014
「最近、先輩がバイク買ったって自慢してたのを思い出したんだ。マジで運が良かったよ」
はにかみながらそう言う杉石君は、長年の愛車のようにバイクを乗りこなしている。加速、減速に揺れはなく、シフトレバーを握る手つきは滑らかだ。ノーヘルメットを心配すべきところだが、風に靡く亜麻色の髪を見ていると、それこそが正しいライダーの姿だと思えてしまう。
「ちゃんと腹のあたりに掴まれよ。落っこちちゃうぞ」
「でも、僕の手、JCの涎で汚れてるから」
「風でよく聞こえない。ほら、遠慮すんなって」
杉石君が僕の手を取り、お腹にぎゅっと押し当てる。シャツ越しでも筋肉の凹凸が分かる、丹念に鍛えられたお腹だ。時速60キロを生身で走るのは恐ろしいことだが、彼になら安心して身を任せられる。
「俺、免許取る。これが終わったら絶対」
杉石君が前を向いたまま呟く。彼の声は力強く、吹き流れる風の中でもはっきりと聞き取れる。
「そしたらさ、今度はちゃんとツーリングしよう。牧場行ってソフトクリームとか食べようぜ」
世界が元通りになる保証はない。戻れたとしても、彼はもっと優れた人達と付き合っているべきで、運良く命を救われただけの僕は相応しくない。僕と杉石君の人生が交わることはないだろう。
それでも僕は分不相応にも、彼等に認められ、共に歩む未来を夢見てしまった。
◇◆◇
十分ほどの道程を経て、目的のショッピングモールが見えてきた。
中学生ぶりに訪れたわけだが、見た目は何も変わっていない。パニック映画で見るようなバリケードもなく、疎に車が停まっているだけだ。
平日の空いているショッピングモール。何の変哲もない、田舎ではありふれた光景だった。
「念の為、入り口から離して停めるか」
杉石君はエンジンを切ると慣性を活かして駐車場に入り、車と車の間にバイクを停める。ショッピングモールの出入口からは走れば十数秒といったところか。仮に屋内がJCで溢れていても、杉石君なら逃げ切れる距離だろう。
身を低くして進む彼に従い、出入口まで中腰で近寄る。自動ドアは全開に固定されていた。
「……誰もいないってことはさすがにないか」
だが、拒絶されてもいない。
店内の電気は点いておらず、あちこちで防火シャッターが降ろされているものの、侵入を阻む仕掛けは見当たらない。出入口も開かれていたし、ここに逃げ込んだ人達は外部の避難者に対しても友好的な雰囲気がある。
「とにかく、食料品売り場を見つけないとな。悪い、瑪瑙くん。案内頼めるか」
そう言いつつも、杉石君は僕の隣に並ぶ。
抜け目のない彼は、常に第三者への警戒を怠らない。僕に先頭を任すよう言ってくれたのは、なけなしの自尊心を尊重してのことか。すべてを見透かされ恥ずかしい反面、嬉しくも思う。
とにかく、表面上は道案内を頼まれた。まずは役目を果たさなければ。
記憶を頼りに店内を進む。幸運にも内装は変わっておらず、すぐに食品売り場に辿り着いた。
明かりがないので寂れた様子だが、物の腐る嫌な臭いはしない。陳列棚も無事だ。保存の効きそうなものだけが綺麗に整頓されている。
誰かが管理しているのは間違いないだろう。あとは、その誰かが食料を分け与えてくれる親切な人であることを願うばかりだ。潤沢な食料を前に気持ちが逸り、自然と歩調が早くなる。
杉石君はそんな僕を諌めるように手で制し、前方を指さした。
「人だ」
赤いエプロンをつけた中年男性が、膝をついて陳列棚を探っている。
杉石君が呟くのと同時に、向こうもこちらに気がついた。びくりと体を硬直させてから恐る恐る立ち上がり、控えめに手を振ってくる。
敵意はないようだ。互いに動向を窺いながら、ゆっくりと歩み寄る。
「こ、こんにちは」
事態が発生してからまだ四日。
それでも久方ぶりと思える、まともな人との出会いであった。




