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7 皇帝陛下

 ディートフリート・D・シューレンベルクは、ドルフ帝国の唯一の王子であり、皇太子だ。

 その人柄は謎に包まれていたが、共通認識として表舞台にあまりでてこないことで有名だった。

 現在の皇帝は玉座につく前からあれこれ政策を行っていたことで知られている為、その違いもあって尚更露出が少ないと思われている。

 つまり、リゼットは皇太子のことは名前しか知らなかった。

 

 今の今までは。

 

 目の前で笑いながら馬車を降りるディーを見つめて、リゼットは瞬きを繰り返す。


 ――ディーが皇太子? あの?

 

 あまりにも予想外の展開に、かなりついていけない。

 正直、帝国の皇太子についてリゼットは興味がなかった。関係ないことだ。実際アルサンテの聖女だったならば関わることはなかったかもしれない。

 だからこそ驚いている。

 ある意味雲の上の存在にあってしまったような感覚だった。

 

 さっと、手を差し伸べられる。ほぼ反射的にその手をとったリゼットは、するりと馬車から降りた。

 馬車の外には、いつのまに着替えたのか、帝国軍人の制服を着たテオたちが立っていた。その後ろには巨大な城がそびえ立つ。

 圧倒される。

 城も、かなり大きい。アルサンテの数倍はあろうか。

 立ちすくむリゼットの手をディーが掴んだ。


「父上は」

「謁見の間にてお待ちです」


 ディーの問いかけに答えたのは誰だったのか、確認する間もなく、ディーはリゼットの腕を掴んでドカドカと城に入っていく。何の説明もなく進むディーに何事かと呼びかけても、返事はない。

 ディーは立ち止まることなくどんどん進み、巨大な石柱の並んだ廊下を通り抜けた。巨大な扉の前までくると、衛兵の手で扉がゆるやかに開かれる。

 ディーが大きな声で叫んだ。


「父上! 聖女をつれてきたぞ!」


 扉から真っ直ぐ床を彩る真っ赤な絨毯(じゅうたん)。その両脇にずらりと並ぶのは、身の丈ほどもある槍を持った騎士たち。さらに奥には、街で見た人々よりもさらに絢爛豪華(けんらんごうか)な衣装に身を包んだ貴族と思われる者達が集まっていた。

 そして絨毯の先にいたのは。


「父上って、皇帝陛下?」


 リゼットは呆然とつぶやいた。

 玉座には初老の男性が座っていた。褐色の肌。黒い髪には白が混じっている。柔和な笑顔でこちらを見下ろしているが、そこには僅かな野生みが混じっていて、ドッカリと座る姿勢はなんとなく悪い。外見も雰囲気もどことなくディーに似ていた。

 しかし、驚くほどの威圧感がある。アルサンテの国王とは面識があるが、それとは全く違う。


 ――これを格が違うっていうのかしら。


 リゼットは皇帝を見上げながら思った。

 ふと、謁見の間にいた貴族達にざわざわという波紋が広がっていることにリゼットは気がついた。視線が痛いほどリゼットに刺さっている。

 ドキッと心臓が音を立てた。


 ――見られてる。いいえ、値踏みされている?


 こんなに大勢の前に出されるのは、聖女の儀式を人々の前で見せた時だけ、それだって年に1度あるかないかだ。しかも、ここは帝国。

 このあたりで最も大きく力のある国だ。その王と向き合っている。その貴族たちの目に晒されている。そう思うと驚くほどに脚がすくんだ。


 思わず後退りをしそうになる。すると、手を繋いだままだったディーが、ギュッと力強くリゼットの手を握った。見あげれば、いつもの軽薄な笑顔を浮かべたディーがリゼットを見下ろしていた。リゼットは目を瞬かせて、少しだけ力を抜く。

 安心したなどとは、なんとなく言いたくなくて、無言で視線をそらす。

 リゼットから怯えが消えたのを確かめて、ディーは再び王へと顔を向けた。


「父上、彼女が聖女だ。これで病に苦しむ帝国民を救える」


 その声は今まで聞いたどの言葉よりも、 真摯(しんし)で切実な思いを乗せているように感じた。

 王族の権威のために聖女が必要だと馬車ではいったが、本当はこちらが目的だったのだろう。


 皇帝の視線が再びリゼットを貫いた。恐怖があったが、つないだ手に力をもらったように脚の震えはおさまっていて、リゼットは 毅然(きぜん)とした態度で皇帝を見上げる。

 本当は礼をするべきなのだろうが、ディーに手を繋がれて (ひざまづ)くことができないので、そうするしかなかった。そんなリゼットを面白そうに皇帝が見つめる。すぐに視線はディーに向けられた。


「いずこの国から ()してきた」

「アルサンテ」

「……あの国か。まさか強引に連れてきたのではあるまいな」

「まさか。合意の上だ」


 ディーが淡々と答える。すると皇帝は頬杖をついて盛大にため息をついた。


「彼女の合意があるのかどうかではなくてだな……アルサンテ王国の 承引(しょういん)はあるのかと聞いたのだが……」


 人様の国の聖女を無断で連れてきたというのは、大きな国際問題にあたる。王がそれを気にするのは当然だ。しかし、そもそも、普通、聖女を他国に渡す国があるはずもなく、同意もなにも、あるわけがないのだ。


「ああ、いや、馬鹿なことを問うた。そしてお前も馬鹿なことをしたな……」


 困ったように皇帝が、皺のよった眉間をもむ。

 ディーは肩をすくめて、リゼットの手を引っ張った。たたらをふむように、リゼットはディーの真横に立たされる。


「同意はない。が、不要だと思う」


 皇帝が不思議そうに片眉を上げた。

 そのしぐさは、時々ディーが見せるものによく似ている。


「彼女、リゼットは先日聖女の称号を失い、追放された。アルサンテには今別の聖女がいる」


 ざわっと貴族達に動揺が広がった。

 王はリゼットとディーを交互に眺めている。

 一人の男が貴族たちの塊から前に出た。深いグリーンのジャケットが程よく目立つ、見事な (ひげ)をもつ男だった。男が皇帝に発言の許可を求めると、皇帝は 鷹揚(おうよう)に頷く。


僭越(せんえつ)ながら、皇太子殿下、お尋ねしたいのですが」

「なんだ公爵」


 ぶっきらぼうにディーが答える。

 

「そちらの少女はまだ幼いようにお見受けいたします」

「それでも立派に聖女をしていた」

「今も聖女でございましょうか? 今は、聖女ではあらせられないのですか?」


 面倒そうにディーが顔をしかめた。


「アルサンテの聖女では無くなったが、聖女の力はある」

「ではなにゆえに聖女のお立場を 譲位(じょうい)なされたのか?」

「もう一人の聖女が色々と 画策(かくさく)したらしい。力がないと誤解されて追い出された。そうだよな」


 確認するように顔を向けられて、リゼットはなんとか頷く。

 頷いて、首をかしげた。


「あの……」

「ん?」


 小声でディーを呼ぶ。




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