2 追放する!
「リゼットを追放するという事で、皆よいな」
王子が鷹揚に言った。
アルサンテ王国の第一王子であり、リゼットの婚約者。パトリック・アルサンテは、たしかにそう言った。
その言葉に多くの貴族が賛同する。手をあげ、頷き、貴族たちは一様にリゼットを見た。硬直し困惑するリゼットをあざ笑うかのように。
その視線にリゼットはびくりと肩を震わせる。
こんな蔑むような視線を大人たちから受けたのは、もっとずっと幼いころ、まだ孤児として路頭で暮らしていた時以来だ。
かつてはただただ不快だったが、今は単純に恐怖がリゼットを硬直させた。
リゼットの知らぬ間に事は動いていて、何もかもわからない間にリゼットは聖女の地位を奪われ、いま国から追放されそうになっている。
「殿下……」
リゼットはかすれた声でパトリックを呼んだ。
助けを求めるようにも聞こえたかもしれない。大人たちの視線に耐え切れず、唯一まともに話をしたことのあるパトリックに救いを求める。
けれど、そのパトリックがこの会議を進行していたことを考えれば、それは無駄なことだった。
そもそも今日は、病に倒れた国王の治療を頼まれて城に来た。何度も治療をしたいと言ったのになかなか許可がおりずにいたが、やっと許可がおりたよと、パトリックから連絡を受けて、それで足を運んだ。ようやく国王の容体を確認できる。そう思ったのに、呼ばれたのは貴族の集まる会議室。そこであれよあれよと言う間に話が進み、なぜかリゼットを追放するということに話が落ち着こうとしている。
まったくリゼットには理解できない状況だった。
パトリックは視線をリゼットに向ける。顔に浮かべているのは嘲笑だ。あきらかに。リゼットは困惑するばかりだったが、なんとか尋ねた。
「殿下、理解が……。突然追放と言われても……」
「理解ができない? だろうな。だがもう決まった事だ。愚かな偽聖女」
「偽……」
ぽつりとつぶやく。
パトリックがうなずく。
「そうだ。お前は聖女ではなかった。そうだろう? お前は贅沢をするばかりで力がない。民の病も治せない。国の野盗もいなくならない。貧困も消えない。なぜならお前が聖女ではないからだ。ちがうか?」
リゼットは首を左右に振った。
贅沢などした事がない。今着ている服だって、何年か前にパトリックから贈られたもの。もう何度も着て、ボロボロになっては繕ってきた。体が大きくなるのに合わせて、直したこともある。唯一まともなドレスなのだ。
それに病を治せないのではなく、治すなと言われたのだ。むやみやたらに力を使えば、民が自ら治す力を持たなくなるかもしれないから。パトリックが頼んだ時だけ使うようにと。言ったのはパトリックだ。
癒しの力は確かにあるのに、使わせてくれなかった。民に会うことすら禁止して、監視までつけたくせに。
リゼットは何度もそれに反発したではないか。
それに野盗がいなくならないのは、王が病に伏せって、代わりに国政を任されたパトリックが国費の無駄だと言って警戒網を緩めたから。貧困が消えないのは、国費を集めるためと税をパトリックが多くとるようになったから。
リゼットにはどうする事もできない事だ。どうしようもなくさせたのは、パトリックだ。
なのに、リゼットが全て悪いとパトリックは言う。
彼の言い分があまりにも傍若無人すぎるように思えて、リゼットは絶句してしまう。そして、ただただ、否定する必要性だけは感じとって、リゼットは首を再び左右に振った。
そんなリゼットを見て、パトリックは鼻で笑う。
「図星をつかれて何も言えないか。首を振るばかりでまるで人形だな」
「ちがっ」
――嗚呼、このままでは弁解もしないままに追い出されてしまう。
リゼットは胸元を握りしめ抗議した。
「いいえ、いいえ殿下、贅沢などしたことはありません。それに聖女の力ではどうにもならない事ばかりではないですか。それなのに、殿下はすべて私の責任だとおっしゃるのですか?」
「そうだ。それに聖女の力でどうにもならないなんて、よくも言えたものだ。いや、お前は偽物だからどうにもできないと思っているんだろうな」
呆れたようにそう言うと、パトリックは一人の女性を部屋に招き入れた。
カツンと靴音が鳴り、視線が集まる。そこに現れた人物を見て、リゼットは思わずあっと声をあげた。
そこにいたのはユリという名の少女。先日異世界からやってきたきた黒髪の美しい少女が立っていた。