016
僕には二つ下の妹がいる。
瑪瑙牡丹と瑪瑙杏。
双子の彼女等は兄の贔屓目に見ても可愛らしく、特に杏は微生物の研究者である両親に似て頭が良かった。
両親としても、優秀な妹の方が可愛かったのだろう。杏を連れて研究所に籠ることが多くなり、僕と牡丹は幼年期の大半を二人きりで過ごした。
「ぼたん、おにいちゃんとけっこんする」
二歳の頃だったか。自我の芽生えも曖昧な時期から、牡丹は口癖のようにそう話していた。
嬉しかった。
家族であろうと、自分を認めてもらえるのは誇らしい。両親との関係が希薄な僕にとって、唯一の肉親とも言える牡丹からの好意は、保護者不在の寂しさを紛らわせてくれた。
「おにいちゃん。ちゅうして」
小学校に上がっても牡丹は変わらなかった。校内でもお構いなしに手を繋ぎたがり、しきりにキスを求めてくる。
家の中ではもっと激しい。折角部屋が分かれているのに四六時中僕の部屋に入り浸り、片時も離れることを許さない。トイレも例外ではなく、僕が用を足すときは牡丹も個室に入り、終えるまでをじっと観察されていた。
「お兄ちゃん。牡丹以外の人と喋らないで」
妹の態度が一般的な兄妹と比べて近すぎると理解したのは、僕が中学一年生の頃だ。
校舎が離れたことで同年代と会話する機会が増えたが、そこで初めて自分と牡丹の関係の異常さを思い知った。
普通の兄妹は一緒にお風呂に入らない。キスしない。同じ布団で眠らない。裸で抱き合って、股座を擦り付けられることもない。
牡丹にとって僕は唯一といっていい肉親だ。だからこそ、間違いを犯すうちに矯正しなければならない。
「牡丹。今日からは一人でお風呂に入りなさい」
牡丹は荒れた。大泣きしながら喚き散らし、辺りの物を薙ぎ倒した後、蹲って動かなくなった。
それでも僕は心を鬼にした。
徹底的に距離をとり、会話は必要最低限に抑える。牡丹は何度も抗議してきたが、尽く拒絶した。
今だけだ。今だけ乗り越えれば、僕達は普通の兄妹に戻れる。
「お兄ちゃんが悪いんだよ」
中学一年の八月、僕は牡丹に初めてを奪われた。
深夜、人の気配と物音に目を覚ましたときには両手足を縛られていて、抵抗する術はなかった。
「あいしてる」
性知識は疎かったが、兄妹でしてはいけないことは分かった。
一方的で暴力的な愛をぶつけられ、恐怖心すら快楽で塗り潰される。縛られた手首が腫れるほどの時間を犯され続け、解放されたのは陽が昇り再び沈んだ後だった。
「明日もしようね」
断れなかった。
動画をちらつかせたり、時には自分の命を盾に関係を強要する牡丹に僕は従うしかなかった。
いや、それは言い訳だ。
結局のところ、僕は自分の性欲に負けたのだ。生き物として間違っていると知りながら、妹への欲情を否定しきれなかった。仕方がないと自分を正当化して目先の快楽に溺れていた。
だが、そんな関係がいつまでも続くはずがない。
ほとんど育児放棄されていたが、僕等はまだ子供で、両親は生きている。
「あんた達、なにしてんの」
毎日のように交じり合う日々を送り、僕が中学三年、牡丹が一年の頃。
前触れなく帰宅した両親に牡丹との行為を目撃された。
お互い裸で繋がっている最中だ。言い逃れようがなかった。
両親は僕と牡丹に興味はない。しかし、世間体はある。
僕等はすぐに引き離された。僕は遠くの古いアパートに、牡丹は自宅に軟禁という形で。住む場所が与えられただけ温情かけてもらった方だろう。もっとも、更生施設に放り込まなかったのは両親の世間体が故に、であるが。
最低な理由で始めた一人暮らしは、自省と後悔の連続だった。
僕が安易に突き放さなければ、牡丹が凶行に走ることはなかったのではないか。
性欲を抑えて冷静に諭せば、牡丹も諦めがついたのではないか。
牡丹という少女をもっと知っていれば、彼女が抱える感情に気づくことができたのではないか。
懺悔したところで許されるわけではない。牡丹と過ごした、寂しくも優しい時間が戻ってくることはない。
それでも、過去を悔いるのを止めることはできなかった。どこからか噂が流れたのだろう、妹と関係を結んだという罪が歪んだ形で伝わり、迫害を受けるようになっても、当然の罰と受け入れた。いっそ殺してくれとさえ願っていた。
だが、願いとは往々にして届かないものだ。僕の罪は更に重く、命なぞでは到底償えないほど大きく膨れ上がることになる。
牡丹の訃報が届いたのは、中学の卒業式当日の朝だった。
牡丹は首を括って死んだ。
あいしてる、の一言を遺して。
◇◆◇
はっと意識が覚醒する。
飾り気のない蛍光灯がぶら下がった灰色の天井。固くなった背中を起こして周りを見やる。憶測だが、ここは従業員用の休憩スペースのようだ。
「おっ。目、覚めたか」
「天河君。僕は一体──」
「急に倒れたんだ。……ま、無理もないよ」
どうやら面倒をかけてしまったらしい。起き上がろうとしたところを、天河君に手で制される。
「まだ動かなくていい。杉石呼んでくるからじっとしてろ」
天河君が棚の角に回り込む。秒と待たずして、息を切らせた杉石君が飛び出してきた。
「瑪瑙くん! 大丈夫か!?」
「う、うん。心配かけてごめん」
額に汗が浮いている。自業自得のトラウマで気絶しただけなのに、持病か何かで倒れたものと勘違いさせてしまったみたいだ。
「いや、瑪瑙くんが謝る必要ないんだ。君の気持ちに気づけなかった俺が悪い。本当にごめん」
「わっ。そんな、頭下げたりしないで。杉石君が謝ることなんて何もないよ」
「そうだ。謝らなきゃならないのは俺と虎目だよ」
僕と杉石君のやりとりを見守っていた天河君はそう言って、深々と頭を下げる。
「悪い。もっと早く止めるべきだった」
「天河君も謝らないで。疑われるような僕が悪いんだし」
「それも含めてだ。普段の瑪瑙くんを見てれば、絶対にそんなことしないって分かってたのに。どっちかっていうと妹の方が──ああ、悪い。とにかく、俺はあんな噂信じてないし、虎目にもちゃんと言っておいた。安心してくれ」
「......まだ言い足りないけどな」
不承不承に呟く杉石君を見て、天河君が苦笑する。叱責は中々に激しいものだったらしい。
「あいつからもちゃんと謝らせるよ。おい、虎目」
天河君がバックヤードの外に向かって声をかける。
しかし、返事はない。不審に思った天河君が外を覗き込むと、背中だけでも分かるくらいに肩をびくつかせた。
「助けて……」
げっそりとした虎目君が顔を見せる。かと思えば、彼を無理やり押し退けて、中年の女性が割り込んできた。
神経質そうな顔立ちの女性だ。失礼な言い方になるが、積極的に関わりたくなる雰囲気の人ではない。
彼女は僕達を睥睨し、粗々しい足取りで近寄ってくる。杉石君が遮るように立つと、いかにも気分を害したという風に表情を歪めた。
「なにか用ですか」
「用!? あるに決まってんだろ! ウチの子がいなくなったっていうのに何寝てんだよ!!」
「は?」
「役立たずのクソガキどもが! ウチのシオンが攫われたんだ! はやく探しに行けよ!!」




