いつかの約束
短編初挑戦です。いろいろ未熟なのですが、暇つぶしに読んでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
誤字報告ありがとうございます!気をつけます。
「アーシミア・ウルフェルス!この場でお前との婚約を破棄する!」
「…え」
王宮の大広間で開かれている卒業の宴の最中に、私の婚約者だった第二王子が大声で言った。
歓談していたほかの生徒、その親たちは声を顰め大広間は静寂に包まれる。
私、アーシミア・ウルフェルスは侯爵家の長女。幼い頃から第二王子の婚約者として、苦しい王子妃教育を頑張ってきた。
それもこれも、目の前にいる第二王子に出会った頃から恋をしていたから。第二王子も、私のことが好きだと言ってくれた。子供の頃だけど。
金髪碧眼の美男子に成長した第二王子は、学園に入学した頃からあまり会えなくなっていたけど、手紙のやりとりもしていたし、私の誕生日には必ずメッセージカード付きのプレゼントをくれた。私も第二王子の誕生日にはカードを付けてプレゼントを送り、後日必ず手紙をくれた。
だから、大丈夫だと、思っていた。あんな噂なんて…。
「え、密会?」
「そうよ。編入してきた男爵令嬢と空き教室で、二人きりで会っているんですって。親密そうに」
その話を聞いたのは、第二王子が入学してから一年後。私が学園に入学してからしばらく経ってからだった。
初めは信じていなかったその話も、学園で仲良くなった令嬢たちから、何度も聞くと不安になってくる。手紙でそれとなく聞いてみるが、そんな事実はないと、返信があった。私はそのことを令嬢たちに伝えて、誤解を解くようにお願いした。
「ですけど、アーシミア様。最近第二王子殿下にお会いになりまして?」
一人の令嬢から言われた言葉に、気づかれないように制服のスカートを握る。だけど表情には出さず、ニコリと微笑んでみせた。
「殿下は、生徒会と公務でお忙しくて、なかなかお会いできません。ですが、いつもお手紙をいただいてます。なので皆様が心配なさることなど、何もないのですよ」
「そうですか」
納得いっていないようなみんなの顔を、王子妃教育で身につけた笑顔の仮面で見回す。数人の令嬢が気まず気に外らした目には、気づかないふりをした。
それから幾度となく、第二王子と男爵令嬢の噂を耳にした。空き教室、又は中庭でピッタリと寄り添って話していたとか、街中でデートをしていたのを見かけたなど。その度に私に向けられる視線は、同情や侮蔑、嘲笑などだった。だけど、そんな噂には負けない、と背筋を伸ばして笑顔の仮面で前を向く。血を流す恋心には気づかないふりをして。
そして第二王子が卒業の年、開かれた卒業パーティーで私は身に覚えのない罪で、婚約破棄を言い渡された。
「それは、国王陛下もご存じなのでしょうか?」
政略結婚は、家同士の結びつきだ。この婚約も王家と侯爵家で結ばれたもの。当事者同士で破棄などできない。必ず当主のサインがいる。だから当主が否と言えば、破棄できない。
「陛下にはこのパーティーの後で話す。お前の行いを知れば、いかに陛下だろうと了承してくださる」
「…私の行いとは、どういう意味でしょうか?」
私の言葉に、第二王子はパーティーが始まってからずっと自身の隣に侍らせている令嬢の肩を引き寄せた。
淡い桃色の髪は軽くウェーブをして背中に流れ、桃色の大きな瞳は潤んで第二王子を愛おし気に見つめている。
その令嬢こそ、第二王子と噂になっている男爵令嬢だろう。今まで噂にしか聞いていなかったが、なるほど。男性を虜にするぐらい可憐な女性だ。しかし、その行いは褒められたものではなく、婚約者のいる男性に触れたり、マナーも疎かにしていると聞いた。
「お前は、私の愛するリールを卑怯にも侯爵の権力を使って虐めたそうじゃないか。そんな奴に妃を名乗らせるわけにはいかない!」
「…私はそのようなことをした覚えはありません」
第二王子の目を真っ直ぐ見つめて反論すると、第二王子は怒りに顔を歪めて私を睨みつけた。その顔に昔の面影はなく、私は悲しくなって心の中でため息を吐いた。傷ついた恋心は、かさぶたになって消えていった。というか、男爵令嬢の姿と名前を今、初めて知ったのだ。どうこうできようはずもない。
