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11 後悔・誤算・混乱

「パトリック様?」


 現れたのはユリだった。パトリックはゲンナリとユリを見る。ユリのことは愛している。彼女といると疲れも飛ぶし、なんだかふわふわして良い気持ちになるのだ。

 しかしそんなことをしている暇も、ユリの相手をする気力も今はない。なのに、ユリは頻繁にパトリックの元を訪れた。


「パトリック様。婚約者なのですから、もうすこし時間がとれないんですか?」


 きつい口調でユリが言った。

 椅子に深く腰を掛けていたパトリックは、霞む目でユリを見上げながら、ひっそりとため息をつく。


「すまない。今忙しいんだ」

「そう言っていつもいつも会えないじゃないですか! 私のこと嫌いなんですか?」

「ああ、すき、好きだよ」


 パトリックは適当に言ったが、彼女は満足したらしい。それなら、とパトリックの横にやってくる。床に散らばった書類など見えないというように、踏みつけてくる。

 それを注意しようとしたパトリックの腕に、ユリはその細い手をからめて、パトリックを立ち上がらせようとした。

 

「じゃあ、お散歩しませんか?」

「え……。いや、忙しいから無理だ。それより書類を踏むのは――」

「私のこと、好きなんでしょう? 私に嫌われてもいいんですか?」


 などと言う。よくない。よくはないのだが、反論するのも面倒だ。

 相手をする余裕はない。


 ――面倒だ。


 そう思うと同時に胸の中に湧き上がるのは別の感情だ。

 

 ――嫌われたくない。


 くらくらとめまいがした。

 

 ――嫌われたくない。

 どこかへ行ってくれ。

 ――嫌われたくない。

 君は本当に聖女なのか?

 ――嫌われたくない。

 私は次の王だ。邪魔をしないでくれ。


 まるで、彼女を所有物のように感じる心と、自分が彼女の所有物なのだと感じる心が同居しているようだ。ふらふらと揺れる心と視界にパトリックは混乱し、結局ユリのことをどう扱っていいかわからなくなっていく。


「ね、パトリック様」


 呼びかけられたと同時に、パトリックは彼女の腕を強引に振り解いた。


「うるさいなぁ! 邪魔するな!」


 叫んではっとする。


「あ、ち、ちがう、今のは……」


 言い訳をしようとするが、言葉が出てこない。頭は「どうしよう」でいっぱいになって、ユリに捨てられると恐ろしくなる。沈黙したユリに縋り付くようにパトリックは手をユリに向かって伸ばした。


「殿下! 野盗が国境付近に!」


 叫んで入ってきたのは側近だった。意識が完全にユリに向かっていたパトリックは、その言葉でまるで魔法が解けたかのように思考が鮮明になったのを感じた。

 パッと顔を上げて、側近を見る。


「なんだと?」

「西の国境付近です! 以前捕らえたものとは別の盗賊団のようです」


 次から次へと問題が起きる。


 ――なぜだ? なぜこんなことになった?


 パトリックの問いに答える者はいない。

 その時、沈黙していたユリがパトリックの腕に再び自らの腕を絡めた。頭ひとつぶん低い位置にあるユリを見ると、いつもなら真っ直ぐパトリックを見ているはずの目は、あらぬ方向を向いている。

 濁ったくらい瞳に不安がよぎる。

 

「ユリ?」

「……こうなったのは、自業自得ですよ」

「なに?」

「聖女を追い出したから」


 パトリックは目を見開いた。側近も硬直してユリを見ている。


「聖女……リゼット? でも、君は彼女を偽物だと、追い出すために神に遣わされたと……神官もそう言ったし、だから私は……」

「だから追い出した?」


 ユリが鼻を鳴らして笑った。


「そんなの嘘ですよ。神官だって"リゼットは聖女じゃなかった"と言えって貴方が言ったから、罰せられたくなくて嘘を言ったんですよ」

「う……そ?」

「私の力は聖女の力じゃありませんよ。ただ男の人がちょっと私の言うことをきいてくれるようになる力です。まんまとそれにハマって聖女を追い出しちゃって、馬鹿な人」

「わ、私を操っていたのか!?」

「さぁ? 私の力、万能じゃないんですよ」


 腕を絡めたまま、ユリは肩をすくめる。


「やましい気持ちや野心を持った人にしか通じないみたいなんです。だからね、自業自得。どの貴族も、貴方もみーんな自業自得。馬鹿ばっかり」

 

 ユリはようやくパトリックに目を向けると、目をほそめて嘲笑うように唇を歪めた。

 パトリックはユリの腕を振りほどこうとする。そして怒りのままに怒鳴りつけようとしたが、すぐにふわふわと気持ち良くなって、怒りが霧散した。

 

 ――ユリは美しい。

 騙していたのか?

 ――ユリのためならなんでもできる。

 ふざけるな。

 ――ユリが好きだ。

 たかが女のくせに。

 ――愛してくれ。

 ――愛してくれ。


 意識は散漫になり、パトリックも側近もユリに縋り付くように膝を折った。

 

 ユリがクスクスと笑う。

 それを熱に浮かされたような目で見つめながら、パトリックは頭の片隅で思った。


 ――聖女を、リゼットを連れ戻さなければ。


 



 

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