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4 それから


 

「それで自棄(やけ)になっていたわけか」

「なってないわ」


 話を聞いたディーの言葉に、リゼットは噛みつくように言い返した。

 いつのまにか随分短くなった蝋燭(ろうそく)は先程よりも勢いよく火をゆらしている。それを眼帯のない方の目で眺めながら話を聞いていたディーは、鼻で笑ってワインの入ったグラスをリゼットに突きつけた。


「じゃあなんで自分から誘拐されるんだよ」


 言われて、さっとリゼットは目をそらす。

 

 追放を言い渡されたリゼットは、そのあと親しくしている貴族などに会いに行った。味方を手に入れるためだ。しかしことごとく追い返された。どうにか決定を覆せないかと力のある貴族に会いに行くが、話はすでに通っていたようでやはりこちらも追い返される。

 会議でリゼットを追い出すことが決まったにしては早すぎる情報共有に、会議が茶番だったことを痛いほど理解させられた。

 結局夜まで走り回っても収穫(しゅうかく)はなく、自分の家へトボトボと帰る事になった。

 

 家は神殿から与えられた古い屋敷だ。しかし使用人などはいないので、生活範囲だけ一人で掃除してそれ以外は放置されている。贅沢ができないから娯楽品などはないし、食費も少ないので腐る野菜もないほど貧しい。それでも屋根とベッドがあるだけいいとリゼットは思って、ずっとここで暮らしていた。

 そんな家を一度眺めてから、わずかな日用品を集めて荷造りを始めたリゼットの手は、すぐに止まってしまった。

 ゆるく握りしめた手を見つめて、俯く。

 なんでこんな事になったのか。そればかりが頭の中で渦を巻いていた。

 だって、昨日まではそんなそぶりは……。あるいは自分が気づかなかっただけなのか。そんなことをつらつらと考える。

 

 その時だった、開け放たれたままだった窓から眼帯をした男が入ってきたのだ。男は「お嬢さんちょっと一緒に来てくれない?」などと言った。

 リゼットはその時放心状態で、警戒する事もなくただぼんやりと頷いた。

 男はディーと名乗った。

 それが、つい先ほどの話。

 

 確かに、自棄になっていたと思われても仕方ない。普通悲鳴でもあげて逃げるところなのだから。

 唇を尖らせて黙り込むリゼットを、ディーは笑う。今度は「仕方ないなぁ」というような笑い方だった。


「それにしても、魅了の力を持った聖女か」

「……聖女かどうかは知らないわ。そう名乗っているだけなのかもしれない」

「まぁ、それもそうだな。で、その女に王子様はデレデレと」


 ふふっと小さく笑ってディーはグラスをテーブルに置いた。それから立ち上がって、リゼットに近づく。

 リゼットは身動(みじろ)ぎひとつせずに黙ってディー見つめていた。ディーが徐に懐からナイフを取り出すが、それでもリゼットはやはり顔色を変えない。

 それがディーの片目にはおもしろおかしく映った。こいつは怖がらないのだなぁ。と、これまでの行動と照らし合わせながら思う。

 ただぼんやり「何をするつもりなんだろう」という目をしている。警戒していないわけがないのに、行動にそれが現れていない。強いて言えば、目をすこし細めたくらいなものだ。

 変な子供だなと思いながら、ディーはリゼットの両手を掴むと、その腕を縛る縄をナイフで斬った。


「あら……」


 リゼットは思わずと言った様子で声をだした。

 ディーはサッと懐にナイフを戻すと、(きびす)をかえして再び椅子に戻った。ギィと椅子が(きし)む音が響く。


「いいの?」

「まぁ逃げ出す気配ないしな」

「油断させて逃げるつもりかも」

「そう簡単に逃すほど甘くはないから大丈夫。気にするな」

「――別に、心配しているわけではないんだけど」

「だろうなぁ」


 クックッとディーは笑って、脚を組む。

 リゼットは知らず知らず詰めていた息を吐き出して、縛られていた手首をさすった。別に痛いわけではないのだが、麻が擦れて(かゆ)みがあった。


「まぁ、その女が聖女かどうかは兎も角として、お前は聖女の力あるんだろう?」

「偽物らしいけど」


 リゼットは肩をすくめる。

 

「じゃあ伝承に言われる力はあるんだろう?」

「……あるわよ、一応。でも聖女という地位はなくなった。そんな感じ」


 ふうん、と頷いて、ディーは再び立ち上がる。


「じゃあ、俺の目的は変わらない」

「聖女を誘拐すること?」

「聖女の力を持った奴を手に入れること。なぁ、俺に誘拐されてくれよ」

「……もう誘拐されているけど」

「もっと遠くまで」


 聖女を誘拐して身代金を要求しようとする者はよくいる。そして聖女の力を手に入れようとする者も。どうやらディーは後者らしかった。それにしても遠くとはどこだろうか、とリゼットは首を傾げる。


「どこへいくの?」

「俺の国」


 ふっと笑って、ディーは北を指差した。


「北の帝国。ドルフ帝国だ」


 

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