プランB 22
人類は初めてワープ航行に成功した。
それから3カ月後、ほぼ3ヶ月にも及ぶ減速期間が終わり、ヒロとジュンが乗るタンカーは地球圏に到達した。
減速期間中には1G弱が身体に掛かる、減速が足りない時にはそれ以上のGが掛かることもあるが、事前に通知されるから事故にはならない。
それまで無重力になれた身体には僅かなGでも厳しいのだが、これから地球あるいは月の引力に晒される身体には良い面の方が多い。
何より筋力運動を毎日しなくても済むのだから、大幅な時間の節約になる。
「 何かスゲー変わってない? 」
「 そうね。 ドッグが増えてるし、色んな設備も増えてるみたい 」
ヒロとジュンの搭乗しているタンカーがムーンベースに到着する、二人が地球を離れてから359日の長旅だった。
よほどの田舎でもない限り、1年あれば変化があっても不思議ではない。
不思議ではないのだが、眼下に広がるムーンベースは二人の想像を超えた変化を見せていた。
地球圏に到着したタンカーは、2ヶ所のポートのどちらかに向かう事になる。
地球の高高度衛星軌道に向かうか、それともムーンベースに向かうかだ。
地球に向かったタンカーはヘリウムを移送し、人員の交代をしたら補給物資を受け取って再度ガニメデへと向かう。
軌道エレベーターは存在しない、衛星軌道から地表まで降ろしても破断しない材料が見つかっていないから。
加えて、大気の乱れやら張力やら諸々あるんで、そんな材料が見つからないから着工すらされていない。
無いったらない。
ムーンベースに向かうタンカーはヘリウムを降ろしたら、(ムーンベースにもエネルギーは必要だ)、その後はドッグ入りして定期メンテナンスと補修を受ける。
現場に復帰するのはその後で、20隻のタンカーはローテーションで常に10~14隻のタンカーがヘリウム輸送の任についている。
タンカーのメンテナンスの為に、ムーンベースには巨大なドッグが2種類用意されている。
月面に着底する比較的軽微なメンテナンス用のドッグと、月面のハッチから入る月面の地下に在るドッグだ。
月面下のドッグではタンカーの建造も行われており、有害な宇宙線や宇宙塵が減る分だけ安全である。
実際のムーンベースにあるドッグは、二人が出発した時より数を増やしていた。
ハッチの数だけでも増えているし、ハッチが1か所でも内部に複数のタンカーを製造できる規模になっている場合もあるから、見ただけではどれほど増えているかは分からない。
ハッチの数は10倍以上にはなっているように見える。
月面の暗闇に時折閃光が見て取れるのは、新規にドッグを建造している最中なのだろうとヒロは考えた。
これから地球で働くつもりのヒロには全く関係の無いことだが、つい数えてしまうのだ。
「 20隻のタンカーのメンテナンスにしては過剰な設備だよな? 」
「 他の恒星系に行く船も作ってるはずだし、その分かしらね。 スポンサーが言ってたじゃない 」
ほらホール通信で、と言われてようやく思い出すヒロ。
3つの船団がどうとか言ってたなと思い出す。
ヒロにとってはゲームのアップデート情報の方が重要で覚えていなかったが。
「 そういえば言ってたか。10隻ずつで3か所に行くんだっけ? そうなると30隻分は増設したのか 」
ヒロは一般的なエンジニアだ、脳内リソースはジュンやローズと違って限りがある。
彼は彼なりに重要だと判断した事以外にはリソースを割り振らない、無関心に見えるがそれは違う。
ヒロなりの優先順位が在るだけで悪意は無く、本当に重要な事案なら忘れることは無い。
ジュンとヒロが眼下に広がる風景を見ながら話題にしている、ムーンベースの敷地は明らかに広がっていた。
拡張されたほとんどの施設は地下に建設されており、横だけでなく縦方向にも広がっている。
実際には見た目以上に広がっていたりするのだが、見ただけでは分からない。
それに、30隻を建造するのに必ずしも30隻分のドッグは必要としない、時間差で作ればいいのだから。
「 リザーブも含めるからそれ以上ね 」
「 景気の良い話だな 」
タンカーはムーンベースへの最終アプローチに入っている。
それなりに忙しい時間なのだが、ヒロとジュンが展望室でのんびりしていられるのは二人がパッセンジャーだからだ。
二人以外の乗員と兵士は全員任務に就いている。
