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①世界の終わり、新たな始まり

2つの世界…それらは表裏一体。どちらか一方でも欠けてはならない。2つの均衡は保たなくてはならない。その均衡が破られれば…世は滅ぶだろう。

「ぐああっ…!」

「キャーーーー!」

「や、やめ…」

燃え上がる町、崩れていく民家、死んでいく人々。この世の終わりのような光景だ。…いや、「終わりのような」ではない、この世界は今、確実に終焉を迎えようとしていた。立っていられる人など、1人もいなかった。ただ1人を除いては。

「貴様…なぜ…こんなことを…!」

膝を着いた1人の剣士が絶え絶えとした声で、立っている男に向かって叫んだ。

「なんのために…?」

男はそう言い、少ししてから答えた。

「お前を殺すためだ。それ以外に理由はない。」

「なら…俺だけを殺せば…」

「それはだめだ。」

男は続けた。

「お前の使命はこの世界の全ての人を守り抜くこと。だから全ての人を殺して、お前を絶望させたかった。お前を殺すのはその後だ。」

「……。」

「実際、お前は絶望した。この町を見たとたんに剣を落としたお前を、忘れることはないだろうな。」

「…!うわああああっ!」

剣士は怒り狂い、剣を持って男に向かって走り出した。が、突然足を止めた。

「…あ…。」

剣士の胸には、短剣が突き刺さっていた。

「もう終わりだ。お前は何も守れなかった。民も、世界も。」

「お前は…俺が…俺の一族が…!」

そこまで言ったところで、剣士は倒れ、息絶えた。

「一族…ね。そいつらも殺した後だというのに。」

この世界に住む全ての人は、命を失った。


 僕の名はカノト。魔王族に連なる者だ。肩の下まで伸びた白髪に、普通の人と違う、光のない黄金の瞳。少々不気味かもしれないが、魔王族はこういうものなのだ。

「やっと…終わった…。」

僕はそう言い放ち、燃え上がる町を後にした。

 人から魔王の屋敷と呼ばれた自宅に着き、僕は大広間に向かった。はおっていた漆黒の…人々の血によって少し赤く染まったマントをはずす。そして、黒髪に赤い瞳の男性…僕の父上の肖像画を見つめて言った。

「父上、僕は勝ちました。もう大丈夫です。」

父上は、先の戦いで勇者に敗れた。勇者…そう、最後に殺したあの男だ。詳しいことは何も知らない。僕が知っているのは、勇者を瀕死に追い込む所まではいったものの、結局はやられてしまった、ということだけだ。助けにきたときには、既に手遅れだった。でも父上のおかげで、僕は勇者を簡単に殺すことが出来た。

 それから僕は、書庫に行った。父上は昔から本が好きで、たくさんの本を買っていた。変装していたとはいえ、よくバレなかったなと思う。僕は普段は本を読んだりはしないが、今回はなんとなく書庫にきたのだ。

「これは…?」

ふと目にとまった1冊は、初めて見た本だった。

『もう1つの世界〈人間界〉解説書』

「人間界…?」

僕は、少し読むことにした。

『この世界…〈夢世界〉とは別に、〈人間界〉という世界がある。』

『人間界には剣や盾、魔法はないが、全く異なる力や技術がある。』

『子は学び、大人は働き、懸命に日々を生きている。』

『人間界に住む人は、夢世界の存在を知らない。夢世界に住む人の多くは、人間界の存在を知らない。』

「こんな世界があるのか…。知らなかった。」

しかし、ある1文を読んでページをめくる手を止めた。

『嬉しいことも悲しいこともあるが、多くの人がこう言う、「なんだかんだ幸せだ。」と。』

「…っ!」

突然怒りがこみ上げた僕は、本を投げ捨てた。

「はあ…はあ…。」

僕は、「幸せ」という言葉が嫌いだ。その言葉を聞くと、怒りが抑えられなくなる。

「この世界でも…誰かが幸せに生きているのか…。許せない…許せない…!滅ぼさなくては…!」

 ふと投げ捨てた本を見ると、『人間界への行き方』と書かれていた。

『この呪文を唱えれば、道が開かれる。力を持たぬ者、迷える者の前には道は開かれない。』

「行けるのか、人間界に…?でも…。」

 僕は不安になった。なぜならば、僕は魔法が使えないからだ。正確には、魔力が全くない、と言ったところだろうか。魔王族ならば必ず使える闇の魔法すら、僕には使えない。それから、僕はさっき嘘をついた。白髪に黄金の瞳など、魔王族ならばあり得ない。夜の闇のような黒髪、血のような赤い瞳こそ、魔王族のあるべき姿なのだ。

(僕は本当に魔王族なのか?)