「お前がシラを切ろうともこちらには証拠がある!」
声高らかに叫んだ第二王子の前に、数人の令嬢たちが現れた。その令嬢たちを見て、私は驚愕に目を見開く。
「あなた方は…」
「申し訳ありません、アーシミア様。私たちは、もう黙っていることができなくて第二王子殿下に進言させていただきました」
悲し気に目を伏せた令嬢の言葉に、理解が出来なくて首を傾げる。その令嬢達は、いつも第二王子と男爵令嬢が仲睦まじくしていると、教えてくれていたお友達だった。お友達と思っていたのは私だけだったみたいだけれど。
「この令嬢達が証言してくれた!お前は彼女たちに指示を出してリールのことを虐めたのだろう!?」
第二王子の顔は怒りで歪んでいた。だけど、私はそんなことを指示した記憶はない。そもそも、王子妃教育が忙しいのだ。そんなことをしている暇はないのを、第二王子も知っているだろうに。
こぼれそうになったため息を、扇子を口元に持っていくことで押さえる。
「証言だけですか。ほかに証拠はあるのでしょうか?」
私が冷静なのを、第二王子は訝しげに見つめるが、ニヤリと口元を歪め後ろに控えている側近に指示を出した。
指示を受けた側近は、紙の束を取り出し読み上げる。それはいつ、どこで、どうやって男爵令嬢に嫌がらせをしたという内容だった。すべて読み終えた側近は勝ち誇った顔でこっちを見た。
「はぁ」
とうとう堪えきれないため息が口から漏れてしまった。
王子妃教育は、一年ごとにカリキュラムが組まれる。それに沿って先生方に指導をお願いしている。それは王子も同じのはず。だから知っているはずなのに。先ほど側近が読み上げた日付の週は、私は王子妃教育のため学園を休んでいると。
そんなことを確認もしないで、それとも確認していて忘れているのか、と思って、ため息をこらえれなかった。きっと、それを指摘しても彼女たちに指示をしていたから、学園に居なくてもできると言われるのだろう、と予想がついて、反論する気もない。
黙っていると、第二王子は私が肯定したと思ったのか、勝ち誇った顔で私を見下ろす。
正直、もう面倒になってきた。
婚約破棄したとしても、もうどうでもいい。お父様に頼んで領地で手伝いとして雇ってもらおう。
「言い逃れが出来ないと観念したか」
第二王子の言葉に、思考を止めて第二王子に視線を向ける。
「先ほど言われたことに心当たりはありませんが、婚約破棄の件、了承いたします。あとはご随意に」
淡々と答え、カーテシーをして会場を出ようと第二王子に背を向けた。
「あは、はは、あははははっ」
その瞬間、甲高い笑い声が大広間に響く。声の方に視線を向けると、第二王子の腕にくっついていたはずの男爵令嬢がお腹を押さえて笑っていた。
会場の誰もが彼女を見つめる。一通り笑って満足したのか、男爵令嬢は笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指で拭って、私のほうにゆっくりと歩いてくる。
「こんなことで壊れるなんて、人間の絆なんて大したことないわね。まあ、だから人間って面白いんだけどね」
そう言いながら、男爵令嬢は指を一度鳴らした。すると桃色だった髪と目は、漆黒に変わる。静まりかえっていた会場が途端にざわめきに支配された。私は目の前で起こったことが理解できず、呆然とこちらに向かってあるいてくる女性をみつめていた。
この国で漆黒は、ある一族しかいない。その一族は滅多に人前に出てこないことで有名だ。そして、もう一つ有名なのが、一族にしか受け継がれない特殊な力。それは、失われた魔法。
その力のせいで、彼女たちの一族は貴族達に狙われ続け、今では誰も彼女たち一族の居場所を知らない。
そんな一族の彼女が、男爵令嬢とはどういうことなのだろう。疑問が頭を回ってまともな思考ができなくなっている。
「り、リール?」
困惑した声が、彼女に向けられる。彼女は足を止めて振り向き、第二王子に微笑みかけた。
