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19 有言実行は誰のもの

 

 

 

 物事は思った以上の速さで進むものだ。

 リゼットが想像するよりもずっと早く、帝国は戦争を覚悟した。

 アルサンテとの戦争を。

 リゼットは速すぎる展開に困惑する。困惑している間にさらに物事が進んでいくのだ。

 本当に戦争が始まるならその前に叩く。それが帝国だ。はるか昔からそうだった。そうして領土を拡大してきた背景もある。ここ数十年は大きな戦争はなかったというが、その流れは脈々と受け継がれているのだろう。

 披露会での出来事はすぐに国中に共有された。

 誰も何も言わなかった。

 誰も何も責めなかった。

 しかし多くの者の目は、新たな皇帝を睨んでいた。戦争の引き金をひいたのは彼だ。

 宣戦布告はアルサンテからでも、本当の引き金は――。

 いや、ディーではない。

 本当の引き金は。


「大丈夫か」


 大丈夫じゃない。

 椅子に座って窓の向こうに見るともなく目を向けていたリゼットは、近づいてくディーを一瞥して、再び窓の向こうに目を向けた。

 ぬるい風が髪をさらっていく。目を細めて、はぁ、と吐息を吐き出す。

 ガチャガチャという金属が擦れる耳障りな音が耳を刺激した。わずらわしいというよりも、ひどく恐ろしくて、リゼットは目を閉じる。

 その間も音は近づいて、とうとう隣に立った。再び瞼を開く。

 隣に立っているディーはみたこともない姿をしていた。鎧を着込んで、これから戦場へ行くことを指している。

 

「最初から戦争に持ち込むつもりだったの?」


 真隣に立つディーを横目に、リゼットは責めるように言った。


「まさか」

「じゃあ、あの場で話さずに場を設ければよかったじゃない」

「それをあの場でお前は思いついたのか?」


 リゼットは口ごもる。

 たしかにあの時は、何も思いつかなかった。

 周囲に人がいて見られているというのに、それがどういう意味になるかも理解することが出来ずにいて……。それで結局人々の前で戦争を宣言してしまった……。

 リゼットは顔を歪める。

 それを見て、ディーが眉を下げた。


「悪かった。俺もなカッとなっていたんだ。本当なら……聖女を返せと言わせる前に、別室に連れて行くべきだった」

「じゃあ――」

「でも、正直耐えられなかったよ。聖女は道具じゃない。それをあいつはわかっていない」


 思い出しているのか、吐き捨てるようにディーが言う。

 それを見上げてリゼットは黙り込む。彼の怒りはおそらくリゼットを思ってのことなのだ。そう思うとこれ以上食いかかるのも悪いことのように思えた。

 これ以上何を言ったところで仕様がない。今更なくなるわけでもない。それはディーの格好をみればわかることだ。

 もう外には兵士たちが集まっている。

 あとは皇帝である彼が自ら指揮をとるだけ。

 本来はそういうことはないのだろうが……。今回に関しては前皇帝陛下が許可を出した。

 ディーが熱心に父親を説得したからでもあるし、ディーに責任を取らせるという前皇帝の意思でもある。やはりディーが皇帝になったばかりだからこそ許されたことだろう。

 あるいは新皇帝の力を外に見せつけるためのパフォーマンスなのか……。

 

 リゼットは首を横に振った。

 ともかく今回の戦は必ず行われる。

 今頃アルサンテは大騒ぎだろう。こうなった責任をパトリックは負わされるだろうか。

 国王は未だ病の淵にいるという。ならば今権力はパトリックにあるわけだ。果たしてアルサンテはどうするのだろう。


「パトリック王子は」

「――え?」


 いつのまにかうつむいていたリゼットは、ディーの言葉に顔をあげる。


「パトリック王子は昔からああなのか? 聖女に対して。それとも新しい聖女とやらが来て、ああいう男になったのか?」

「ああって……」

「聖女を王族のものだと言っていた。まさか、あれがアルサンテにとっては普通のことか?」

「それは……」


 おそらく違う。

 すくなくとも国王陛下はそうではなかったはずで、パトリック個人の問題なのだと思われる。それがいつからだったかと言われれば、おそらくはユリが来る前からそうだった。


「わたし、あの国の聖女だったとき、力を使うのを禁止されてた」

「は?」


 リゼットの言葉に、ディーが硬直した。


「理由がわからなかったけど、今ならわかる気がする。パトリックにとって、聖女の力は、自分が管理できるものなんだわ。なのに管理外で私が力を使おうとすることがゆるせなかった」


 絶句するディーを一瞥して「彼はそういう人なの」と囁く。

 ディーは言葉もない様子で口を開けていたが、みるみるうちに渋面を作る。


「……力すら、支配できると思っていたわけか……」

「ええ」

「だとしたら、尚更渡せないな」


 そう言って、ディーがリゼットの前に膝をつく。

 大きな手で、膝の上でいつのまにか握りしめていたリゼットの手を握る。


「窮屈だっただろう」

 

 リゼットは瞬きをした。

 

 ――そうだっただろうか。

 ――そう言われれば、そうかもしれない。


 リゼットはこくりと頷く。


「でも……」

「うん」

「でも、ここに来てからはそんなことないわ。私本当は力を使って民を救ってあげだかった。だってその力があるんだもの。無闇矢鱈につかってはいけないことはわかるけど、それでも、みんなが苦しまないようにしてあげたかったの。それが今はできるから。だからここにいたいわ」


 ディーが穏やかに笑う。

 

 「そうか」

 

 一言そう言って、ディーは立ち上がった。そうしてガチャっと音を立てて立ち去っていく。

 リゼットはそれを追いかけはしなかった。

 窓の向こうを見たまま俯く。

 

「行ってくる」


 背後からかけられる声。

 視界がぼんやりとゆがんだ気がして、リゼットは唇を噛み締めた。


 ――ああ、嫌だな。

 

 そう思うけれど、止める方法もない。

 だから小さく答えた。


「行ってらっしゃい」


 精一杯、無事を祈って。

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