そう思うこともあった。でも父上は、

「大丈夫。正真正銘の魔王族だ。カノトはきっと、母親似なんだろう。」

と言ってくれた。母上は、僕が物心つく前に病気で亡くなったと聞いた。だからどんな人だったのか、全く覚えていない。

 と、その時。

『大丈夫よ、カノト。あなたなら出来る。』

「!?」

どこからか、女性の声が聞こえた。でもどこか心地よくて、自信が湧いてきた。

「大丈夫…。僕ならきっと…。」

僕は自分にそう言い聞かせ、書いてある呪文を唱えた。

「力を宿す者に、世界を渡る道を。」

 すると次の瞬間、僕の周りの空間が歪んだ。

「な、なんだ!?」

立て続けに、ものすごい轟音や、人の声が響いた。

「うっ…ああ…。」

僕は気を失ってしまった。


 なんだ?声が聞こえる。

『はいこれ!2人にあげる!』

『まあ、なんて美しい花なんでしょう。嬉しいわ、ありがとう。』

『きれいな色だな。部屋に飾っておこう。感謝するぞ。』

『えへへ…。』


「…はっ!」

 僕は目を覚ました。さっきまで屋敷にいたはずなのに、森の中にいる。

「ここは…?」

さっきまで読んでいた本を手に持ち、僕は近くの道を歩いた。

 しばらくして森から出た僕は、驚きの光景を見た。灰色の四角い建物に、ものすごい早さで進む馬車。

「こんなものは見たこともないぞ…。まさかここが!?」

 そう、僕は人間界に着いたのだ。

「ここが人間界か…。」

そして、道行く人の笑顔を見て、僕はつぶやいた。

「必ず滅ぼす…。この世界の人も皆殺しだ…!」

僕は木を引き抜き、人にぶつけようとした。力には自信があるからだ。と、その時。

「そこの君、何をしているんだ。」

「…お前誰だ。」

振り向くと、何やらしっかりした服装の人がいた。変な帽子をかぶっている。

「僕のことは放っておいてくれ。」

「いや、放っておくわけにはいかない。私は警察だからな。」

「警察…?」

「君は警察を知らないのか?警察は、町の平和と安全を守る仕事だ。」

「ふうん…。」

「とにかく、質問に答えてもらおう。君の名前は?」

「…カノト。」

「カノト君か。年は?」

「…17。」

「住んでいる場所は?」

「……。」

「住所が分からない…のか?」

(ったく、しつこい奴だな。殺すか…。)

僕がポケットから短剣を出そうとした時。

「待てよ…まさか君、家が無いのか?」

「…!」

「ご両親は?」

「……っ。」

「そうか…そういうことか…。」

警察は続けた。

「君もあの時の事故で、ご両親を亡くしたんだね…。」

(何を言ってる?事故…?一体何があったんだ?)

「すまない、思い出したくないことを思い出させてしまったかもしれないな。こっちに来なさい。」

まだこの世界のことを何も知らない僕は、仕方なくついていった。

「ほら、着いたぞ。」

「これはなんだ?」

「ここは君のように親を亡くした子供達が住む施設だ。あの事故をきっかけに、多くの子供が親を失ってしまったんだよ。」

「だから事故って…」

「大丈夫、君はもう1人じゃない。」

「…!?」

その言葉を聞いた瞬間、激しい頭痛が僕を襲った。

「くっ、うぅ…。」

「カノト君?どうしたカノト君!」

警察の声は僕には届かなかった。僕の脳裏にはずっと「1人じゃない」という言葉が響いた。

(昔父上に言われたのか…?でも、なんでこんなに頭が…。)

