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16 対峙

「っ!」


 飛び跳ねるように驚いて、リゼットは手の主を振り仰いだ。


「何してんだ?」


 笑みを含んだ、よく知った低い声と、見慣れた優しいようにも皮肉気にも見える不思議な笑顔とに、思わず安堵の吐息がもれる。


「ディー」

「待ってろって言ったのに、こんなところで何してんだ」


 困ったように笑って、ディーが言った。

 謝ろうとしたリゼットだったが、ディーはすっと視線をパトリックに向けた。


「パトリック・アルサンテ?」


 リゼットを背に隠すように立って、どことなく威圧的に、ディーが言った。

 我に返った様子で、パトリックが顔をあげる。目の前にいるのが皇帝だと、ようやく気づいたのだろう。驚愕に目を見開いてディーとリゼットを交互にみた。

 ふと、誰かが呟いた。


「皇帝陛下?」


すると、リゼットとディーの背後、休憩室にいた貴婦人たちが一斉に声をあげた。

 

「どうしてここに?」

「え? 皇帝?」


 部屋は一気にざわついて、視線はディーに集まっていた。

 部屋のざわめきを受けて、ディーは一瞬休憩室の人々を振り返る。

 彼女たちを一瞥すると、にこりと笑う。


「快談中申し訳ない。お気になさらず、そのまま続けて」


 笑顔に、声音に、有無を言わせない威圧感があったようにリゼットは感じた。同じように皆感じたのかもしれない。一瞬で、休憩室は静まり返る。

 今のは、黙っていろ。という意味だな、とリゼットは小さく苦笑いを浮かべた。

 静かになった人々を眺めて満足げに頷くと、ディーはパトリックに視線を戻す。


「さて、パトリック王子?」

「あ……」

「我が国の聖女に何用で?」


 聖女という言葉に、再び小さなどよめきが起きた。先ほどまでは話を聞いている者はあまりいなかったのだろうが、皇帝の出現で今はみんな耳を済ましている。それでリゼットが聖女だということに人々が気づいたのだろう。

 しかし、先ほどのディーの言葉を思い出したかのように、声はすぐに小さくなっていった。

 それでも、注目は切れていない。

 パトリックは状況についていけない様子で、目を白黒させていたが、だんだんと冷静な顔つきへ変わっていく。


「……皇帝陛下」


 囁いて、パトリックは小さく唾を飲み込む。

 そしておずおずと切り出した。


「いや、そちらは……そこにいるのは、我が国の聖女では」

「ああ、だったかもしれませんね」


 なんとも適当に、ディーが答える。

 パトリックは眉をひそめ、疑念のこもった表情でディーに近づいた。


「かも? いいえ、そうです。ご存知のはずではございませんか? 知っていて彼女を聖女にしたのでは?」

「確かにそうだったかもしれませんが、彼女はそちらの国の聖女ではなくなった。そもそも今アルサンテ王国には別の聖女がいると聞きましたが――」

「たしかに、別の聖女がいますが――聖女が行方不明になったので、代わりを用意したまででございます。ずっと、聖女を探しておりました」


 ――なんて、デタラメなことをっ。


 リゼットは思わず叫びそうになった。しかし、ディーがリゼットの手を握って抑えむ。

 とっさに見上げれば、酷く不快そうな表情のディーがパトリックを睥睨(へいげい)していた。パトリックはそれに気づいていないのだろうか。再び一歩前進し、ディーに近づく。パトリックはそういう機微(きび)にたしかに鈍いところがあったが、それにしても限度がある。血走った目はどこか狂気的だった。


「保護していただきありがとうございます。我が国の聖女を返していただけますね」


 続けてパトリックが言う。

 休憩室は三たび、騒がしくなった。

 当然だろう。帝国の聖女が実は別の国の聖女だったというのだ。そして返す。などという表現から、まるで帝国が聖女を奪ったかのようにも聞こえる。

 実際、それは間違ってはいない。

 間違ってはいないが、アルサンテがリゼットを捨てたのは、言いかえようもない事実だ。

 ディーがため息を吐き出した。


「なにを……言うかと思えば。バカな事を。彼女は今は我が国の聖女だ。それはそちらが彼女を捨てて別の聖女を据えたからだろう。あなたが別の女性を妻にしたいがために、彼女に罪を着せて追い出したのだろう。行方不明になったから代わりを用意した? よくもそんな嘘を……。居場所を失った彼女は、自らの意思で帝国に尽くしてくれている。それを今になって? 返せとはどういう事だ?」


 ――ディーが怒ってる。


 やはり、パトリックはそれを感じていないのだろう。顔色を変えずに笑った。


「捨てた? 何度も言うようですが、彼女を捨てたという事実はありません。そもそも捨てる理由がない。貴殿は、私が別の女性を妻にしたいから追い出したといいますが、――つまり私の婚約者のことでしょうが――婚約者を娶りたいからと聖女を追い出す理由がないでしょう」

「元々はリゼットが、聖女があなたの婚約者だったはずだが?」


 大袈裟に、パトリックが肩をすくめる。


「まさか、ちがいますよ。我が国では聖女は別に王族に嫁ぐ必要はないのですよ。ですからもちろん、代用の聖女と、我が婚約者とは別人です」


 クッと、リゼットは奥歯を噛み締めた。

 何をいけしゃあしゃあと、そんな素知らぬ顔で嘘を言えたものである。ディーが腕を掴んでいなければ、殴りかかってしまいそうだった。

 自分で思ってる以上に、彼らに捨てられたことを根に持っていたらしい。

 聖女らしからぬ感情だな。と心の隅で感じながら、しかしリゼットは怒りを抑えられなかった。

 握られたディーの手を強く掴みかえす。


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