②登校初日は大騒ぎ
滅びはすぐには訪れない。たとえ均衡が破られたとしても、両者は滅びに抗う。だが、それさえもただの時間稼ぎにすぎない。抗う術を、人は持たない。
「だから、どうして僕が学校に行く必要があるんだ?」
「うるさいわね!大人しくついてきなさい!」
雲一つない青空の下で、僕は無理やり剣野に手を引かれていた。学校に行くようだが、なぜ急に?昨日この世界に来たばかりなのに、手続きが終わったというのか?
(だとすると真守達は有能なのだろう。警戒すべきだ。)
「あんた、何をぼーっとしてんの!?ここが学校…希望高校よ。」
考え事をやめて見上げると、そこには校舎と見られる建物があった。最近作られたのか、かなり新しい印象を感じた。6階建てで、屋上も利用出来そうだ。
(希望高校…嫌な名前だ。)
だがもう決まったことだ。これをきっかけに人間界を滅ぼせばいい。
「にしてもおかしいわね…。なんで誰もいないのかしら?」
剣野がそう言うと同時に、校舎からなぜか夢世界の時計塔の音が聞こえた。
「ヤ、ヤバい!早く教室に行かないと遅刻だわ!」
「遅刻?」
「チャイムが鳴り終わるまでに教室に行かないと、罰があるのよ!」
「教室はどこにあるんだ?」
「6階よ。ここから見て1番右端。」
「……。」
「……。」
一瞬の静寂の後、剣野はつぶやいた。
「終わった…。もう数秒で鳴り止みそう…って!」
剣野が途中まで喋った所で、僕は剣野を抱えて走った。教室がある所の窓の下に向かって。
「あんた何考えてんの?(いろんな意味で)」
「この方が効率的だ。」
僕はそのまま勢いに乗って、大ジャンプをした。
「キ、キャーッ!」
剣野が叫んでいるが、僕はそれを気にも止めず、窓を割って教室に入った。その直後にチャイムが鳴り止んだ。
「えっ…何事ですの!?」
「うおっ!?」
「ZZZ…。」
教室はやけに騒がしく、みんな(寝ている人を除く)が僕を見ていた。だが、教室には4人しかいない。
「あなたが転校生ですか。転校初日に遅刻ギリギリに、しかもここは6階なのにもかかわらず窓から、さらにそれをためらいなく割り、その上あの剣野をお姫様抱っこしながらの登校とは。さすがの自分も驚きました。情報量が凄まじいです。」
「いや、オマエの文字数も凄まじいだろwww」
灰色の短い髪に、青い眼鏡をかけた男だけは、全く動じずに解説を始めた。そいつの隣に座るそいつと同じくらいの長さの黄色の髪で、橙色の瞳の男が、前者よりかなり短い言葉を発している。
「…にしなさい。」
「?」
「いい加減にしなさいって言ってるのよ!こんな状態恥ずかしいわ!早く降ろして!」
剣野が突然騒いだから、僕は剣野を降ろした。
「ちょっと、ここはガラスが散らばっていて危ないじゃない!降ろす場所は考えることね!」
「そうですわ、花音さんがケガをしたらどういたしますの?」
桃色の長い髪を回転させたような髪型の女が、髪と同じ色の瞳で僕を見つめた。ふわふわした声色で、持ち物がやけに輝いて見える。
「ZZZ…。」
(あいつ何?)
