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12 新皇帝誕生




 

 「今、なんて言った?」


 ドルフ帝国にて。

 聖女の仕事を終えて城に戻ったリゼットは、昼間からワインを片手にハムを摘んでいる男を呆然と見つめた。

 男の名は、ディートフリート・D・シューレンベルク。愛称はディー。黒髪に褐色の肌。瞳は煌めく宝石の青。大きく開いた胸元からは、筋肉質なのに細身で健康そうな胸部が惜しげもなく晒されている。

 初めこそ目のやり場に困っていたリゼットだが、帝国に来てはや数ヶ月、慣れたものである。そしてワインを飲む姿も随分見慣れた。


 帝国に来た当初、リゼットは国民の病を治療して回った。

 アルサンテほどではなかったが、国中で病が流行っていたからだ。それで顔を知られたようで、今では聖女として国民からも受け入れられている。

 城に用意された部屋は快適で、リゼットにしてみれば随分と裕福な生活、悠々自適な日々を送っていた。

 生活に問題はない。しかし目の前の男だけは、リゼットの生活を少しだけ荒立てる。

 今日も問題を男は持ってきていた。


「もう一回言ってくれる?」

「だから、俺皇帝になるって言った」


 なんでもなさそうに言って、ディーはハムを口に運ぼうとした。リゼットは身を乗り出し、二人の間に置かれたテーブルに手を置いて体重をささえ、もう片方の手でディーの腕を掴み、その行動を止める。


「んー?」


 甘えたように唸って、ディーはもう片方の手でリゼットの手を掴んだ。


 ――あ、こいつ手にキスする気だな。


 気づいて、慌ててそこから手を抜き取る。

 ディーは一瞬つまらなそうに顔をしかめたが、リゼットの顔を見て、何が嬉しいのかわからないがやけに嬉しそうに笑った。

 それからハムをやはり口に運ぶ。


「どうした?」


 呑気な問いをディーはリゼットに投げかけた。

 リゼットは眉間にシワを寄せる。

 

「どうしたじゃないでしょ。随分いきなりね。陛下はお元気じゃない」

「あー隠居したいらしい」

「はぁ?」


 そんな理由で王位を継ぐのか。なんとも言えない話にリゼットは盛大に顔をしかめた。


「そんな顔をするな、俺も驚いたよ。だが、歴代の皇帝もそんな感じの理由で早いうちに退位してるからな。珍しいことじゃない」

「……皇帝って……」

「ともかくそう言うことだ。で、戴冠式(たいかんしき)の後に近隣の国の王族たちを招いて披露会(ひろうかい)を兼ねた社交界が開かれることになってな」


 リゼットは瞬いた。それはつまり、もしかして。


「アルサンテからも?」

「ああ、招待する予定だ」


 なんでもないようにディーは頷くが、リゼットはそうもいかない。盛大に顔を歪めて首を左右に振った。


「うえええ……」

「変な顔してるなぁ。まぁ仕方ない。呼ばないわけにはいかないからな」

「……それって、もしかして私もでないといけないの?」

「それはどっちの意味で聞いている? 聖女として? 俺の婚約者として?」


 ニヤけ顔で問われて、リゼットは渋面を作った。


「婚約者じゃない」

「強情だなぁ。リゼットが良いと言ってくれたら、すぐにでも婚約式をあげるつもりだから、気が変わったらすぐ言えよ」

「変わると思ってるならびっくりよ」


 リゼットは唇を尖らせて、それからため息をついた。

 帝国の王族は聖女と結婚する。だからディーと婚約する。帝国に来た初日に言われて、リゼットは反発した。

 最初は決定事項だと言われたが、なかなかリゼットが首を縦に振らないので、ディーが考える時間をリゼットに与えた。

 期限は一年。

 これは賭けのようなもので、ディーがリゼットを落とせばディーの勝ち。リゼットを落とせなければ、今後の結婚はリゼットの自由になる。

 ディーは別にリゼットを縛るつもりはないと言った。

 同時に、落とす自信もあると。

 喜んでいいのかわからない提案だったが、つまるところリゼットに有利な賭けなのだ。なびかなければいいだけのことなのだから。

 そうして数ヶ月、今のところどちらにも傾いていない。ディーは諦めないし、リゼットも反発し続けていた。

 悠々自適な生活の中で唯一の問題は、この男が持ってくる話などではなく、この男自体だ。


 正直言うと、別に嫌なわけではない。ただ、そういうものだから。と言われるとなんとなく反発したくなる。そんな程度の理由で、リゼットは拒否し続けていた。

 それに年齢も離れている。ディーは26。なんとリゼットとは9も違うのだ。

 見た目からしてかなり離れているのだ。


「だいたいなんで私にこだわるわけ……。聖女だから?」

「惚れたから」

「嘘つけ」

「嘘なもんか。度胸はあるし、賢いし、かわいいし、なにより話していて楽しい。十分だろう」

 

 すらすらと淀みなく出てくる言葉に、さすがに顔に熱が上がる。

 この男はまったく恥じらいというものを知らないのだ。


「赤くなるなよ。かわいいから」

 

 リゼットはその言葉を完全に無視する事にした。

 

「……聖女としてなら、出席してもいいわよ」

「それは光栄だ」


 うやうやしく、ディーはリゼットの手をとると、その手の甲に唇を落とした。

 





 


 

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