「ああ、そうだった。王子様、ありがとう。私の駒になってくれて」
そう言って、第二王子たちに向かって指を鳴らすと、第二王子と側近二人は頭を押さえてその場に頽れた。
「なにを、したのですか?」
目の前の女性が得体の知れない何かに思えて、冷たい汗が背中を流れる。
「別に?彼らに掛けていた魅了の魔法を解いただけよ。ちょっと反動で倒れちゃったけど」
女性は、楽しそうに笑みを浮かべながら言った。
「魅了……?」
「そう、私たち一族が得意としていた魔法。その一つ」
私の目の前で立ち止まった女性は、ニタリと笑みを浮かべる。
「どうして、そのようなことを…?」
ざわめいていた会場は、私と女性の声しか聞こえない。みんな固唾を飲んで私たちの会話を注視していた。
「あなたは、私の一族のことをどのくらい知っているのかしら?」
「漆黒を纏う一族は、今では失われた魔法を使える唯一の一族だと。そのせいで、貴族たちから狙われて姿を消した、と聞いています」
恐ろしくて震えそうになるのを、キツく手を握ることで抑える。
私のそんな姿を、笑みを浮かべて女性は見つめる。
「そう。ほとんど正確には知らないのね。伝わっていない、というのが正しいかしら」
女性が何を言いたいのかわからず、首をかしげる。女性が胸の前で腕を組むと、豊満な胸がたゆん、とゆれた。
「その辺の人間たちは知っているでしょう?私たちのことを散々狙ってくれたんだから。昔の約束も忘れて、ね」
女性が周りに視線を向けると、身に覚えがあるのだろうか、数人の大人たちが視線を逸らした。
「昔の、約束?」
「ここにいる人間達に、特別に教えてあげましょうか。私たちの一族、そしてこの国が約束したことを」
「や、やめろっ」
「そんなことして、何になるっ」
女性の言葉に先ほど視線を逸らした人たちが、慌てて声を上げた。その様子に生徒たちは困惑して自分たちの親を見つめる。親たちはその視線を避けるように目をそらした。私のお父様たちはここには出席していないので、目の前の女性を見つめる。
女性が楽しげに口を開こうとしたとき、会場の扉が開いて国王陛下が兵士を連れて現れた。国王陛下の登場に全ての人が頭を下げる。漆黒を纏った女性以外。
「あら。残念」
あまり残念そうに聞こえない声に、少し顔を上げて女性を盗み見た。女性は人差し指を口元に当てて楽しげに笑みを浮かべていた。
「そこまでにしてもらおうか。漆黒の魔女殿。約束を違えたことは謝罪する」
そう言って、国王陛下は女性に頭を下げた。全員、陛下の許しがないため頭を下げたままだからその光景を見ることはない。近くにいた私以外は。
国王陛下が頭を下げるなど、あり得ないことを見て驚きに顔を上げてしまい、頭を上げた陛下と目が合ってしまった。
「あ…」
何か言わなければと思って口を開くも何も言葉が出てこず、魚のように口を開閉するだけだった。
陛下はシワの増えた顔を苦笑にかえ、首を横に振る。
「皆、顔を上げよ」
陛下の言葉に全員頭を上げ、陛下と対峙している女性に視線を向けた。女性は笑みを浮かべて、陛下を見ていた。
「後日改めて、卒業パーティーを設ける。今日のパーティーは解散とする。そこに倒れている者らを、牢に入れておけ」
最後の言葉は陛下の後ろに控えていた兵士たちに言って、陛下は今日のパーティーに集まった人たちを解散させた。ただ、私と陛下に漆黒の魔女殿と呼ばれた方はその場に残された。
人がいなくなった大広間は、シンと静まり返っている。
「はぁ」
静かな大広間に陛下のため息が響く。
「あの、陛下。恐れ多くも発言をお許しいただけますか?」
私の言葉に、陛下は苦笑して頷いた。
「許そう。しかし今はこの3人しかおらん。そんな畏まることはない。愚息が申し訳ないことをしたな。私の教育不足であった。すまぬ」
「いいえっ!とんでもないことでございます!私が殿下のお心を掴めなかったのが…」
「ふんっ!」
俯きかけた背中を、漆黒の魔女様に平手打ちされた。
「きゃっ!」
コルセットをして、ドレスの布地もあるのにその衝撃は内臓に届くほどだった。
「あんたはよくやっていた。それは自信をもちな」
「魔女様」