緑の長い髪は、腰近くまで伸びている。こんなにも教室が騒がしいのに、あいつはピクリとも動かない。
すると、ドアが開く音がした。
「皆さん、おはようございま…えええええっ!?」
「先生、おはようございます。今日も遅刻した人はいません。それにしてもいい青空ですね。先生もそうは思いませんか?」
「冷静すぎだろwww」
入って来たのは大人の男だった。彼の叫びを聞いても、灰色は全く動揺を見せず、眼鏡の奥の水色の瞳を光らせる。
「ところで先生、彼が転校生ですか?ずいぶんとダイナミックな登場をしていますが、これって将来黒歴史になるパターンでは?」
「…………。」
先生と呼ばれた男は、完全にフリーズしてしまっている。開いた口が塞がらないという言葉はあるが、実際にそうなった人は初めて見た。すると剣野が言った。
「私が変わりに紹介するわ。長道が言った通り、こいつは今日からこのクラスで勉強することになった転校生。」
「はっ。そ、そうです!剣野さんが言った通り、この方は今日からこのクラスで勉強することになった転校生です。」
「さっきと同じこと言ってないか?」
「それなwwwで!オマエ名前は?」
とりあえず灰色は長道という名前で、黄色はうるさいということが分かった。僕は答えた。
「カノト。」
「下の名前から名乗るタイプかwwwおもしれーやつ!オレは草原広!お前とは気が合いそうだぜ!」
「絶対に合わないだろうな。」
「皆さん、一旦お静かに!この窓ガラスは後で片付けるとして、自己紹介の時間にしましょう。さあ、こちらへ。」
僕は黒板の前に誘導された。その場所に立つと、先生は黒板に、「鶴橋カノト」と書いた。
(これは…僕の名前?僕に名字なんて無かったはずだが…。)
「えー、では改めまして。彼は今日からこのクラスの一員になる、鶴橋カノト君です。ほら、挨拶を。」
「…よろしく。」
諸々の意味不明な事柄については、後で真守達に聞くことにする。そうしないとやっていけないだろう。
「自分は長道空です。勉強することを好んでいます。これからよろしくお願いします。」
「オレは草原広…って、さっき言ったか!食べることが大好きだ!これからよろしくな!」
「私は愛川優実と申します。卒業まで、よろしくお願いいたしますね。でも、花音さんをあまり危険な目に遭わせないでくださりますこと?」
「私のことは知ってるわよね?剣野花音よ。ちゃんとみんなの話聞いてるの?」
「こら、剣野さん…。あっ、私はこのクラスの担任の山田太郎です。単純に、先生と呼んでください。そして、あそこでずっと眠っているのが…」
「zzz…。」
「根室夢!あいつず~っと寝てるけど、時たま起きたらすげぇんだぜ!」
「広の言う通り、彼の潜在能力は驚異的です。瞬間移動も行いますからね。」
「そうですわね。以前私がお弁当を落とした時、お弁当が床に落ちる前に机に戻っていたんですもの。そんなことが出来るのは根室君だけですわ。」
「さらっと何言ってんだお前ら。」
「では、鶴橋君は…剣野さんの隣の席に座ってください。」
「はぁ!?ちょっと待ってくださいよ!なんで私の隣にコイツが来るんですか!?私、コイツと家も一緒なんですけど!」
「さあ、早く座って。」
僕は黙ってその席に座った。剣野はなぜか怒っているようだった。先生は言った。
「では、今日は昨日言ったように、朝礼が終わったら下校です。緊急の教員会議が入りましたからね。」
「突然の急展開www」
「広、昨日あなたが寝ていた授業で言っていましたよ。なのでこれは突然の急展開ではなく、必然の展開です。」
「えっ、マジで!?オレいつ寝たっけ?」
「授業開始5分後ですね。数学にしては頑張った方かと思われます。」
「静かに。確かにこの後すぐに下校ですが、大事なお知らせがあります。それは…。」
先生は言った。
「明日、単元テストを行います。」
「嘘…でしょ…。」
「嘘…だろ…。」
あんなにうるさかった剣野と草原が一瞬で静まり返った。単元テストが何なのかは分からないが、恐ろしい術の類いなのだろうか?
「先生、どの教科のどの範囲ですか?」
やはり長道は冷静だった。先生は答えた。
「国数理社英の、2年生になってから勉強した範囲全てです。剣野さん、鶴橋君に具体的な範囲を教えておいてくださいね。」
「分かりました。今まで学んだ範囲は必ず復習しているため、そこまで心配する必要はなさそうですね。」
「あぁ…終わったわ…。」
「オレも…。」
「では、これにて本日は終了です。皆さん、また明日。」
その瞬間、根室は姿を消した。にわかには信じがたいが、本当に瞬間移動をしたのかもしれない。
(瞬間移動…そういえば、そんな魔法があったような…。)
だが、人間界には魔法がない。僕の思い込みだろう。
「またですわ。そんなに急いで、いつも何をしているのでしょう?いえ、今は勉強をするべきですわ。花音さん、一緒に勉強をしませんか?」
「そ…そうね…。悪あがきにはなるかしらね…。」
剣野は愛川に連れられて、教室を後にした。長道は、
「では、自分は勉強をするのでこれで。広も勉強したくなったら家に来てください。」
と言って教室から出た。草原はまだ立ち上がらず、絶望している。
「鶴橋君、転校初日にこんなことを言いたくはないんですが…割れた窓ガラスを掃除しておいてくださいね。あ、言い忘れていましたが、私には別に敬語を使わなくてもいいですからね。」
「…分かった。」
先生はそう言い、足早にどこかへ行った。会議はそんなにすぐ始まるのだろうか?