「まあ大変!大丈夫!?」

突然、茶色い髪を2つ結びにした1人の女性に声をかけられた。どうやら、心配した警察が連れてきたようだ。

真守(まもる)さん、この子が急に苦しそうにして…。」

「そうでしたか。あとは私におまかせください。」

「ありがとうございます!」

そう言うと警察は、どこかに向かって行った。

「警察さんから話は聞いたわ。カノト君よね。」

「……。」

真守と呼ばれた女性は僕を茶色い瞳で見つめ、元気のいい、でも穏やかな声で言った。

「今までつらかったでしょう?そうだ!実は今、ここに住んでいる子の誕生日パーティーをしているの。あなたも一緒にその子を祝いましょう!きっと楽しいわよ!」

口も開かない僕を心配したのか知らないが、真守は無理やり僕を引っ張った。

「あっ、私は真守エミ。よろしくね!」

 施設に入り、1番広い部屋に入ると、そこには大きなテーブルがあった。その上には見たことのない謎の物体があった。薄ピンクの塊の上や周りに、赤い何かがある。そしてそのテーブルを囲むように、10人の人がいた。大半が幼い子供だ。そのうち、恐らくこの施設の管理者であろう女性が1人。そいつは、髪を1つに結んでいることを除けば、真守にそっくりだ。それから、僕と同年代であろう女が1人いた。他の人が黒や茶色の髪や瞳なのに対し、そいつは赤い髪を高い位置で1つ結びにしており、少しつり上がった青い瞳だった。

(目立つ奴だな。)

と思っていたら、そいつは言った。

「あんたは誰?自己紹介しなさいよ。」

突然だったから、僕は少し動揺した。

(急になんだよ…。というか、自己紹介ってなんだ?さっき警察に聞かれたことを言えばいいのか?)

僕は渋々言った。

「カノト。17歳。」

(きっとこいつらも、僕を恐れるんだろう。)

僕はそう思った。どちらにせよ殺すから、どうでもいいが。

 だが、予想外の返事が返ってきた。

「それだけ?自己紹介なんだから、もっといろんなことを教えなさいよ!」

(なんだこいつ…。)

同年代の女は、僕に言った。人間界の奴らは魔王族を知らないのだろうが、恐れがなさすぎる。

「じれったいわね。私が先に自己紹介するわ!」

女はそう言い、自己紹介を始めた。

「私は剣野花音(つるぎのかのん)よ。今日17歳になったわ。」

(こいつの誕生日だったのか。)

「私はいちごが好きなの。だからこのケーキはいちごのクリームで、いちごがたくさん乗っているわ!」

(これはケーキというのか。赤いのはいちご。)

「次はあんたの番よ。」

「僕は…。」

僕は言葉に詰まった。

(何かを好きになるって、どういうことなんだろう…。)

僕には怒りや憎しみ、恨み、殺意などの負の感情しかない。喜びも楽しみも幸せも…僕には分からない。だから僕は普段は何も考えていなかった。この光のない瞳も相まって、父上は僕がいつもぼうっとしているように見えて心配したのか、いろんな物を買ってきた。でも、そのどれも僕の心には響かなかった。でもいつの日も僕の心の奥底には、正体の分からない憎しみが渦巻いていた。

「あんたは好きな物がないの?食べ物とか、遊びとか、色とか。」

「分からない…。」

「ふうん…。」

剣野はそう言い、黙り込んだ。すると、真守にそっくりな女性が言った。

「大丈夫、私達と一緒に、ゆっくり見つけていきましょう。私は真守エマです。これからよろしくお願いします。」

「そうそう、私のことはエミ先生とでも呼んでね!お姉ちゃんのことはエマ先生ね!私達は双子なの!」

「変な人ね、あんた。まあいいわ。それより、私の誕生日を祝いなさい!」

「祝うって、どうやって…。」

「どうって、ケーキを食べるのよ!」

「違うでしょ、花音ちゃん。まずはロウソクに火をつけるでしょう。」

「あっ、忘れてたわ。ありがとうエマ先生。さっそくつけてもらえる?」

「分かりました。」

そう言うと真守…これだとどっちか分からないな。仕方ないからエマ先生と呼ぶか。エマ先生はカーテンを閉めて、ロウソクに火をつけた。1つ、2つ、3つ…17ものロウソクに火がついた。

