③広とワックとあの日の悲劇
滅びは恐ろしい。全ての生命、文明、努力が消える。そのようなことはあってはならない。だが、始まった滅びは止められない。
僕の目の前には、1つの建物があった。看板には黄色の「W」が大きく書かれている。僕は草原に聞いた。
「これは何だ?」
「えっオマエ、ワック知らねーのか!?超有名なハンバーガー屋だぞ!?」
「ハンバーガー…?ハンバーグとは違うのか?」
草原は口をぽかんと開けていたが、すぐに何か思いついたらしい。
「いや待てよ。つまりオマエは初めてハンバーガーを食べるわけだ。ってことは、あの初めてならではの感動を味わえるのか!」
「感…動?」
「そう考えたらうらやましすぎるwww」
(感動とは何だろうか。言っている意味が全く分からない…。)
「まあいいや!ほら、早く入ろう!」
(急いだところで何も変わらないだろ。)
僕はそう思ったが、草原はさっさと建物に入ってしまった。仕方なく僕もついて行く。中に入ると、たくさんの客が来ていた。まだ朝の9時頃にもかかわらずこの人だかり、かなり有名な店なのだろう。
「オマエのもオレが頼むからな!初めてだし、どれが良いのか分かんないだろ?」
「……勝手にしろ。」
「じゃあ、どっかに適当に座っててくれ!楽しみに待っててくれよな!」
そう言われたから、僕は1番近くの空席に座った。草原は店員と思われる人と何かを話している。
(楽しみに待っててと言われてもな…。僕にはやっぱり分からない。)
すると、草原がこちらに来て行った。
「ちょっと待てい!この席はオレたちには広すぎる!」
「は?…どういうことだ?」
「あっちの席にしようぜ!」
僕は意味が分からぬまま、2人用の席に移動した。
「番号、1129番のお客様。」
「おっ、出来たみたいだな。オレ持ってくる!」
草原はまた店員のもとに向かい、トレーに何かを乗せてこちらに戻って来た。
「これがオレのおすすめ、アルティメット肉肉バーガー!なんと、普通のハンバーガーの具材…例えばトマトとか玉ねぎとか…それらの変わりにたくさんの肉がはさまってるんだ!というか肉しか入ってねえ!最高にアルティメットなハンバーガーだろ!もちろんコーラもあるぜ!」
「ふーん…。そういえば起きてから何も食べていないな。これなら、腹の足しにはなりそうだ。」
パンで肉をはさむとは、人間界の考えは理解不能だ。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
「いくつか聞いてもいいか?」
僕がそう言った時には、草原はハンバーガーにかぶりついていた。
「へふひひーへほ?(別にいいけど?)」
「先にその一口を飲み込んでくれ。」
「ゴクン。で、何か聞きたいのか?」
「まず、なんで席を移動する必要があったんだ?」
「それは、あれを見てくれよ。」
草原が言う方を見ると、僕がさっき座った席に、大人2人と子供2人が座っていた。草原が言った。
「今めっちゃ混んでるだろ?だから、あーいった席はオレたちよりも大人数で来たヤツのために空けておく方が良いんだ!」
「よく分からないな。次、『いただきます』というのは、何の呪文だ?」
「へ?…うーんそうだな…。食べ物がめっちゃ美味しくなる呪文、みたいな?」
「必要性は無さそうだが、そんな呪文があるとは知らなかった。最後に1つ、あの窓ガラスを直した魔法、あれは何だ?」
「そう、その話をしたいんだよ!でも取りあえず、冷める前に肉肉バーガー食べちまおうぜ!」
草原はそう言い、すごい勢いでハンバーガーを食べ始めた。僕も食べることにした。