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ムーンベースに向かって高度を落としていくタンカー。
航空機のような滑り込み式ではなく、相対速度とベクトルを合わせた降下となる。
ヘリウムを満載しているのだから当然だ。
ヒロとジュンが搭乗しているタンカーは、この時点でもう最新式ではない。
二人の乗るタンカーは、船首と船尾の間に円筒形のヘリウムタンクを5基積載しているタイプで、2世代前のタイプだ。
最新式は目の前のムーンベースで建造されているタンカーになる。
圧力の関係だけ見るとタンクは球形が望ましい、ただし高速で宇宙空間を移動する場合は話が異なる。
宇宙塵等との衝突面積を減らすため、進行方向から見ての面積を極力減らす必要がある。
容積だけなら立方体が一番なのだが、角に内圧が集中して内圧が上げられない。
上げようとするとタンクの壁を厚くしたりして色々と必要になる等々の理由で、結果として円筒形が採用されている。
「 失礼します、船長から連絡です。 10分後に25番ドッグに接舷するとのことです 」
「 了解した 」
ボーっと月面を見ているヒロに、護衛の隊長が話しかける。
ムーンベースに着き、司令に任を解かれるまではヒロが一応指揮権を持っているのだ。
「 それと、ドッグには新任のムーンベースの司令官もお見えになるそうです。 着任の挨拶がしたいとのことです 」
「 ・・・それも了解した 」
ムーンベースは保安組織、いわゆる警察も保有しているし独自の軍事力も保有している。
軍を保有しているのだから、ムーンベースでは司令官が最高責任者となる。
ムーンベースの持ち主は基本的に軍と言うことだ。
約半年に及ぶ航宙で、隊長ともそれなりに仲良くなったヒロとジュンだったが、それも終わりとなる。
彼らの護衛対象を害するモノは、航宙中に限れば宇宙線と宇宙塵と宇宙人しかいなかった。
緊張感は必要としたが過酷な環境ではない。
長期休暇に近い時間だったが、それもムーンベースに着くまでだ。
そろそろ軍人に相応しい言動に切り替えないとならない、隊長もそれを理解して実践している。
それ位出来なければ軍において昇格はありえないし、任務を任せられる事もない。
実績が無い人物と実績が有る人物、重要な仕事を任せられるのはどちらになるか。
経験無いのに大仕事を任されて、自分なりの方法でやり遂げて大成功、どんどん出世してなんてのは無い。
転生して、冒険者登録した日にドラゴンを討伐出来るんなら話は別だけれども。
責任をとるのは上の仕事とは言うけれど、リスク計算も上の仕事だったりする。
上だって自分や家族の生活が懸かってるんだ、実績が無いのに自分のやり方で仕事がしたかったら転生してからやってくれって話だ。
兵士を見て、立場や外聞を気にする職業は大変だよなとヒロは思ってしまう。
彼はエンジニアで30歳代の男性だ。
どこで何をしていても、何かしらのイチャモンを付けられる事がある。
オジサンとはそういう立ち位置だ、今の日本はそういう国になっている。
何をしても無駄なら何もしない方が良い、ヒロはそう考えて行動している。
法律や社内規則に反しない範囲でだ、倫理の話は知らない。
そんな彼でも痴漢冤罪だけは注意している。
無実を証明できても真犯人が捕まっても、トータルの損害はオジサンの方が大きくなるからだ。
「 無実が証明されても会社の名前に傷を付けたから 」 として解雇、「 変態に間違われる人と一緒に居られない 」 として離婚。
それが現状だ。
オジサンに安住の地は無い、特に酒を飲まない者は愚痴を言う場所すらない。
多様性だの性差別だのパワハラだの、そんなんよりオジサンの扱いを改善するのが先じゃなかろうか。
そのくせ 「 もっと働け 」 と言われるのはオジサン達だ。
自分がオジサンなのを理解しているヒロは大きなため息をつく、あそこに戻るのかと。
「 新任の挨拶が面倒? だったら、さっさと終わらせましょ 」
「 そうだな 」
こればっかりは、オジサンにしか分からない、ジュンにも分らないだろう。
顔を上げ遠くを見るヒロ、遠く遠くを見るヒロ。
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