プランB 23
タンカーが着底した衝撃が来る。
窓の向こうには、係留作業と積み荷のヘリウムの下し作業に取り掛かろうとしている作業員が居る。
彼はシートベルトを外し、椅子からユックリと立ち上がる。
「 さて奥様、お手をどうぞ 」
「 ありがと 」
ヒロとジュンは手を繋いだまま下船用デッキへと向かう、二人が手にしているのは金属製の小さなスーツケースだけ。
その他の諸々を降ろす作業は、ヒロのプレイしていたゲームも含んで船員の仕事だ。
「 ・・・ 」
手を繋いでスキップしながら廊下を進む二人。
ジャンプの頂点で漂いながら、ふとタンカーの窓越しにドッグを見るヒロ。
起きたい時刻に起きて、好きなものを食べ、好きなだけ働いたら、好きなだけ遊ぶ。
ひょっとしたらタンカーで過ごした往復の一年間は、最高のヒッキー環境だったんじゃなかろうか、なんて振り返っている。
研究は進んだし、試作も順調だったし、ゲームでもそれなりの順位に食い込めた。
ゲームに関してはクラン仲間の力が大きかったが。
命がけではあったがそれなりに楽しかったし充実してたな、なんて思っていたりする。
それはジュンも同じだったらしく、二人は揃って微笑みながらデッキへと向かっていた。
タンカーの月面下のドッグへの係留が完了し、ドッグのハッチが完全に閉ざされてからジュンとヒロの下船が始まる。
ドッグ内に空気は無い(月面だから当然だ)、タンカーとポートがチューブで結ばれてからムーンベースに降りる事になる。
ハッチの向こうで待っていたのは、ジュンもヒロも知っている顔ぶれだった。
『 ただいま 』
『 おかえりなさい! 』
両手を広げて待ち受ける父親を無視して娘は母親の胸に飛び込む、それがお約束だ。
しかし、とびきりワガママで思いっきり欲張りな彼女は、両手でヒロとジュンをまとめて抱きしめた。
「 遅い! 」
充分にハグした後でローズは言った。
「「 ただいまローズ 」」
”ただいま” ”お帰りなさい” が挨拶の基本だったよなと思うヒロ、それに約束の時間に遅れた訳でもない。
でも、まぁいいかとも思ったりする。
子供にとっての1年、特に13歳のローズにとっての1年は彼女の人生の約8%に当たるのだから。
自我が在るか否かで判断すると、5~7歳以前の自我の存在は実に怪しい。
最長でも13-5=8歳と計算すべきだ。 1/8×100=12.5% の間、ヒロとジュンはローズから離れていたことになる。
何でも数字に換算して比較するヒロ、生粋のエンジニアだ、能力はそれほどでもない。
数字で比較しないと納得できないのは職業病だ。
「 それで、私が留守にしている間もシッカリ研究は進めていたのかしら? 」
「 ・・・ 」
頭を撫でながらのジュンの問いかけに答えないローズ、それでも彼女の両手はヒロとジュンを離さない。
こりゃ離れた方が良さそうだと、ヒロは早めに試みる。
それに気が付いたローズに更に強く抱き着かれ、未遂に終わる。
「 研究が進んでないって聞いたのだけど、そんな事ないわよね? 」
「 ・・・ 」
ローズは答えない、答えないから事態が進まない。
ムーンベースのナンバー2科学者の行動を制限できるのは、ナンバー1しかいない。
んで、そのナンバー1はナンバー2に捕捉されていたりする、どうしようもない状況がそこに形成された。
「 ・・・それで、マークは何でここに居るんだ? 」
「 そりゃあ、最新鋭船に乗って先回りしたからに決まってるだろ 」
止むを得ず動いたのはヒロだった、強引に首だけ回してマークに話しかける。
ヒロはムーンベースの組織に関係の無いジョーカーだ。
デッキにはヒロとジュンの知った顔しかいない、ローズとマークとここまで護衛についていた兵士達だ。
他には誰も居ないがヒロは悲しんだりはしない、人が集まるともめ事が起きる、オジサンは面倒を嫌うのだ。
「 最新鋭船? ワープ付の? 」
「 そうだ。 フィールドも付いてる最新鋭船だな 」
マークの指さす方向には巨大なタンカーが係留されている、ちょうどヒロとジュンが搭乗してきたタンカーの隣に係留されている。
見た目はさほど変化は無い、両船とも通常5基のタンクが4基になっている。
ヒロとジュンが乗っていたタンカーは最前部のタンクが無くなっていて、マークが指さしたタンカーは中央が無くなっている。
空間安定化装置は船の中央に有るべきだ、前後2台で覆う事も可能だが加速度に伴う巨大な衝撃は、例え完全な二次元の平面であっても容赦なく作用するから、ワープ時のフィールドは1つであることが必須だ。
緊急時なら複数のフィールド発生器で、1つのシールドを形成しても良い。