「わー、きれい!」

「ろうそくたくさん!」

子供が騒いでいる。

(火をつけただけだろ。何が面白いんだ。)

「じゃあ、みんなで歌を歌いましょう!せーの!」

エミ先生の合図に合わせて、剣野と僕以外の奴らが突然歌い始めた。

「ハッピーバースデートゥーユー!バースデートゥーユー!バースデーディアー花音ちゃんー!ハッピーバースデートゥーユー!」

「花音ちゃん、おめでとうございます。」

「おめでとう花音ちゃん!」

「かのんおねえちゃんおめでとー!」

「ふふっ、みんなありがとう。」

僕はこのやりとりを、ただぼうっと眺めていた。みんなに近づこうとも離れようともせず、たたずんでいた。

(なんだこれは…?何かの儀式か?)

「ちょっとあんた、何か言うことはないの?」

剣野は僕を見て言った。

「お祝いの言葉よ!」

「……。」

「もう、あんたが言うまで火を消さないんだから!」

僕が黙っていると、エマ先生が言った。

「花音ちゃん、無理やり言わせるのはよくないですよ。」

「でも。」

「今は無理でも、来年はきっと。ね。」

「…分かったわ。」

剣野はそう言い、ロウソクの火を吹き消した。

「おめでとう!」

エミ先生が勢いよくカーテンを開け、クラッカーを鳴らした。

「うわっ、びっくりした!」

「もーエミせんせい、さきにいってよー。」

「ごめんごめん!でも、この方が盛り上がるに決まってるしね!」

「せんせい、わたしはやくケーキたべたい!」

「ぼくも!」

ものすごいやかましさに、僕はイライラしてきた。

(何がこんなに楽しいんだ…!)

すると、剣野が言った。

「先生、私とこいつの分を切り分けといてちょうだい。ちょっと話がしたいの。あっ、イチゴ増し増しで!ほら、こっちに来なさい!」

「えっ、ちょっと…。」

真守達の返事も待たずに、剣野は僕を引っ張って2階に連れていった。2階には、エマ先生、エミ先生、剣野それぞれの部屋と、まだ小さな子供達の共有部屋があった。そいつらが大きくなった時のためか、空き部屋もたくさんある。

 剣野は廊下で立ち止まり、僕を睨んで言った。

「あんた、テンションが低すぎよ!どんな人生を送れば、そんな無感情で生きていけるのよ!」

「……。」

「みんなが私のために歌ってる時もあんたは黙ったまま、自己紹介も真面目にしないし、好きなものが分からないなんて。あり得ないわよ!」

「なら教えてくれよ…。」

僕は聞き取れないくらい小さな声で言った。

「何?」

「教えてくれって言ってるんだよ!」

僕は思わず声を荒げた。

「分からないんだ!何かを好きになることも、何かを楽しむことも、何かに喜ぶことも…!まるで全部抜き取られたみたいなんだよ、そういった感覚が!」

「……。」

「お前みたいな奴が嫌いなんだよ、感情が激しい、理解出来ないお前が!」

剣野はしばらく僕の話を聞いていたが、少し笑顔で言った。

「なあんだ。」

「…は?」

「は?って何よ。安心したのよ。あんた私のお兄ちゃんに似てるから。」

「お前の兄?」

「ええ。私のお兄ちゃんは、昔は優しくて、面白い人だった。けれど、私が7歳になった頃に、ある日突然感情がなくなったの。何度声をかけても笑ってくれない。言うことは聞いてくれるけれど、言わないと何もしなくて、ぼうっとしていたの。いつも黙っていて、何を考えてるのかさっぱり。…でも。」

