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23 魔女


「もう、死ぬわよ」


 ユリの言葉に、リゼットはゆっくりと首を巡らせる。

 目を細め、倒れ伏したディーを眺めるユリの黒い瞳からは、なんの感情も読みとれない。けれどそもそも彼女が何を考えているのか、など、リゼットにはどうでも良いことだった。

 ――誰がこんなことを? 

 そんな疑問は状況をみればわかることだろう。

 誰が誰を操って、この惨状を作り出したのか。尋ねる意味などない。


 リゼットが服の中にしまいこんでいた巾着が、もぞもぞとうごめく。

 その理由もまた誰に尋ねる必要もあるまい。ただ、許せばいいのだ。

 リゼットの心に反応してうごめく、木々の芽を。

 

「……いいよ」


 リゼットの囁くようなつぶやきが、空気に溶けた。

 

 次の瞬間、王の間に緑が広がった。

 緑色の蔓がリゼットのスカートの中からまるで生き物のようにうねり、伸びて這い出し床を覆って、王の間は緑の間へと姿を変える。

 人の指ほどの太さの蔓が、互いに絡みつき、ぐるぐるとねじれ、そして大きな槍のような姿へと変わると、風を切るような音を立ててユリに襲いかかった。

 予想外の事に、ユリは目を見開いた。

 どこかの騎士がユリの前に滑り込む。

 魅了されうつろな目をした騎士が蔓を叩き切った――がしかし蔓は勢いを一瞬削がれただけで、すぐに動き出す。

 ゾゾゾという音が王の間を侵食した。

 リゼットのスカートがさらにひるがえり、そこから凶悪な姿をした蔓がさらに本数を増やす。もはや王の間は森へと化していた。

 蔓は十数本の巨大な槍となってユリに向かって進んでいく。

 それでも足りないと、リゼットは思った。


 ――だめ、もっと、もっとたくさん……。


 リゼットの想いに答えるように、蔓はうごめく。

 さらに太く、もっと太く。もっと数を、もっと。

 

 一方ユリは悲鳴をあげたくなるのを抑えるように、口元を手で覆う。


 ――何、これ!?

 ――これが聖女の力? うそでしょ? 化け物じゃない!


 数歩先には緑色の蔓を操る小柄な少女が立っている。

 ただの小娘だと思っていた。所詮はちょっと傷を治せるだけの……。そのはずがどうして、とユリは混乱する。

 蔓が襲いかかるたびに、数人の騎士がユリの前に躍り出てその身を晒した。ユリの魅了のちからによって、彼らは自らの意思でユリの盾になる。

 文字通りの肉の盾だが、しかしそれらはまるで人形のようにリゼットの蔓によって放り投げられた。

 ある者は足を絡めとられて遠くへ投げ飛ばされ、ある者は鎧を貫通した蔓にそのまま壁に磔にされた。またある者は、恐怖にかられて魅了が解けたのか、尻餅をついて動かない。

 ――なんて、役に立たないの!?

 ユリはそれらを罵るように舌打ちをして、王の間から逃げ出すために踵を返した。

 けれど。

 

「!?」


 ぐるりと足元を何かが這う。

 ユリの足首を掴むのは緑色の……。

 それを目にしたと同時に、ユリは盛大に転げた。

 体を床に打ち付けるが、そんな痛みどころではない。ぎりぎりと締め付けるそれを必死に解こうとして、ユリは蔓に爪を立てる。ガリガリと引っ掻いて、悲鳴をあげて、逃れよするかのように足をひいて、しかしそれらも虚しく蔓はユリの細い体にまとわりつく。

 ふと気配を感じて見上げれば、尖った蔓が矛先を向けるようにユリに向いていた。

 ユリは引きつった悲鳴をあげた。

 ――やめて、やめて! 助けて!

 心の内の叫びは、蔓を操るリゼットには届かなかった。

 リゼットの目は虚ろだった。呆然としているようにも見える。

 事実呆然としていた。

 けれどそれは目の前の光景に対して何かを感じているからではない。

 彼女の頭の中にはディーの倒れた姿しか写っていない。

 

 ――ディー。どこにいるの?


 迷子の子供のような想いが胸を締め付ける。


 ――どこにいるの?


 すぐそばに倒れているのに、なぜかどこにもいない気がして、視線を彷徨わせる。その視線がユリに注がれた瞬間、脳裏に凶暴な何かが現れた。

 

 ――今、すぐに、この女を殺さなければ。


 リゼットは、頭の中でそんな声を聞いた気がした。

 それは防衛本能だ。身を守るためではない。心を守るためのものだ。

 リゼットはその声を否定しない。ただ忠実に実行しようとする。手を振り上げれば、蔓はユリの首に絡みついた。

 ユリは悲鳴をさらにあげる。

 それすら聞こえないのか、無情にもリゼットの腕が振り下ろされた。


「リゼット」


 ピタリと手の動きが止まった。


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