船の防護を目的としたフィールド発生装置なら、何台に分けても問題無い。
むしろ安全のためには1台が壊れてもカバー出来るように、複数を分散して配置するのが望ましい。
ヒロとジュンが搭乗してきたタンカーの場合、航行に必要な機関が集中する後部から実験室を離す意図がある。
最悪の場合は切り離して離脱するのだ。
航行中は一秒もあれば数万km離れられるし、加速や減速期間中にもそれなりに離れられる。
マークの搭乗したタンカーも、タンクを取り外してジャンプ装置と空間安定化装置、それと専用の反応炉を設置しただけの実験船に近い。
本当の意味での最新鋭船はまだ建造中だ。
それでもフィールド発生装置は装備しているから、ヒロやジュンの搭乗したタンカーより安全性は遥かに上になっている。
タンクの大きさは1基が直径120mの円筒形だ、ジャンプ装置なんかの諸々の装置はそれなりの大きさになる。
フィールド発生装置もあるから、1隻当たりのヘリウム積載量はかなり減っている。
「 まぁ、ステーションへの接舷には結構苦労したんだけどな 」
「 そうなんだ 」
タンカーは真っすぐ早く、比較的安全に航宙出来るように設計されている。
細かな進路変更や接舷は基本的に得意ではない。
月面ではタグシャトルやムーンベースに引っ張ってもらうし、ガニメではステーションが引っ張る事になる。
ワープ後のタンカーは木星の引力とスラスターで進路を変更し、何とかガニメデの周回軌道への侵入に成功した。
初回と言う事もあり、それには20時間を必要とした。
最新鋭船はその教訓に基づいて、スラスターの出力を5倍にすることとなった。
もちろん姿勢制御等のプログラムの変更も予定されている。
「 おい。 せっかくサプライズを用意したのに、そんなもんなのか? 」
しかめっ面のマーク。
だが、むさいオッサンのサプライズを喜ぶ趣味はヒロには無い。
「 そう言われてもな 」
ジャンプ装置を用いた船なら時間を短縮できる、ヒロの中では当たり前の事だ。
スポンサーが航行中のタンカー内に届け物をすると発言した時点で、最新鋭船が完成して航行可能な事は想像出来ていた。
むしろ、それが無いと届けられないだろってのが、ヒロとジュンの共通認識だ。
驚きはしたがビックリするほどではない、ああ、やっぱり最新鋭船を使ってきたか程度。
帰りの半年を振り返って、それなりに居心地の良い環境だったなと、思ったりしたから余計にそう思ったりする。
無事に帰ってこれたから言えることではある。
「 ってことは、マークがムーンベースの新しい司令官って事でいいのかな? 」
「 そうだ 」
サプライズが不発に終わったマークは、まだ納得していなかった。
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ジュンとヒロ、それとローズとマークを乗せたコミューターがムーンベースを移動している。
その前後は護衛の兵士が乗ったコミューターが随伴している。
ムーンベース内の移動はコミューターと徒歩が主な手段になる、1/6だが引力が在るせいだ。
無引力でも質量が消失したわけでは無い、壁沿いを走る棒は使えない。
壁沿いを走る棒が在ったとする、月面ならまず体重の1/6が鉛直方向に掛かる。
それと速度0からの加速時に加速に見合った荷重が掛かる、0.1Gの加速で体重の1/10が片腕に掛かる。
体重が60kgの場合で合計が12kgになるから、片手で10kgの米袋を持つ以上の負荷になる。
誰でも使えるモノではない。
可能か不可能かで言うと可能ではあるが、そんなシンドイ移動方法より歩いた方が楽だし安全、そういう事だ。
片腕で耐えられる程にゆっくりノンビリ加速するくらいなら、まだ歩いた方が早いだろうと言うのもある。
筋力トレーニングをするつもりなら止はしない。
急停止したら脱臼するのは確実だから、安全には十分注意が必要だけど。
「 それで、研究成果はその中なんだな? 」
「 そうよ 」
ジュンが約一年間の研究成果が詰まっているスーツケースを軽く叩く。
それはジュンンお手首と鎖で繋がっており、護衛の兵士は二人が持つケースも守っている。
ジュンの右手はヒロと繋ぐために空いている、ヒロは左利きだ。
もちろんヒロもスーツケースを持っており、中身は約一年分の成果が入っている。
決してゲームのセーブデータの為だけのケースではない。
セーブデータも当然入ってはいる。
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