(これは…昨日食べたハンバーグに近い。悪くないな。……この感覚は何だろう。)
「なあ、どうだ?美味しいだろ?」
「美味しい…?」
「えっとな、美味しいってのは…うーんと…以外と説明がムズい…www」
「いや、これに答える必要は…」
僕の言葉を遮るかのように、草原は続けた。
「でもオマエさ、なんかさっきより嬉しそうだよな。」
「……え」
「事情は知らねえけど、オマエは表情が全っ然変わらねえのは分かった。でもな、なんというか、今のオマエは雰囲気が変わったというか…?」
(雰囲気…ハンバーガーに気を取られて油断したか。)
僕は一言も言葉を返さず、ハンバーガーを食べ続けた。
そして、お互いにハンバーガーを食べ終わったところで、草原が言った。
「じゃあ色々説明するから、覚えててくれよな!」
(早くこいつの情報を知り、世界を滅ぼすことの障害になるのかを確かめなくては。)
草原は、説明を始めた。
「オマエも知ってると思うけど、この前の悲劇で、たくさんの人が死んだんだ。オレの母ちゃんと父ちゃんはなんともなかったけど、剣野は…。」
草原は拳を強く握りしめている。
「その日オレは、テレビを見て驚いた。誰がこんなこと起きるって思うんだよ…。でも、事件はそれだけじゃなかったんだ。」
「というと?」
「オレの髪…黄色いだろ?…実は、あの日までは黒髪だったんだ。このオレンジの目だって、元々は黒目だ。忘れもしねえ、あれはちょうど悲劇が起こった日の昼時だった。」
オレは、母ちゃんが作ったハンバーグを食べ終わって言った。
「母ちゃん、ごちそうさま!今日の昼飯も最高だったぜ!マジで、なんでこんなに美味いんだよwww」
「広が喜んでくれて嬉しい。そうだ、今日は久しぶりのお休みだし、どこかに出かけちゃう?」
「それ最高!おーい!」
オレが父ちゃんを呼ぶ前に、父ちゃんは言った。
「話は聞かせてもらった…。2人とも…今すぐ出かける準備を始めろっ!」
「あなたったら、もう着替えてたのwww」
「早えーよwww」
オレも母ちゃんも大笑い。急いで準備をしようとした…その時だった。
「…!?…うっ…」
めまいがした。頭痛もだ。オレは立っていられず、その場に倒れた。
「広!?どうしたの!?」
「しっかりしろ!」
母ちゃんと父ちゃんがオレに何か言ってる。でも、オレの意識はどんどん遠のいた。
「う、うぅ…。」
「!あなた、広が起きたわ…!」
オレは目を覚ました。めまいも頭痛も治まった。でも、母ちゃんも父ちゃんも、心配そうな顔をしている。
「あれ、オレ…。」
「広、お前はさっき急に倒れたんだ。もう、大丈夫か?」
「おう。でも、なんでそんな顔してんだよ。」
すると、母ちゃんがいつも使っていた、お気に入りの手鏡を持ってきた。
「広、鏡を見てくれる?」
「鏡がどうかした…って!」
オレの髪が黄色くなって、目がオレンジになっていた!オレは驚きで、言葉を失った。
「広…。一体どうしてしまったの…。」
母ちゃんは力なく座り込んだ。そのひょうしに、手鏡を落として、割れてしまった。
(母ちゃんのお気に入り…。)
なんでこうなったのかは分からねえ。でも、オレがこうなったせいで、母ちゃんも父ちゃんも動揺してる。オレは何だか申し訳なくなった。
「母ちゃん、ごめん…。鏡、オレが直すよ。」
「広…。気持ちは嬉しいけど、無理よ。」
「でも、くっつければ…」
オレは割れた手鏡を拾おうと手を近づけた。すると、あり得ないことが起きた。手鏡が光に包まれて、宙に浮かんだんだ!
