完全不幸体質
「はぁ、はっ…あ!!」
ガシャーン!!ガラガラガラ…ガン!!
「ああ…」
私には、「ああ…」以外のセリフが思い浮かばなかった。
現在私は家の中の棚を隅から隅まで漁っている。最初は比較的順調だった。まあ、成果があったかと言われると口を濁すほかないのだが…それでも、順調だったのだ。
悲劇の始まりはほんの10分前からだ。
一つの棚の三段目に差し掛かったころだった。椅子を持ってくるのがどうにも面倒だと思った私は、背伸びをした上で、ジャンプをして頭上から見下ろしている棚の取っ手をつかもうと思ったのだ。
そう。思いっきり取っ手を引っ張ってしまったせいで、棚ごと持っていきそうになり、慌てて抑えたころにはもうあらゆるものが地面に散らばっていた。
なによりも頑張って作成したプレゼンテーションの原稿のデータがノートパソコンのフリーズにより消えた時の気分と同じだった。
だがなんにせよ、数十分前に外出したお母さん(仮)が返ってくるまでには、全てを片付けるか、あるいは見えないところにすべてを葬るかのどちらかの処置をとらなければいけない。
あくまでまだこの体と家の持ち主ではない私は、全てを元に戻そうと決意した。
…そして、現在に至る。どうにも、今日の私は運勢が悪いらしい。とりあえず適当にものを詰め込み、いざ棚にかごを戻そうとしてまたもやジャンプした時、今度はバランスを崩して転んでしまった。
いや、待て。もしかして悪いのは、どうしてもジャンプで解決しようとする私の頭じゃないか?
幸い転んだ先には分厚い本も金属部品もなく、怪我はなかった。しかし、思ったより重要なものがないのだ。使われなくなった小銭入れや、埃をかぶった玩具の時計などというものは無限に出てくるのだが、私が求めている「要くんの日記や個人情報」や、「この国について書いてある地図や本」などというものは一切ない。またもや散らばってしまったガラクタともいえる物たちをかき集めているとき無心に部屋の隅を眺めていると、私は、突然あることに気づいた。
「…二階がある?」
なぜ今まで気づかなかったのだろうか。そうだ。この部屋には布団がない。つまり、寝室やお風呂があるはずだった。少し身を乗り出すと、そこにはしっかり上に伸びる階段が存在していた。
…やっぱり、私は他人の家にお邪魔している感覚だったのだろう。なぜもっと早く気付かなかったのだろうという自責の念と、今気づけて良かったという安堵が混じりあい、何とも言えない顔になってしまった。
「よーし…やりますかぁ!!」
だが私は、二階に重要な情報があるかもしれないという希望を手にしたことによって、やる気が回復していた。
申し訳ないと思いつつも、目の前に広がっている様々なものたちを、種類など気にせずかごに雑に突っ込んでいく。ここで種類別に分別などしていたら、すぐさまお母さん(仮)が買い物から帰ってきてしまうだろう。
量も種類もばらばらに詰め込んだかごを、今度はしっかり椅子を使い棚に収めていく。やはり、最初から椅子を使うべきであったと後悔した。安定した椅子のおかげで、収納作業は2分ほどで終わった。
窓から見える景色によると、今は大体夕方5時くらいだろう。この世界に来てからずっと暖かい気候なので、今は春なのだろうか。それとも、季節というものが存在してしまう可能性もあるのか?
ああ、考えれば考えるほど気になってくる!
私は素早く(悪く言うと雑に)椅子を所定の位置に戻し、階段の方を振り返る。
この部屋にはもう一つ低い棚があるが、位置関係から推測するに、料理器具や調味料、食材などだろう。
残すは二階のみ!
私はにやぁ…と、美少年ゆえに許されるが前世の私であったら「気色悪い」と一蹴されるであろう笑みを浮かべ、階段に向かって走る。
ーガッ!
「あ」
ゴン!
「いっ!!!」
たぁ~という前に、私は自分の愚かさを憎ましく感じていた。まさか…階段の一段目で躓くとは。
幸いこの体は頑丈だったようだ。額を思い切り打ったにも関わらず、涙の一粒も血の一滴も出ない。
流石だなと感心しながら、さっそく体を傷つけてしまったことへの申し訳なさがなんとなく心にまとわりついてくる。
「…はぁ~」
推測するに、今日の星座占いで12位でも取ってしまったのだろう。この子の誕生日は知らないが。
翌日にたんこぶができていなければいいなと考えながら、瘦せ型で軽い体を起こす。
そして、また転ばないように慎重に階段を上っていく。
思った通り、階段は短かった。だが、室内を見渡した瞬間、私は思わず叫びそうになった。
「広い!そして…早速情報が期待できそう!」
なんと、部屋の片隅にはびっしり本が敷き詰められた本棚があった。私はすぐにでも走っていきたかったが、先ほど転んだことを思い出し、なんとか止まった。
とりあえず冷静になってみよう。見た感じ、布団と、…勉強机がある。そして、クローゼットも!
胸が高鳴る。今初めて気づいたが、私は人の家を漁るのが好きらしい。だいぶ趣味が悪いことに改めて気づいた。
だが、大丈夫だ。ここは、今や私の家なのだ。
目の前に広がる宝のどれから手を付けようかとじりじり近づいていく。
だが、私の今日の運勢は大凶以外の何物でもなかった。
ーガッ!
「え」
ーゴン!
「まっ…」
たかよ!と自分で突っ込みそうになったが、それよりもこの不幸体質で暮らしてきた要くんは相当努力したのだろうと尊敬してしまった。そして、すぐに私の空間認識能力が低すぎるのだと思い直した。
今度はなんとか肘で体を支えることができたが、その代わり肘が痛い。痛すぎる。
…だが、次の瞬間、目の前に飛び込んできたものを見たとたんに、肘の痛みなど忘れてしまった。
「こ…れは…」
「要くんのプロフィール!」
やっと、私の努力が報われた!