「魔女様はよしてくれ。私は、リンデ。リンデ・バーグディッツ。あんたには特別にリンデと呼ぶことを許すよ」
「ありがとうございます、リンデ様」
リンデ様に頭を下げる。名前を呼ぶ権利をくれたことと、よくやっていたと言ってくれたことに対して。
下げた頭を隠れ蓑にして、溢れてきた涙を飲み込む。
将来の第二王子妃として、勉強は厳しく辛く、だけど出来ないと教師達に叱責されるから、歯を食いしばって頑張ってきた。それも全部第二王子のためだった。それを支えに頑張ってきたのに。今日全てが崩れた。
何のために、私は、苦しい思いをしてまで頑張っていたのだろう。
飲み込もうとした涙は、だけど溢れてきて、床に雫を落とす。
「っふ……ぅ……うぅ……」
恋心はかさぶたになって消えたと思っていたのに、まだ残っていたようだ。
せめて泣き声はもらさないように、唇を噛みしめる。
そんな私を、温もりが包んだ。驚いて顔を上げると、リンデ様が慈愛の満ちた顔で抱きしめてくれていた。私は堪えきれなくて、リンデ様にすがりつき声を上げて泣いてしまった。
それから数日、私は静養という理由で領地に引き返した。お父様もお母様もいつまででも居て良いと言ってくれた。領地に居る間、リンデ様とは手紙のやりとりをした。そして今までの第二王子との手紙やプレゼントのやりとりは、侍従がしていたのだと、教えてくれた。
第二王子は面倒くさがって、子供の頃から侍従に命令してやらせていたらしい。
あの日、大広間でリンデ様に縋って泣いてしまったときに、第二王子に対しての恋心などは私の中から流れてなくなったようだ。それを知っても心は凪いだままだ。それより侍従の方に申し訳なく思ってしまう。今までのお礼とお詫びを込めて、ハンカチに刺繍を施したものを渡してもらった。
そしてお友達だと思っていた令嬢達には、経緯を聞いたお母様がお怒りになり令嬢教育と称してキツいお灸をすえてくださったと聞いた。
今まで気づかなかったことばかりだが、私は周りに大切にされていたことを、今回のことで初めて知った。そこだけは第二王子に感謝してもいいかな、と思う。
領地の緑豊かな風景を眺め、私は王子妃教育の笑顔ではなく、なにも着飾っていないただのアーシミア・ウルフェイスとしての笑顔を浮かべた。
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むかしむかし、国一番の美女がいた。
彼女は、穏やかでみんなに愛されていた。
そんな彼女を射止めた男がいた。男は、「必ず幸せにする」とみんなと約束して、
彼女を娶った。
だけど、男を狙っていた国の王女が、二人を理不尽に別れさせてしまった。
彼女は、嘆き悲しみ、塞いでいった。
そして王女によって国外に追放されそうになった時、彼女を大切に思っていたみんなは、必ず幸せにすると約束したのにも関わらず、彼女を悲しませた男に怒り、国にも怒った。
みんなは、隠していた力を使い、国を攻めた。
彼女は自分のせいで国が荒れてしまったのを悲しんで、みんなを止めるために説得した。
「私が国を出れば、みんな幸せになれる。私は大丈夫だから」
みんなは彼女にそんなことを言わせてしまったことを、悔やんだ。
戦いを終わらせるため、王国に乗り込んだみんなは、当時の王と約束をした。
「あの子が暮らすこの国の安寧を守るため、我ら精霊はこの国に力を貸す。だが、約束しろ。我らとあの子に関わるな。あの子を国から追い出すと言うのなら、我らはあの子に着いていく。そうすれば、この国は終わる。わかっているのだろう。王よ」
「ああ。約束しよう。貴殿らに関わらず、彼女をこの国から追い出すこともしない。彼女を悲しませる原因になった者たちには、処罰を下す」
「その約束違えたとき、我らの裁きがこの国を襲うことを子々孫々に渡り、伝えていくことだな」
そして戦いは終わり、彼女はみんなと共に緑豊かな土地へと移り住んだ。
その後彼女は、みんなに見守られながら、幸せに暮らした。
これは、国とみんなとの約束の物語。
ありがとうございました!
面白い等、評価いただけたら励みになります!ありがとうございました。