「なんだ…これ。」
たちまち、手鏡は元通りになった。そして、ゆっくりと床に戻った。
「マジで…何これ…。」
「というわけで、何でかは本当に分かんねえけど、オレにはこんな魔法みたいな能力が身についたんだ。」
「……。」
「話はこれで終わりじゃない。こうなったのはオレだけじゃなかった。あのクラスにいる奴ら全員がそうだ。」
「……。」
「たまたま同じ高校に通うオレ達だけがこうなった…。偶然にしてはおかしい。校長はそう思ったらしい。そして、校長は世界中のニュースを調べた。そしたら、悲劇は世界中で起きたが、人の見た目が変わったという情報は1つも無かった。そこで校長は、オレ達を別のクラスに移したんだ。」
「それで人数が少なかったわけだ。」
「剣野はそのタイミングで転校してきた。アイツも同じ境遇だ。その都合で転校してきたらしい。」
「つまりだ。」
僕は言った。
「お前だけではなく、剣野も長道も愛川も根室も、全員が魔法を使えるということか。」
「そうだぜ!校長は、そんなオレ達が何かのキーになる存在なんじゃないか…そう思ったんだってさ。オマエも、昔からそんな色じゃないんだろ?」
(僕は昔からこの色だ。だが、そう言うと怪しまれるだろう。今は嘘をつこう。)
「そうだ。昔は違った。」
「やっぱりな!…オマエ、親は?」
「死んだ。」
「そうか…悲しかったよな。」
「悲しい…?そんな感情は知らない。」
「オマエ…。」
草原は何を思ったのか、机に乗せていた僕の手を握った。
「決めた!オレはオマエと友達になる!」
「友達…。」
「ああそうだ。これからよろしくな!」
(友達って…なんだろうか。帰ったらもう一度あの本を読もう。)
「そうだ!オレのことは広って呼んでくれ!」
「呼ぶ必要がない。」
「なんだよそれwwwま、気が向いたらで良いや!」
それから店を出て、僕たちは別れた。
「また明日な、カノト!」
草原は僕に何か言っていたが、僕は振り向かずに家に帰った。
「あら、カノト君おかえり!」
エミ先生が言った。僕はエミ先生に聞いた。
「色々聞きたいことがある。」
「学校のこと?それなら、お姉ちゃんに聞いてほしいな。」
「分かった。」
僕はエマ先生に聞いた。
「僕の名字はいつあれになったんだ?」
「あなたが来た日の夜です。あなたの白い髪は、まるで鶴のようです。それに鶴というのは、縁起の良い鳥なんですよ。」
「橋は?」
「あなたがいつか、…大きな川に橋をかけるように…皆さんと上手く繋がることが出来るようにと願ったからです。勝手に決めてしまってすみません。…嫌ですか?」
「別に嫌ではない。気になっただけだ。」
「そうですか、良かった。」
「聞きたいことはまだある。僕はなぜ学校に行くことになった?」
「あなたの年齢からして、高校に行くべきだからです。また、その髪と瞳…あなたもきっと、」
「何かのキーになるかもしれない、だろ?」
「あら、誰かに聞いたのですか?」
「クラスメイトに聞いた。」
「そうでしたか。では、明日からも学校に通ってください。」
「お姉ちゃん、話終わった?」
「カノト君、他に聞きたいことはありますか?」
「もうない。」
「そっか。じゃあこれ!」
エミ先生は、僕にお金を渡した。
「これはあなたのお小遣い。好きな物を買ってきて良いよ!」
(一万円札か?人間界のお金も夢世界と大して違わないな。)
僕はそのお金で、本を買うことにした。人間界のことをもっと知る必要がある。油断して滅ぼすことに失敗したら、元も子もない。
(でも今日は疲れた。今日は既にある本を読もう。)
「ねえ、お昼何がいい?」
「もう食べたからいらない。」
僕は部屋に戻った。そして、ここに来た時に着ていた服に着替える。それから、椅子に座って本を開いた。
「…どこにも友達について書いていないな。」
(それにしても、これはいつ書かれた本なのだろうか。)
ふとそう思ったが、書かれた年月はどこにも記されていなかった。
それから時間がたち、日が沈み出したころ。
「ちょっと、早く開けなさい!」
ドアの向こうから、剣野の声が聞こえた。僕はドアを開けた。
「なんだ。」
「なんだじゃないわよ!明日のテスト、大丈夫なの?」
「テスト…?そういえば、先生が言っていたな。テストとはなんだ。」
「そこから…?全く仕方ないわね。いい?テストというのは、学校からの試練。生徒の学力を点数化する恐ろしい文化よ。」
「問題を解くということか。それならおそらく大丈夫だ。」
僕はそう言い、ドアを閉めて鍵をかけた。
「えっ、ちょっと!もう知らないわよ!」
剣野の声は聞こえなくなった。
(父上に全て教わった。何も問題はない。)
その日の夜…。
「そういや明日テストだった!終わったーっ!」
草原広は、家で1人絶望していたのだった。
みなさん、読んでくださってありがとうございます!今回は、カノトと広の会話を主とした話でした。真逆の2人ですが、これから仲良くなれるのでしょうか?今回花音はあまり出番がありませんでしたが、次回にはしっかり登場します!次回は抜き打ちテストが始まります。花音や広の運命やいかに!?