「でも?」

「私にはお兄ちゃんが、いつも悲しい目をしていたような気がしてならないのよ。もう聞くことは出来ないけど。」

「…?」

剣野は続けた。

「私のお兄ちゃん、もう死んじゃったの。」

「そうなのか。」

「ええ、両親もその時に…。あまりにも突然で、私、受け入れられなくて…。」

(警察が言ってた事故か。)

「でも、もう大丈夫よ。先生や、同じ境遇の子供達と関わって、ようやく前を向くことが出来たわ。…そんな時、あんたがやってきたのよ。あんたを見ていると、お兄ちゃんを思い出すわ。でもね、今のあんたを見て安心した。あんたは好きとか、楽しいとかは分かんないのでしょうけど、怒りはあるんだって。お兄ちゃんは、私が何をしても怒らなかったから…。」

剣野は死んだ兄のことを話したからか、ばつの悪い顔をしている。

「つまり、お前は何が言いたいんだ。」

「ええっと、その…お兄ちゃんはもう死んじゃったから、どうしようもない。けれど、あんたはまだ生きてるから、夢を少し変えようと思って。」

「夢?」

「あんたに…感情を知ってほしい。喜ぶこと、楽しむこと、何かを好きになること…。お兄ちゃんの笑顔をもう一度見ることは叶わなかったけど、あんたには笑ってほしいの。」

「そんなことは出来ない。諦めてくれ。」

僕がそう言うと、剣野は元のつり目に戻った。

「はあ!?なんてことを言うのよ!私絶対諦めないから!とにかく、この話は一旦終わり!戻ってケーキを食べるわよ!」

剣野に連れられながら、僕は考えた。

(感情を知る必要なんてない。笑う必要もない。こいつは本当に理解出来ない…。)

リビングに戻ると、まだみんなケーキを食べる途中だった。

「かのんおねえちゃんおかえりー。」

「なんのおはなししてたの?」

「大した話はしていないわ。それより、みんなにお願いがあるの。」

「みんな…っていうのは、私達先生も入る?」

「もちろんよ。」

剣野は言った。

「みんな、こいつとたくさん話してほしいの。それから、たくさん一緒に遊ぶの。見た目はちょっと変だけれど、怖がらないでほしい。」

「お前、何を勝手に…。」

僕は困惑した。そんなことを僕は求めていない。そもそも僕は、この世界を滅ぼすために来たのに。

(まあいい、むしろ好都合だ。怪しまれずに済むんだから。)

「私が言いたいのはそれだけ。じゃあ、お待ちかねのケーキタイムね!」

剣野はそう言い、切り分けられたケーキの乗った皿を2つ取った。

「これはあんたのよ。私の隣に座りなさい。」

「いらない、お断りだ。」

「あんたに拒否権なんてないわよ!いいから座って、おとなしく食べなさい!」

これ以上抵抗しても無意味だと悟った僕は、仕方なく席についた。確かに空腹だが、こんな物が腹の足しになるとは思えない。とりあえずフォークでほんの少しだけ取り、しぶしぶ口に入れた。

(……!)

今まで口にしたことのない味だ。

「どう、おいしい?」

「…別に。」

僕はそう言い放ったが、ケーキを食べる手は止まらなかった。

「本当はおいしいんでしょう?まあいいわ。私も食べないと。」

剣野はものすごい早さでケーキを食べ始めた。

「おいしいっ!」

(気にしてなかったが、おいしいってなんだ?)

僕はそう思ったが、特に気にはとめなかった。

「そういえばあんた、変な服を着てるわね。コスプレか何か?」

「こすぷれ…?そんな物は知らない。これは普段着だ。」

「おにいちゃん、どらきゅらみたい!」

「かっこいい!」

(こいつら、僕が怖くないのか?)

