012
外の様子は四日前と変わらず、静かなものだった。
人影どころか物音も、JCがいた証である赤い液溜まりさえ見当たらない。世界規模の大災害が起こった気配はまるでなく、町中の人間すべてが消えたと言う方がまだ納得できる。
「思った以上に静かだな。まあ、五人に一人と考えれば、確率はそんなに高くはないのか」
杉石君が辺りを見回しながら呟く。
彼は雨合羽に園芸用のゴム手袋、背中には登山用の大きなリュックサックと、簡単な防具を着込んでいる。夏の真昼には暑さが厳しい格好のはずだが、表情は涼しげだ。同じ格好ですでに汗だくの僕とは、根底の体力からして違うのだろう。
「大丈夫か、瑪瑙くん。暑いだろうが、早めに移動するぞ」
「う、うん」
辛うじて頷き、壁伝いに早足で進む杉石君の背中を追う。
住宅街は死角は多く、JCとばったり出会す危険は常に付きまとうが、十数メートル歩いても気配すら感じられない。学校で起こった惨劇が強く印象に残っているためか、辺りに死体が散乱する荒廃した世界を想像していたが、五人に一人の感染確率とこの町の人気のなさを踏まえると、近所にちょっと危ない人が彷徨いているくらいの認識でいいのかもしれない。
「杉石君。先頭、変わるよ」
「いや。危ないし、ここは俺が」
「大丈夫。昔ここらに住んでいたから、道も何となく覚えてる」
合理的に考えれば僕が先頭を歩くのが筋だ。杉石君は安全面を重視して僕を後ろにつけたのだと思うが、道案内を理由にすれば断り辛くもなるだろう。
そういう打算を働かせて、少し強引に前に出ると、彼は納得のいかない顔をしながらも、無言で後ろに回ってくれた。
ここまでJCを見かけないのだから、敢えて見通しのいい道を選んだ方が、先に発見しやすく逃げやすいかもしれない。
曲がり道ばかりの小路から、国道側に経路を変えてみた矢先の出来事である。
目の前に白い腕が突き出した。
JCの腕。杉石君が咄嗟に引っ張ってくれたおかげで捕まらずに済んだが、足がもつれて尻餅をつく。
「走れ!!」
何とか立ち上がり、走り出した杉石君の方を向く。彼は数歩進んだところで、正面を見つめ呆然と立ち尽くしている。
「……嘘だろ」
JCが三人、道を塞いでいる。
後を尾けられていたのか。目についた人間を素直に追いかけるだけの存在と思い込んでいたが、彼女達には個体差がある。徒党を組み、獲物を追い込む知恵を身につける可能性も考慮すべきだった。
「突っ切るぞ!」
三人よりは一人の方がマシだ。再び振り返り、もと来た方向に突っ切ろうとするが、どこからかもう一人のJCが現れ、道の両脇を固められる。
前に二人、後ろに三人。
囲まれた。
JC達はくすくすと笑い合いながら、徐々に距離を詰めてくる。唯一の逃げ道は前方に空く、人一人分がやっと通り抜けられそうな僅かな隙間だが、JCに触れられることなく突破するのはまず無理だ。
僕が先頭を変わらなければ、道を変えたりしなければ、こんなことにはならなかった。僕が余計なことをせず、杉石君に任せていれば、無事に目的地に辿り着けていたはずだ。全部、僕の責任だ。
だというのに、思考は不思議と落ち着いていた。
いつもなら、時と場合を選ばない自責に囚われ、機能停止に陥るところだが、まるでこの危機を予期していたかのように俯瞰で状況を眺めていた。
実際、待ち望んでいたのだろう。
杉石君の役に立てる、この瞬間を。
自分で招いた事態の尻を自分で拭うだけの話ではあるが、それでも嬉しかった。
「大丈夫。僕が引きつけるから、先に行って」
杉石君の強張った背中にそっと手を添える。振り返った彼の顔は悲痛に満ちている。気にしていない風に下手くそな笑みを浮かべてから彼を壁際に押しやり、前方から迫るJC達に向き直る。
両腕を広げた僕に、五人のJCが殺到した。




