27 刑罰
敗戦国であるアルサンテに長期滞在する予定は当然だがなかった。
負傷兵を残して、半分は帰国する予定であり、それと共に皇帝も聖女も帰国する。それが当初の予定だったのだ。
しかしその肝心の二人が負傷しているとなれば、そうもいかないわけである。
「そのおかげでアルサンテ国王の治療ができたわけだけど」
「まぁな」
ディーとリゼットは二人して昼食をとった後、バルコニーにある長椅子に腰をかけて、しばしの歓談にふけっていた。
他国にいるディーにも仕事がある。
体を休める時間を多めにとっていても、毎日忙しくしていた。
リゼットも暇ではない。
負傷兵の治療もあるし、急を要するアルサンテ国王の治療も必要だった。
だから、こうして二人で話をできるのはこの時くらいなものである。
「本来なら忠臣を送り込んで、その間に国のあり方を検討する予定だったが……」
「面倒臭いからって王同士で直接話すことになるなんて、誰も思わないわよ」
「俺はそのつもりだったぞ」
「ああそう」
子供のように足をばたつかせるディーを横目に、呆れてリゼットはため息を吐く。
以前より、視線の位置が近づいていた。
前はずっと上にあった顔が、今は近い。
それで余計いろいろ意識してしまって、リゼットはすこしばかりギクシャクしながらディーと対面していた。
表面的にはまったくそれを感じさせないが。
「パトリック王子のことなんだがな」
唐突にディーがつぶやく。
リゼットは改めてディーを見上げた。
「どうすることにしたの?」
「今回のことは正真正銘あれの独断だろう。国王は意識がなかったわけだし」
「でも」
「もちろん普通に考えれば王に責任の所在はあるが、戦犯という意味ではパトリック王子だろ」
「……そうね」
「てことで、王子は流刑に処すことにした」
「え?」
予想外のことにリゼットは目を瞬かせる。
絞首刑もありうる。というより、当然のことと思っていたのだ。それを流刑とは。甘いのではないか。
そんなリゼットの思考を呼んだように、ディーが苦笑する。
「はたしてあの坊ちゃんにはどっちがマシかな」
にやりと笑うディーの顔は悪戯小僧のようでもあり、威厳のある皇帝らしいものでもあり、かつて見た盗賊もどきの頃のようなでもあった。
「どういう、意味?」
「王子が送られるのは、ドルフの北西にある小さな島でな。それはまぁひどい場所だぞ。いわゆる極寒てやつだな。綺麗な部屋があるわけでもなし、慕ってくれる人間がいるわけでもない。昔から大罪人はあそこに送られることになっているから、お友達は凶悪犯ばかりってな」
「牢屋暮らし?」
「労働があるだろうな」
「そう、じゃあユリは?」
尋ねると、ディーは口をつぐんだ。
訝しげに首をかしげるリゼットの髪をディーがすくい取って口付けをする。
「ちょっと……」
ごまかすような行動に抗議するが、ディーは無言のままだ。
どうやらリゼットにはあれこれ隠すつもりらしかった。リゼットはベンチに爪を立ててディーを睨む。
「子供扱いしてるでしょう」
「してないさ、でもあまり気持ちのいい話じゃないしな」
「嘘。それだけじゃないでしょ」
そう言うと、ディーは髪から手を話してそっぽを向いた。
「こら」
「…………」
「おいこら」
「……口が悪いぞ」
「今更でしょ。ほら言いなさい」
「…………」
「ねぇ、ユリはどうするの?」
重ねて尋ねる。
しばらく沈黙していたディーは困ったように笑って肩をすくめた。
「正直、あれは対処に困ってる。あの力があると見張りに誰もおけないだろう。まさか放置するわけにもいかないし」
「そうね」
「何もしなかったら、流刑で終わったかもしれないのにな」
言って、ディーは薄く笑った。
背筋が寒くなりそうな顔に、リゼットは冷や汗をかく。
きっと、おとなしく捕まっていれば王子と同じ流刑で済んだのだ。けれど彼女は騎士を操り、自ら手をくださないにしても皇帝の命を奪おうとした。
だから。
「そっか」
「ああ」
「いつ?」
「お前が帝国に戻った後」
「それは……」
「見学したいとか言うなよ」
などと先手を打たれる。
正直ユリに対してあるのは恨みか、哀れみかわからない。
ディーを殺しかけたことは恨んでいいと思っているし、戦争を誘発した時点で王子以上の戦犯だ。悪意をもってそれらをなしているのだから、こちらに関しては死刑が妥当であるといえる。
でも彼女は異世界からきたという少女だ。
もしかしたら、好き好んであんな力を手に入れたのではないのでは? そんな妙な考えが頭をよぎった。
「すくなくともあれは力の使い方を間違えた」
心を読んだように、ディーが言う。
「もしリゼットだったらこんなことしないだろ」
「それはもちろん――」
「なら、あの女がどこから来て、何故あんな力を持ったのかなんてのは、本質には関係ない。結局そういう使い方をしたのは自分自身。どんな事情があっても責任は自分でとらねばならん。自分で蒔いたツケが回って来ただけだ」
だから気にするな。とディーは笑ってリゼットの頭を撫でた。
リゼットは瞬いて、それから小さく頷く。
それを見届けて、ディーはからりと笑った。




