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24 命を


 じんわりと暖かい物が背中に当たっている。

 見れば胴体に後ろからたくましい腕が回っていた。リゼットの体を包み込むようにディーが彼女を抱きしめていた。

 耳にはいる荒い呼吸に、リゼットはゆっくりと現実に戻ってくる感覚を味わう。

 

 ――これは誰の息?


 ディーのものか、あるいはリゼットの吐息なのか。

 リゼットは一瞬それがどちらのものか考え込む。考えがまとまる前に、ずしっと背中の重みが増した。

 ずるりとディーの体が横向きに、倒れていく。どこかゆっくりと時間が流れるような感覚の中で、リゼットはその様子を見ていた。

 床に音を立ててディーが倒れた。

 シンと音がしなくなる。

 

 指先が震える。

 体が震えている。

 これはなに。

 これは、どうして、どうして。

 ディーはどうして、私は、私は……。


 モヤが晴れるように、リゼットは唐突に理解した。


「ディー!」

 

 叫び声と同時に一斉に蔓がばらばらと音をたてて床に散らばる。ユリを拘束してた蔓までもが、無気力になったかのように床にドサドサと音を立てて倒れた。

 もはやユリの事など意識の外に弾き飛ばして、リゼットは膝をついてディーの体に触れる。

 ぞっとするほど冷たいその体に、リゼットは己の血の気が引く音を聞いた気がした。


「ディー、ディー!」


 呼んでもぴくりとも動かない。

 

 ――どうして、真っ先に治療しなかったのか。

 ――私は聖女なのに、どうして治すよりも戦うを選んでしまったのか。

 ――このままでは、このままではだめ。


 目の前が真っ暗になりそうな自己嫌悪と絶望感にかられる。

 腹部からは血が溢れ、やがて床を染めていく。

 そこに手を当てて、リゼットはようやく力を解放した。光が集まって、ディーの傷をふさごうとする。

 なのに、血が止まらない。

 みるみるうちにリゼットの白いスカートを真っ赤に染めていく。

 感じた事のない恐怖に、わななく唇からはひきつるような声が漏れる。

 冷たくなっていく。

 血が流れていく。

 命が失われていく。


「だめ、だめだめ!」


 叫んでも、止まらない。


「まって! 待って! 助けるからっ、助けるから待って!」

 

 顔を歪めて、必死に力を込めるのに、まったく傷は塞がらなくて。


 ――ああ、これは、命が……。


 リゼットはたまらずうずくまった。

 白い髪が汚れていくのも気にせずに、ディーの胸元に額を当て、必死で命の音を聞き取ろうとする。なのに、音が消えていく。心臓の音が消えていく。

 リゼットは全てを否定するように首を大きく左右に振った。


 

 胸が熱くて痛かった。息ができないもどかしさに喘ぐ。

 体が震えて、どうしようもなく苦しい。


 ――命が失われていくのを止める事は聖女にもできない。


 誰にも止まることはできない。


 本当に?

 

「……そんなはず、ない」


 リゼットは脳裏に浮かんだ言葉を否定するようにつぶやいた。

 身を起こせば、頰を伝う涙があった。

 それをそのままに、リゼットは震える指でディーの胸を撫でる。


「できないはず、ない」


 できないはずがない。

 なぜなら聖女なのだから。

 救うのが聖女なのだから。

 リゼットは最高の聖女だと、ディーが言ってくれたのだから。


「だい、じょうぶ」

 

 リゼットの体がほのかに光り始める。

 やがて文字通り、全身が白い光を放つと、どこかで、リン。と音がなって、白い花びらが舞った。

 まるで雪のようにふわふわ、ひらひらと舞って積もっていく。

 その中で、リゼットは小さく呟いた。

 

「私が助けるから」


 血の気を失ったディーの頰を撫でる。


 ――私の命、あなたにあげる……。


 ――だから。

 


 「帰ってきて」


 



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