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13 お披露目

 





『アルサンテ王国、王子、パトリック・アルサンテ様』


 その言葉が聞こえた瞬間、リゼットはふらりとめまいがした気がした。


 

 今日はドルフ帝国の新皇帝がお披露目(ひろめ)される日。

 各国の王族を招いた社交界では、最初に来賓(らいひん)の紹介が行われることがある。帝国はその様式を普段から取っているようで、来賓たちの名前が次々と呼ばれて、絢爛豪華(けんらんごうか)で多種多様な正装に身を包んだ王族たちが、優雅に礼をしながら会場に入ってきていた。

 その中には、アルサンテにいたころに見たことがある他国の王族もいた。


 ――あちらが私を覚えているかはわからないけど。

 

 そんなことを考えながら、すでにドルフ帝国の貴族たちが集まっている会場の一角、皇帝が立って演説する予定の舞台の側で、リゼットは客人たちをじっと見つめていた。

 そうして眺めている先に見つけたのが、かつて婚約者だったパトリックの姿だった。ほぼ同時にパトリックの名が呼ばれた。

 ぐったりとうなだれてため息をつく。


「うわぁ……」

「どうした?」


 リゼットの鈍い悲鳴に、すかさずディーが気になったように声をかけた。

 今日のディーは随分めかしこんでいる。

 金や赤の糸でこまやかな刺繍がされた詰襟(つめえり)のジャケットに、裏地が白の毛皮で、表が赤いビロードのマントを左の肩に掛け、黒いパンツはノリの効いた上流階級が好むトウラザーズ。

 癖のある黒髪は瞳と同じ青いリボンで緩く結ばれていて、肩に流されていた。

 そのリボンに見覚えがあって、リゼットは目を細める。


「それ、安物なんだけど……」


 ディーの誕生日にリゼットが贈ったリボン。聖女に与えられた予算を使って、下町の小店で買ったものだった。そんなものをこんな時に……とリゼットは思うが、ディーはリボンを触ると嬉しそうにする。


「俺の目の色に合わせて贈ってくれたんだろう。気に入ってるんだ」

「…………今日の衣装は赤いから、浮いてるんじゃないの」

「そんなことないだろ。それに目立つならそれはそれでいい」

「…………あっそ」


 リゼットは目を背けた。なんとなく照れ臭いのは、多分安物だからだ。


「で? どうした?」

「ちょっと、知った顔があって」

「――ふぅん」


 低い声でディーが相槌を打つ。

 あ、機嫌が悪くなった。とリゼットは思った。そうしてディーが機嫌を悪くする時は、だいたいリゼットが他の男性などに声をかけられた時など。

 とはいえ隣にディーが立っていた男性に声をかけられることなどありえない。


 ――気づかれたかもなぁ。


 リゼットがパトリックを目にしてしまったことに、気づいてしまったのだろう。


「そろそろ舞台に上がるころじゃないの」

「…………ここにいろよ」

「動かないわよ。絡まれたって困るもの。私社交界の礼儀とか知らないし」


 アルサンテでも、こちらに来てからも勉強したから本当は知っているのだが、あえてそう言って安心させるように笑うと、ディーもようやく表情を緩めた。

 じゃあ、と言って去っていくディーの後ろ姿を視線で追う。ゆらゆらと揺れる髪と結ばれたリボンに一瞬熱を感じて目を意識的にそらす。

 それから再び来客たちに目を向けたが、パトリックがどこにいるのか、見つけることはできなかった。




 

 帝国は、大陸の長い歴史の中で常に頂点に君臨してきた。

 強大な軍事力、豊富な資源、豊かな土地、優れた文化。どれを取っても他国に劣らない帝国だが、一つだけ持たないものがあった。

 

 神に愛されし者、聖女。

 

 権威と豊穣(ほうじょう)と守護の象徴でもある聖女が不在の時期は、長い歴史の中ではちっぽけな時間だったが、他国に存在する聖女がいないという現実は帝国では度々問題視されることになった。

 なにより、それを不安に感じたのは民だった。

 帝国に他国を侵略して強大化した歴史背景がある以上、どれほど優れた軍事力を持っているとしても、他国からの攻撃はあり得る危機だった。国を守護する役割の聖女がいないという事実は、平和な生活に慣れた民を不安がらせるには十分。

 この際他国からでもいいから聖女を連れてきてはどうか。そんな話が出るのは時間の問題だった。

 

 しかし、誰が間に受けようか。

 それはただの願望で、ちょっとした冗談で、誰も本気にはしなかった。

 ただ一人、奔放(ほんぽう)な皇子以外は。


 そうして連れてこられたのが、アルサンテ王国の聖女だったリゼットである。

 

 

 という話が真実であるが、まさか他国から連れてきました。とは民に言えるわけもなく、色々経緯を濁して、たまたま見つけ出した。というのが帝国の公式発表だった。


 そんな話を、いつも玉座が置いてある階段の上に立った前皇帝が話しているのを、ぼんやりと見上げながら、しかし内容は右から左へ聞き流していたリゼットは、小さくため息をついた。

 この場で聖女として紹介される事はないようだが、今後社交界の中で、多くの王侯貴族に話しかけられ、その対応の中で、ちくいち聖女だと明かす事になるだろう。

 どうせ国外には、帝国に聖女があわられたと噂になっているだろうから、むしろ聖女はどこに? と聞かれるかもしれない。

 なかなかに気が重い。


 しかしリゼットの気持ちはどうであれ、時間は進んでいく。

 すでに新皇帝のお披露目もされ、次いで前皇帝の軽い演説も終わるだろう。

 皇帝が乾杯を唱えて、社交界は本当の意味で始まるのだ。

 


 

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