私の生き様
冬の風が身に染みる。こんな日は、おでんを食べるのが一番だ。
…これは、数分前に私が思い立ったことだ。そして、数分後無事におでんを買えたのかというと…
「ねぇねぇそこのお姉さん、よかったら俺たちとそこのカフェでお茶しない?」
買えてなかった。というか、それ以前に店にたどり着けていなかった。
「お茶…ですか」
正直私はコーヒー派なのだが、察するにこいつらは私とお茶を楽しみたいわけじゃなさそうだ。
あまりにも典型的なナンパに、私は苛立ちすらも忘れてしまった。
昔っから、私は人に話しかけられやすい。今日だって、昼間に3回ほど駅までの道を聞かれた。しかもその一人は外国人だった故に、まったく伝わらなくて少し落ち込んだ。
そして、夜になると、こいつらのようにナンパ目的や勧誘目的で声をかけてくる奴が一気に増える。個人的に集計してみたところ、一番両者が多かったのが、金曜日の夜11時頃だった。
そのせいで、私は異様に人からの質問や接触を躱すのが上手くなっていってしまった。それと同時に、口車に乗せるのもうまくなってしまった。
そして今回も、痛快な返しを思いつく。
「すみません、そこのカフェ、昨日から臨時休業してるんです。なのでお茶飲めませんね。残念です。では、失礼します」
これは別に嘘というわけではない。私はあのカフェの常連客だ。休みの日程くらいは把握していて当然だ。
すぐさま踵を返すと、意気地なしたちはたじろぎながら帰っていった。
「…あ、おでん」
そう、私はおでんが食べたかったのだ。毎回しようとしていることの途中で人に話しかけられるため、目的を忘れることもよくある。
私は近くにあったコンビニで熱々の大根と卵、ちくわぶと餅巾着を購入し、それとなく冷ややかな雰囲気の電車に乗り込んだ。
これでやっとおでんが食べれると安心していたのもつかの間、すぐさまこんなアナウンスが飛び込んできた。
「線路に障害物があり、脱線の危険があります!自分の身を守ってください!」
裏返ったその声は、いかに今の状況が最悪であるかを物語っていた。
「身を守れ」といわれても、この電車内はほぼ満員。大きく手を動かしたりしたら、少なくとも2人には確実にぶつかるだろう。それに、運が悪いことにこの電車は先ほど地下を抜けて、今は高所を走っている。
…冷静に分析している暇はないが、私は、別に自分の死に未練があるわけではなかった。そして、景色さえも見え隠れするこの満員電車の中では、目の前に障害物があるかないかなど区別できない。
大体の人が本当かと疑っている妙な空気の中に、真実は紛れもない事実を告げた。
聞きなれない轟音が響いた瞬間、体が宙に浮くような感覚に陥る。
そしてすぐに察する。窓からかすかに見える景色は、どんどん下へと落ちていく。
悲鳴。金属音。様々な音が入り混じる中、私は先の衝撃により朦朧とする意識の中、一つだけこんなことを考えていた。
「この人生、人を避けてばっかりだったな」ーと。
私にはそれがいいことなのか悪いことなのかはわからなかった。だが、それでも今際の際までそんなことを考えるということは、私はずっと寂しかったのかもしれない。
そうして私の意識と命は、終わりを迎えた。