(とにかく、さっさと掃除をして、真守達にいろいろ聞こう。)
僕はそう思い、後ろに置いてあるほうきを手にした。すると、突然草原が立ち上がった。
「おいカノト、掃除オレにやらせてくれよ!」
「なぜ?そうすることで何か良いことがあるのか?」
「それはな…まあ、オマエも訳ありなんだろ?ならオマエにも教えておいた方がいいかなって!」
(何を?)
黙っている僕のことなど気にせず、草原は散らばった窓ガラスのもとに向かった。そして、それに両手を向けた。
「それっ!」
すると、落ちていた窓ガラスはまるで僕の瞳のような金色の光(とは言っても、僕の瞳には光がないが)に包まれた。その直後にふわりと浮き上がり、まるでジグソーパズルのように、元々あった場所に戻っていく。最後の1つがはまると、さっきまで割れていた窓が、何事もなかったかのように元通りだ。
(今のは…見たことがある。父上がよく使っていた魔法だ。だが、人間界に魔法は無いのでは…。)
僕が呆然としてそれを見つめていると、草原は珍しく小さめの声で言った。
「全然驚かねえな…。やっぱりオマエもだな。」
(…?)
その後、すぐに元の大声に戻った。
「やっぱりオレたち、絶対気が合うだろwwwそうだ!今からどっか行こうぜ!」
「なぜ?あと、気は合わないだろ。」
「いいからいいから!」
「興味はない。僕は帰る。」
「そんなこと言うなってwww」
僕の静止も聞かず、草原は僕の手を無理やり引こうとした。だが、あいにく僕は力が強い。
「うおっ、全然引っ張れねえ…。やっぱお前強えんだな!」
草原は僕を引っ張るのを諦めて言った。
「頼むっ!おごるから!」
(こいつしつこいな…。今すぐにでも殺したいが、今はナイフは無い上、相手は魔法のような何かを使える人間…。警戒するに越したことはない。ここは様子を見るべきだ。)
「分かった、ついて行けばいいんだろ。」
「来てくれんのか!?正直ダメもとだったからびっくりしたぜ!実は、おすすめの場所があるんだよな~。」
草原はさっきよりも明るいトーンで話し、何かを考えている。今からどこに連れて行かれるのかは全く分からない。すぐにこの世界は終わらせるというのに、こんなに深く関わる必要はないはずだ。
(…いや、これはただの観察だ。関わろうとしているわけじゃない。)
そう思った後、僕は思いついた。
(そうだ。どこかの路地裏に誘導して、そこで殺してしまえばいい。謎の力があるようだが、不意討ちすれば問題ないだろう。そのためにも、今はこいつを観察することに専念しよう。…1人ずつゆっくり殺すのは不本意だが、それでも世界は滅ぼせる。今回はそのきっかけだ。)
そんなことを考えていると、草原はカバンを持って言った。
「よっしゃ、行こうぜ!」
そして、僕に言った。
「オマエ窓から入ってきたよな!?降りるのも出来んのか?」
「この高さなら問題ない。」
「なら、オレを背負って飛び降りてくれよ!その方が早く学校から出られるし。」
「お前が言わなくてもそのつもりだ。」
僕はそう言い、草原をおんぶした。そして、しっかりと窓を開け、勢いよく飛び降りた。
「ちょっとはためらえよーーーーーーっ!!!!!!」
僕は、草原が叫んだことを気にもとめず、さっと着地して、草原を降ろした。
「お前…」
草原は一息おいて言った。
「マジですっげえな!」
思っていたことと違うことを言われて、僕は考えた。
(なぜ?こいつには警戒心というものがないのか?普通に考えて、6階から無傷で飛び降りる人間なんて怪しいだろう。こいつもまた理解不能な人間だ。だけど…)
「ほらっ、早く行こうぜ!」
僕は言われるがままに、草原について行った。今はそれが最も有効だ。
(……ん?そういえば先生が何か大事なことを言っていたような…。)
僕は一瞬そう思ったが、あまり深くは考えずに走り出した。
投稿遅れすぎて申し訳ありません!これからもこれくらい間が空くことがあるかもしれませんが、時間がかかったとしても、必ず完結させるので、ゆっくりと読んでくれれば幸いです。
さて、今回の「世界を滅ぼすだけなのに」はどうでしたか?なぜクラスメイトが少ないのか?草原広の謎の力の正体は?これらは次回明らかになります。楽しみにしてください!