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6 帝国に到着したみたい


 

 アルサンテ王国を出て数日。

 小さな街や村の宿屋を転々としながらたどり着いたドルフ帝国の首都は、アルサンテとは全く違っていた。


 広い道路の両脇に並び建つ家々は背が高く、黄色みがかった灰色の煉瓦造(れんがづく)り。何階建てのなのか、それは覆いかぶさってくるのではと錯覚するほど、大きく重厚で、建物に挟まれた空を狭く見せた。そのせいで威圧感すらあるが、同時に規則的な美しさもある。

 

 壁にずらりと並ぶ窓がきらきらと太陽の光を反射させ、壁面を彩り、道路に等間隔に配置された金属製の街灯が手助けして、道がどこまでも続いていきそうな錯覚を与える。

 

 街灯が建つのは、人専用の道なのだろう。多くの人が行き交っていた。

 リゼットは人々を物珍し気に見つめる。

 女性の服の形はドレスに近く、色鮮やかでレースやフリルがふんだんに使われているし、男性はシックなジャケット姿で優雅に歩いている。生活水準の高さがうかがい知れた。


 がたがたと音を立てて疾走していた馬車が、カツンと音をたてて、小さな石屑(いしくず)を飛ばした。道に視線を落とせば、敷かれた石は均等で綺麗に慣らされているのが見て取れた。


「アルサンテとは違うか」


 馬車の窓に張り付くように街並みを眺めていたリゼットは、ディーの声に呆然とうなずく。


「アルサンテは木製の家が多くて、だからそんなに建物の背が高くないの。それに人の服も……。歩いてるのって貴族?」

「平民もいる」

「あれが? すごいわ」


 純粋に驚いてリゼットはあちこちに目を向けた。

 

「煉瓦造りだから火事に強そうね。燃えても火が広がらない気がするわ。街灯はこれはもしかしてガス灯? アルサンテはオイル灯なのよね」


 リゼットは街の作りには詳しくなかったが、街の不便さは知っている。アルサンテの裏町で育ったリゼットにとって、なぜこんなにも住みづらいのか、というのは幼いながら謎であった。

 聖女として勉強することができるようになったことは、大きな変化だったと言える。

 そのおかげで、色々と調べることができたが、知らないことはたくさんあるものだと実感していた。

 夢中になっていると、クスッとディーが笑った。


「なに?」


 尋ねれば、ディーはなんだか嬉しそうに笑っている。


「いや、いい街だろう」


 うん。とリゼットは頷いた。


「私、アルサンテを出たことがなかったから、驚いてる」

「そうだろうな」

「でも帝国の首都に来ることになるとは思わなかった。どうして首都に?」

「首都に用があるからさ」

「それはそうだけど……どんな用?」

「うーん。なんて言っていいかなぁ」


 ディーが困ったように腕を組んだ。

 意外に思ってリゼットは目を瞬かせる。今までこういった質問は、はぐらかしてばかりだったのに、今はどうやら何か話してきかせてくれるらしい。

 正直リゼットはこの旅を楽しんでいた。何をされるのだろうかとそわそわしていたのだが、乱暴なことはされることもないし、一緒に食事をとり、宿では一人部屋を与えられる。逃げられることなど考えていないという姿勢を見せられて、拍子抜けしたくらいである。

 それにディーとの会話は話題に困らないし楽しい。聖女として清楚(せいそ)な人格を演じる必要もない。今までは聖女らしくしてほしいと頼まれて演じていたが、その必要がないことは予想以上に楽だった。


「俺は帝都出身なんだが」

「へぇ」

「ちょっと聖女が必要でなぁ」

「なぜ?」

「権威のためかな。前からずっと必要だったんだ。ドルフ帝国には聖女が永らく現れていない。神殿の権威が落ちること自体は王国としてはそれほどの痛手ではないんだが、民の気持ちが王家から離れていくのは辛いものがある」


 リゼットは首を傾けた。


「なんで王家の話?」

「アルサンテと同じで、この国じゃ聖女は王家と結婚することが多いから。それで王家への信頼を得ていたという面もあってだな……」


 ディーの言葉を、リゼットは「じゃなくて」と遮った。

 

「なんでディーの口から王家の話がでるのかって言ってるのよ。あなたが聖女の力が欲しいのと、王家と何の関係が――もしかして、ディーってこの国の貴族……なわけないわよね。貴族らしくないし」


 リゼットがそう言うと、ディーは肩をすくめてみせた。

 その時、馬車の速度がゆるゆると遅くなり、やがてピタリと停まる。


「――あれ?」

「あ、ついたか?」


 馬車の窓が外から叩かれる。ディーが窓を開けると、そこには仲間の一人であるテオが立っていた。

 

「ディー、到着しました」

「おう。……あ、もういいぞ、名前呼んでも」


 一瞬テオが沈黙して、それからため息をつく。


「まぁそうあからさまにため息をつくなよ」

「ため息くらいはつかせてください」

「幸せが逃げるぞ」

「誰のせいだと思ってるんですか」

「ため息なんぞ個人の問題だろう」

「そのため息が誰のせいで出ているのか、一考していただけますでしょうか」

「ひどいな、俺のせいにするのか」

「あなたのせいですよ、ディートフリート様」


 ――ディートフリート、さま?


 目を丸くしたリゼットを、ディーが悪戯が成功したような顔で見やる。


「ちょっと、どういうこと?」


 尋ねるが、ディーは何も答えない。それで仕方なくテオに視線を移すと、やれやれといった様子でテオがさらにため息をついた。

 優雅に足を組んだディーを指して、諦めたような顔でテオは言った。


「こちら、ドルフ帝国の皇太子殿下、ディートフリート・D・シューレンベルク様です」


「ディートフリート、ディー、シューレンベルク……。こうたいし……皇太子!?」


 リゼットはギョッとして口を開け、ディーを見た。

 ディーは変わらないニヤけ面を浮かべて言った。


「ようこそ。俺の国へ」


 


 

 


 

 


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