10 パトリックの考え
パトリックにとって、婚約者であるリゼットはひたすらに邪魔で、忌々しい女だった。
平民の、それもどこの生まれかもわからない孤児で、礼儀も言葉遣いもなっていない。
なんでもかんでも憐れんで、聖女の力を無闇に使おうとしする。しかもそれが素晴らしいことのように思っているらしく、パトリックが力を使うなと言えば、不満そうな顔を隠しもしなかった。
子供のくせに生意気だと何度思ったことか。
聖女の力は平民や流民に使われていいものではない。王族が独占し、管理すべきものだ。王の、次期国王のパトリックのモノなのだ。それを勝手に使おうとするなんて言語道断。
父王が倒れてからはさらに口うるさく、王の容態を見せろとしつこい。まるでパトリックが王位を継ぐのを邪魔しようとするような態度に、パトリックはますますリゼットを嫌った。
そんな時、ユリが現れたのだ。
突然現れた彼女は周りのすべてに怯えていたのに、手を差し伸べたパトリックに花が綻ぶような笑顔を見せた。そしてパトリックこそが王にふさわしいと言ってくれた。
パトリックはそんな彼女に恋をした。
しかし彼女と結婚はできない。なぜならリゼットがいるからだ。
そう思っていた時だった。
神官の一人がユリは聖女だと言ったのだ。
最初はリゼットがいるのに聖女が二人もいるなんてとパトリックは思ったが、彼女が触れると父王の容体が一気に良くなった。さらに貴族達の病を治してみせ、同時期に国境にたむろしていた野盗までも捕まり、国中に蔓延していた流行病も落ちつきをみせた。
では、ではリゼットはなんなのか。そう考えて、パトリックは正解を導き出した。
そもそもリゼットは聖女ではなかったのだ。
たしかに、かつて彼女は植物を育て、その力で人々の怪我を治したという。聖女の儀式でもそれをみせたが、しかしそれ以外では一才力を使っているところを見たことがなかった。もしや神殿が偽装していたのではないか。そう思って尋ねると、誰もが口を閉ざす。
これは怪しいと睨んで、パトリックは「正直に言えば罰を与えない」と彼らに言い聞かせた。するとスルスル神官たちの口からリゼットが偽物であるという証言がでたのだ。
ほらみろ。
思った通りだ。
聖女はユリだ。
あんな小娘は聖女ではない。
それにユリは、それほどの力を持つのに驕り高ぶることはなく、自らの力が弱いからと言って無闇に力を使わず、パトリックに全てを預けたのだ。力の使い方をしっかりわかっている証拠である。
自分だけが使える力をパトリックは手に入れた。これほどに心地の良いものはなかった。
ユリと結婚するのも、こうなれば簡単だ、邪魔な偽物の聖女を追い出せばいい。
殺すか。
一瞬考える。
しかしそれすらも面倒ではある。処刑となれば、民衆の一部にいる彼女の盲目的な信者が、何か事を起こすかもしれない。秘密裏に殺したとして、屍体をどうするかを考えるのも面倒だ。
ならば、適当に国外に追放しようとパトリックは決めた。
だって彼女は聖女ではない。聖女を欲しがる国が彼女を欲したとしても偽物の聖女なら問題はないのだ。
そうしよう。
貴族達に根回しをする。
事情を話せば、ユリも協力してくれる。すると皆、驚くほど簡単に、言う通りにしてくれるのだ。
ああ、心地よい。心地よい。
これもユリの力だ。
そしてそれは自分自身が行使できる力なのだ。
そうして、リゼットはアルサンテ王国から永遠に追放された。
それからだ。
国が荒れ始めたのは。
パトリックは頭を抱えていた。
ユリを婚約者にしてから、一度おさまったはずの流行病は再び流行した。前回よりも速い速度で民の間に蔓延し、国軍も欠員がでて人手不足。さらに有力な貴族達や神官たちが次々に謎の病に倒れ、国政を回すことが困難になりつつある。
それが原因で父王の復帰を望む声が国中からあがるが、肝心の王は病に臥せったまま変化がないので、パトリックが国政を仕切るしか無くなっていた。
ユリに治療をさせたが、何をしても病がよくなることはなく、一時的に病の苦しみを忘れることはできたが、すぐに元通りになってしまう。
問題は山積みになり、執務室の机はパトリックを埋め尽くすほどの紙の束に埋まった。床にも様々な紙が散乱している。
もはやそれを踏まずに移動することも困難。
パトリックは執務室にかじりつくようにして仕事を回していた。
――こんなはずじゃなかったのに。
パトリックは頭を抱えてうずくまる。
コンコンと、扉を叩く音がした。