「カノト君、ケーキ食べたらちょっとこっちに来てくれない?」

エミ先生が言った。

 それから食べ終わり、エミ先生と話をした。

「カノト君、あなたはどこに住んでたのかな?」

「……。」

「両親のことは覚えてる?」

「……。」

「…そっか。分かった。じゃあ、ちょっと着いてきて!」

エミ先生は、僕を2階に連れて行った。そして、何もない部屋に案内された。

「今日からここがあなたの部屋よ。家具とかはなんとか今日中に用意するから、安心してね。これからよろしく!」

そう言うと、足早に1階に降りていった。子供が呼んでいたのだろう。

「僕の部屋…。」

ベッド、机、タンス…ひととおりの家具を置いても、かなり余裕がありそうな広さだ。

「住むつもりはなかったが…悪くはない。今日の夜までここで暮らし、寝静まった頃に殺すか。あとは勢いのままに滅ぼせばいい。」

「あんた、何をぶつぶつ言ってるの?」

「またお前か…。」

「何よ失礼ね。そんなことより、あんたは誕生日いつ?」

「…4月22日。」

「あっそう。ところで、ここってあんたの部屋になったの?」

「そうらしい。」

「私の部屋は隣だから。じゃあね。」

そう言い、剣野は部屋を後にした。

(何がしたい…?何が言いたい…?あいつは理解不能だ。)

特にやることがない僕は、再び本を開いた。

『人間は脆い。多くが自分を守る手段を持たない。』

「この世界の人間も同じか。これはすぐに終わりそうだ。」

 夜になっても、僕は本を読んでいた。とても分厚くて、1日かけても読めそうにない。

「あんた、夜ごはんの時間よ!早く降りなさい!」

(もうそんな時間か…。)

僕は本を閉じ、ポケットに入れた。言ってなかったが、僕のズボンのポケットは父上の魔法によって、見かけに反してたくさんの物が入る。だからこの本も隠していられるし、ナイフは20本入れている。

 リビングに行くと、他の人はすでに席に座っていた。僕と剣野も座ると、エマ先生が言った。

「皆さん、今日の夜ごはんは、ハンバーグですよ。」

「やった!」

みんなが喜ぶなか、僕は無言で座っていた。すると、剣野が言った。

「あんた、ハンバーグ好きじゃないの?」

「そんなものは知らない。」

「えっ!かのとおにいちゃんハンバーグしらないの?」

「すっごくおいしいんだよ!」

「もし不味かったら、私によこしなさいよ。」

「もう、かのんおねえちゃんくいしんぼう!」

そして、目の前に皿が置かれた。この茶色い塊が、ハンバーグなのだろう。

(父上がよく作ったハソバーグに似てるな。)

ハソバーグというのは、魔物の肉と魔物の卵を混ぜて塊にした料理だ。父上の好みなのか、頻繁に作っていた。

「いただきます!」

他の奴らは謎の言葉を口にしていたが、僕は気にせずハンバーグを食べた。

(味もハソバーグにそっくりだが…この赤いのは魔物の血ではないのか。…そういえば、人間界には魔物はいないと書いてあったな。)

「そういえばエマ先生、エミ先生はどこに行ったの?」

「すぐに戻るから、大丈夫ですよ。…ほら、噂をすれば。」

「みんなただいま!カノト君、ごめんね遅くなって!」

「何が…って。」

窓の外のエミ先生を見て、全員が唖然とした。エミ先生は、荷台にたくさんの家具を入れて、ここまで1人で運んできたようだ。

「せんせい、なにそれ!」

「これはカノト君の部屋に持っていくのよ。はあ、疲れた。」

「すごい量ね。まさかあんたがエミ先生に運ばせたんじゃないでしょうね!?」

「別に頼んでいない。あいつが勝手に持ってきたんだ。」

「『勝手に』なんて失礼ね!わざわざ持ってきてくれたのよ!ここからはあんたが運びなさい!」

「いいのよ。カノト君は夜ごはんを食べててね。…とは言ったものの、どうやって2階に上げよう?」

少しして、僕は夜ごはんを食べ終わった。その時もまだ、エミ先生は家具を運ぶことを苦戦していた。このまま待っていたら、真夜中になってしまいそうだ。さっさと部屋で休みたい僕は、自分で家具を運ぶことにした。

「よっ。」

「おっ、カノト君すごい力だね…。」

僕は右手で勉強机、左手で椅子を抱えて階段を上がった。それを置いた後、ベッド、本棚、クローゼットを運び、置いた。

(どうせ一晩限りの部屋だ。適当でいいだろう。)

「カノト君すごーい!先生には重くて持ち上げることも出来なかったよ。」

「お前に任せたら永遠に運べないと思っただけだ。」

「うっ…と、とにかく。」

エミ先生は笑顔で言った。

「ありがとう、カノト君!」

「…おう。」

「本とか文房具とか服とか、他に欲しい物があるか考えてて。明日買いに行きましょう!」

そして、エミ先生は下に降りていった。

(ありがとう…?どういう意味なんだ?そういえば父上も時々言っていたような…?)

