもいい。
罪人の僕に、居場所なんてない。世界がどうなろうと知ったことではないし、彼女と一緒に残された時間を過ごす以外に興味はない。
しばらく歩き通して、金剛さんの家に着く。インターホンを押すと、不機嫌そうな声が返ってきた。
「どちらさま?」
「瑪瑙です」
「ああ、戻ってきたのね。食べ物は?」
「リュックの中」
ぶつりと通話が切れてから、玄関扉が微かに開く。
まだるっこしい開け方だ。取っ手を掴んで思い切り開け放してやると、寝起きで髪の毛がぼさぼさの玻璃さんが立っていた。
「はあっ!? なに考えてんのよ!」
未だにJCに怯えているのか。気の小さいことだ。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ声は無視して家に上がり、食料の詰まったリュックを玄関に放る。
「あんたねえ……!!」
「僕達はいらない。好きに食べればいい」
「あっそう! ついにJCになったんだ! きもっちわる! さっさと死ねよ!!」
喧しい女。
腹が立ったので、踵を軸に振り返り、吠えるだけで無防備な腹を思い切り蹴り込む。
「おげえっ」
玻璃さんは汚い悲鳴を上げながら吹き飛び、玄関扉に衝突した。ずり下がる体を胸倉を掴んで引き起こし、間近で視線を合わせてやる。
「ここで僕が唾を吐いたら、どうなると思う?」
下手な脅しにもそれなりの効果はあったようで、玻璃さんは顔を青くして首を振った。
この女の協調性の無さには杉石君も、金剛さんも手を焼いていた。もう少し痛めつけてやろうかと思ったが、後ろから手を引かれる。
「ごめんね。今行くから」
そうだ。こんな奴のことはどうでもいい。
手を握り返し、一緒に二階へ向かう。
「ま、待ちなさいよ」
本当に鬱陶しい。体を向けるのも面倒で、首だけ振り向いて睨みつける。
玻璃さんはたじろいで、背中が玄関扉に張り付くまで後ずさるが、息を飲み込み震えを堪えると、泣きそうな目で睨み返してきた。
「す、杉石くんは? それに金剛も、何か変よ。なんでさっきから喋らないの」
つまらない質問だ。足を止めるほどの価値はなかった。玻璃さんから視線を切って、再び足を動かす。
「あんた達、おかしいわよ! ふ、二人とも、脳みそまでJCになったんじゃないの!?」
そうだとして、問題はない。
玻璃さんの喚き声を背に、僕と金剛さんは手を繋いで階段を登り進めた。
◇◆◇
「玻璃さん、うるさかったね」
二階の金剛さんの部屋。
木と白で構成されたシンプルな内装の室内で、カーペットの上に二人並んで座っている。
「金剛さんは何で生徒会に入ったの?」
彼女は何も答えない。表情の変化もない。反応らしい反応は、繋いだ手に微かに力が込もったくらいだ。
元の彼女も無口な方だったが、今の彼女ほどではなかった。玻璃さんの言うとおり、金剛さんはJCになったのだろう。
しかし。
あらためて、金剛さんの全身を見やる。
確かに彼女は破裂したが、その姿は生前と何も変わっていない。破れた制服から覗く素肌にも、傷ひとつ見当たらない。そのままの姿で生まれ直したと言われても納得してしまいそうなほどだ。
他のJCとは明らかに違う。思えば、杉石君の時もそうだった。ウィルスは僕の中で特異な変化を遂げたのかもしれない。
けれどおかげで、金剛さんと再会できた。彼女が僕を助けた理由を知ることはできないが、命の恩人が隣に居てくれるだけで充分だ。
「何かして欲しいことはない? 金剛さんのためなら何でもするよ」
恩義に任せた口先の発言だったが、初めて金剛さんに反応があった。俯いたままだった首が持ち上げられ、ゆっくりと僕の方に向けられる。
焦茶色の瞳。陽の角度によって淡褐色に煌めくそれは、僕の唇をじっと見つめている。
「キスしたいの?」
金剛さんの顔がさっと赤くなる。けれど目を逸らすことはせず、口を一文字に引き絞って小さく頷く。
「……うん。僕もしたい」
驚かせないよう、彼女の両頬に手を添える。温かな人肌の温度がじんわりと移り、僕の頬も熱くなる。
少しずつ、距離が近づく。
つ。
触れるだけの優しいキス。
数秒の間を置いて、そっと離れる。正面から向き合うのが照れ臭くて、気づいたら二人とも正座していた。
「ふふ」
緊張はお互い様だ。話すことはできずとも、金剛さんの表情は分かりやすい。安心と可愛らしさに思わず笑うと、彼女もつられて微笑んだ。
二度目は彼女の方から。
僕の手を取ると、指を絡ませ引き寄せて、抱き締めるようなキスをする。お互いが自然と舌を伸ばし、見えないところで深く繋がる。
鼻息がかかるのも気にせず、一心不乱に求め合う。彼女の大きな体は僕の体重を簡単に受け止め、ふくよかな胸の奥から心臓の鼓動が伝わる。
数分、数十分か。時間を忘れて混じり合っていると、彼女は僕の手を引いて倒れ込んだ。
金剛さんを押し倒すような体勢。呼吸を早くした彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしたまま、しかし、何かを期待するような目で僕を見上げている。
彼女に覆い被さり、体の前面をぴったりと合わせる。背中に腕を回して更に抱き寄せると、柔らかな感触に全身が沈む。
牡丹が相手のときのような、恐怖も罪悪感もない。
金剛さんの心地良さに、僕はただ溺れた。