 真夜中になり、騒がしかった子供の声も聞こえなくなった。

(やっと寝たか…。じゃあ、始めるか。)

出来るだけ音を立てないように部屋から出た僕は、隣の部屋…剣野の部屋に入った。真っ暗でよく見えないが、ベッドの上に剣野がいることは分かった。僕はナイフを取り出し、剣野の首筋に向けた。

(終わりだ。)

『あんたには笑ってほしいの。』

突然、僕の脳裏に剣野に言われた言葉がよぎった。いつもつり目の剣野が穏やかにほほえんだあの瞬間と同時に。

「うぅ…お兄ちゃん…。」

剣野が声を上げ、僕は一瞬怯んだ。気づかれたかと思ったからだ。

(起きたのかと思った。まあいい、今度こそ。)

改めて剣野にナイフを向けた。その時僕は、剣野が苦しんでいることに気づいた。僕が殺してきた人も、こんな顔をしていた気がする。

(……。)

何を思ったのか、僕はナイフをしまった。そして、無言で部屋から去り、自分の部屋に戻った。

(あいつは何なんだ?僕はなぜあいつを殺さなかったんだ?何も分からない…。)

僕はもう訳が分からなくなって、ベッドに寝転がった。

(しばらく様子を見るか…。)

そう自分に言い聞かせ、僕は眠りについた。


『お父さん…お母さん…怖いよ…。ここはどこ…?ねえ、助けて…!』


「…!」

僕は目を覚ました。時計に目をやると、「6月10日7:30」とあった。1度寝てしまうと、あっという間に朝になるものだ。

「あんた、入るわよ!」

勢いよくドアを開け、剣野が入ってきた。起きたばかりなのか、髪を結んでいない。昨晩のことがバレたのだろうか。

「ひとまずこれを着なさい!それから、このカバンを持って外に出るのよ!早く!」

そう言い放ち、剣野は持っていた服とカバンを僕に向けて投げた。そして、足早に部屋を後にした。

「なんだよ…。無茶苦茶だな。」

僕は言われるがままにその服を着た。白の半袖シャツに、黒くて堅苦しいズボンだ。赤いネクタイを無理やり結び、思っていたよりも重いカバンを持ち、外に出た。

「あんなに急いでおきながら、あいつはまだ来てないのか…。」

その直後、ドタドタという音が聞こえ、剣野が出てきた。

「あ、あんたもう出てたのね…。」

「なんだ、その格好は?」

剣野は白の半袖シャツに膝丈のスカートをはいていた。赤いリボンをつけており、さっきまで髪をおろしていたとは思えないほどきっちりと結ばれている。

「これは制服よ。あんたも着てるじゃない。」

「…?」

「あんたよく聞いて。今日からあんたは学校に行くのよ。」

学校…。夢世界にもあった気がする。僕は行っていなかった。勉強は全て、父上に教わっていた。

「なんで僕が学校に?」

「私も分かんないわよ。でもエミ先生がそう言ってたの。そういうことになってるのよ、きっと。」

「???」

「とにかくついてきなさい!」

どういう訳か…僕は学校に行くことになったようだ。でも、これは好機だ。学校には大勢の人が集まる。人間界を滅ぼすきっかけにはなるだろう。…昨晩なぜためらったのかは分からないが…気にとめることでもないだろう。

 この時の僕は知らなかった。この先僕が、人間界を滅ぼすというそれだけのことを、全くすることが出来ないということを。

次回から、カノトの学校生活が始まります。無感情な彼は、どんな学校生活を送ることになるのでしょうか?投稿はとてもゆっくりだと思いますが、いい作品になるよう頑張ります!

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